105 / 冒険譚を綴る理由
「──アーネ、入っていいか」
アーネの声が返ってくる。
「ダメです。私は怒っています。顔も見たくありません」
皆と苦笑を交わす。
俺は、フェリテの肩をぽんと叩いた。
「アーネ! あたしたちもいるよー」
「フェリテ!?」
どたばたと足音が聞こえ、扉が激しく開かれる。
「──フェリテ! リュータ! 怪我はありませんか!」
心配でしょうがないと言った様子のアーネに、笑顔で答える。
「ああ、大丈夫だ」
「うん。何もされてないよ」
「……よかった」
アーネが、俺とフェリテをまとめて抱き締める。
彼女は小柄だから、ちょっと腕が届いていなかったけれど。
「えへへ……」
「──…………」
アーネの小さな背中を、落ち着くまで撫でてやる。
よく我慢したよ。
本当に、頑張ったと思う。
しばらくして、アーネが顔を上げた。
「──それで、どうなりましたか?」
皆の視線がボーエンに突き刺さる。
ボーエンは、軽く咳払いをし、目を逸らしながら口を開いた。
「あー……。その、だな。冒険者になることだが、条件付きで許してもよい」
「!」
アーネが目をまるくする。
よほど意外な言葉だったのだろう。
「ええと。それは、冒険者になってもいいという意味でしょうか……」
「そう言っているではないか」
「あ、いえ、とても信じられなくて」
「……私は余程わからず屋だったと見える」
「ふふ」
スフィアがくすりと笑う。
「でも、本当のことよ。ボーエンは、認めてくれたの。リュータさまと、フェリシア殿下のおかげでね」
「えっ! ど、ど、どうやってですか?」
「簡単に言えば、誠意を見せたってところかな」
「簡単に言われてもまったくわからないので、後ほど詳しく聞かせていただきたいのですが」
「もっちろん!」
「それで──」
アーネが、ボーエンを見上げる。
「お父さま。条件というのは?」
「……必ず、生きて帰ること。そして、たまに神殿に顔を出すことだ」
「ええと、それだけ、ですか?」
「ああ、それだけだとも」
「……──~!」
アーネが、今度はボーエンとスフィアをまとめて抱き締める。
ボーエンが立派な体躯であるため、やはり腕が届いていなかった。
微笑ましい。
「ありがとう、……ございます……!」
「わたくしたちは、アーネを愛している。だから心配なの。でも、それだけではいけない。あなたはもう大人なのだから、自分の人生は自分で選び取りなさい。わたくしたちのことは、時折思い出してくれれば、それでいいから」
「……手紙、書くね」
「それは楽しみだ」
「たまに、帰ってくるね」
「約束だものな」
「きっと、"最高の冒険譚"を届けるから、応援していてね……」
「ああ、もちろんだ」
ボーエンとスフィアが、アーネを抱き締める。
その姿を見て、俺は、不覚にも涙が溢れそうになっていた。
「……よかったな、本当に」
「うん……」
フェリテもまた、手の甲で目元を擦っている。
「……絶対、"最高の冒険譚"にしようね」
「もちろんだ」
また一つ、理由が増えた。
この物語を伝えたい。
素晴らしい親子の愛を、皆に届けたい。
俺とフェリテは、親子三人が仲睦まじく抱き合う様子を、いつまでも隣で眺めていた。
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