103 / 誠意
「──では」
ボーエンが立ち上がる。
「アーネが死んだ場合、貴殿はどう責任を取るつもりだ」
「──…………」
考えろ。
これは、重要な質問だ。
俺の答え方によっては、ボーエンの心証を決定づけてしまうだろう。
「……殺させはしない。俺たちは、死ぬつもりはない。なんなら百まで生きるつもりだ。死なないし、死なせないんだから、そんな責任について問われても困る」
ひとまず、逃げる。
責任を問われた際に自らの命を差し出しても意味はない。
ボーエンにとってアーネと等価値のものなど存在しないからだ。
「貴殿は吟遊詩人だ。決して貶める意図はないが、実際にアーネを守るのはフェリシア殿下となる。貴殿がそれを口にするのは、大言壮語というものだ」
「いえ、違います」
今度は、フェリテが口を挟む。
「リュータは吟遊詩人でありながら、自ら剣を取り、魔法も振るうのです」
「ほう」
「その実力は古今無双。魔法にいたっては、極大火炎呪をすら無詠唱で使いこなすのです。これでも大言壮語と仰りますか?」
「極大、火炎呪……?」
ボーエンが、さすがに目を剥く。
その隙を突き、スフィアがさらに助け船を出してくれた。
「ええ。わたくしもアーネから聞き及んでおります。アーネは、お二方のログのすべてに目を通している。そこに嘘の介入する余地はありません」
「……それが事実であれば、たしかに、実力には問題ないが」
ボーエンが目を閉じ、何事かを思案する。
そして、数秒ののち、言った。
「──では、リュータ殿。私に、その実力を証明してはいただけまいか」
「どうやって?」
「なに、実際に極大火炎呪を見せてくれればいい」
「──…………」
罠だ。
「断る」
「それは何故だ」
「街中で極大呪なんて使えるはずがない。あれは、あまりに危険なものだ。たとえアーネをあんたから解放できるとしても、そのために住民を危険に晒すわけには行かない」
「……そうか」
ボーエンが、執務室の壁に飾ってあった長剣に手を伸ばす。
「では、剣の腕前ならば見せられるだろう。私も、剣は囓っている。私から一本取れれば、アーネの件について一考すると約束しよう」
「──…………」
考えろ。
ボーエンの実力はわからない。
わざわざ勝負を挑むのだから、よほどの自信があるのだろう。
だが、受けていいのか?
それがアーネを守ることの証明になるのか?
俺は、そうは思わない。
「……断る」
「何故だ」
「俺が、アーネの友達だからだ。あんたを傷つければ、アーネが悲しむ。あの子は優しい子だ。自分のために、俺とあんたが傷つけ合うことを、良しとするはずがない」
ボーエンが、呆れたように鼻を鳴らす。
「口だけではないか。魔法も見せない。剣の冴えも見せない。それで、よく、アーネを守るなどとのたまえたものだ」
「──それは、違う」
「どう違う」
「剣での強さも、極大呪を扱えることも、本質的には関係がない。俺にどれほどの実力があったとしても、アーネを見捨てれば同じことだ」
「──…………」
「だから、俺とフェリテが見せるべきは、誠意だ。あんたに、俺たちを、信じさせることだ」
「……どう見せる」
「安直だが、こうする。他に思いつかない」
俺は、その場に両膝をついた。
そして、深々と頭を下げ、カーペットに額を押し付ける。
「──お嬢さんを必ず守ると誓います。だから、アーネが冒険者になることを、許してあげてください」
「な──」
「!」
フェリテの判断もまた、迅速だった。
即座に俺の隣で正座をし、同じように土下座の姿勢を取る。
「お願いします!」
「お、……おい! やめなさい、そんなことは!」
ボーエンが、明らかな動揺を見せる。
王族に土下座をさせているとあっては、とても生きた心地がしないだろう。
「やめません! 許していただけるまで、朝までだってこうしてます!」
「フェリシア殿下……! ああ、もう!」
「……ボーエン」
スフィアの、諫めるような声が耳に届く。
「あなたの負けのように思えるけれど、どうでしょうか」
「ぐ……ッ」
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