102 / 論戦
スフィアが、執務室の扉をノックする。
「──スフィアです。開けて構いませんね」
そして、ボーエンの返答も聞かず、そのまま扉を押し開いた。
「なんだ。話は終わった、は──」
ボーエンが、俺たちの姿を見て、目を見張る。
威圧するようにスフィアを睨みつけると、低い声で言った。
「……何故、こいつらを出した。事と次第によっては、妻とは言え、厳罰に処さねばならぬ」
スフィアは、ボーエンの言葉に怯まなかった。
「──弁えなさい、ボーエン! こちらの御方を、どなたと心得ているのですか!」
「……?」
ボーエンが、訝しむように眉をひそめる。
言葉の意味がわからないのだ。
スフィアは、そっと溜め息をつき、言葉を継いだ。
「彼の高貴なる御方は、フェリシア=フェテロ=エレウテリア殿下。王家の呪縛にて冒険者となられた尊き御方です」
「な……ッ!」
ボーエンに動揺が走る。
フェリテが一歩前に出て、普段の所作からは想像もできないほど優雅に一礼する。
「ボーエン=テト。真の名での挨拶が遅れ、申し訳ありませんでした。私の名は、フェリシア=フェテロ=エレウテリア。先王の妹アルヴィオラ=ロマネ=エレウテリアの孫に当たります。以後、お見知り置きを」
ボーエンが、救いを求めるように、スフィアへと視線を送る。
「……本当、なのか?」
「ええ。わたくしは、王城にて、実際にフェリシア殿下と御言葉を交わしたことがございます。本物のフェリシア殿下に間違いありません。ようやく理解しましたか?」
スフィアが、冷たい眼光を放つ。
「あなたが、誰を、牢獄に繋いだのか」
「ッ!」
ボーエンが、その場に片膝をつく。
「これは──その。たいへんな失礼をいたしました。まさか、王族の方であったとは……」
フェリテが、胸の上に右手を置く。
「構いません。名乗らなかったこちらに非があります」
「いえ、滅相もありません」
「今回の件を王家へと報告するつもりはありません。その点は安心していただいて結構です」
ボーエンがあからさまに安堵する。
「……ありがとうございます。フェリシア殿下の御心の広さに感服いたしました」
「そんな些事よりも、アーネについてです。アーネは、私の、大切な友人です。たとえ親とて、彼女を苦しめることは許されない」
顔を上げ、ボーエンが言った。
「御言葉ですが、フェリシア殿下。私はアーネの身を案じているだけでございます。冒険者は死と隣り合わせ。冒険譚によっては、死を肯定する場合もありましょう。冒険者は尊い職業ですが、故に、常に身の危険に晒される。これは事実です」
「それは……」
フェリテが言い淀む。
ボーエンの言葉に間違いはないからだ。
「──アーネは、私どもが守ります。命に替えても!」
「フェリシア殿下。どうか、御命を大切になさってください。アーネのために、その御命をなげうってはいけません。それに、同じことです。たとえ御身と引き替えにアーネを守ったとして、そこから安全に帰還できる保証はない。それどころか、パーティメンバーを一人失った状態で再び接敵されれば、今度こそ全滅となりましょう」
「──…………」
「私は神殿長。あらゆる冒険譚を読んできた自負がございます。どんなに熟達したパーティであっても、死ぬときは一瞬。それは、無数のログが証明している、決して揺るがない事実です」
「……そう、ですけど!」
劣勢と見て、口を挟む。
「論点がずれてる。俺たちは、冒険に危険はないと言いたいわけじゃない。アーネは、自分で自分のことを決められる一人の人間だ。たとえ危険だとしても、彼女を束縛する権利はあんたにはない。そう言ってるんだよ」
「む……」
フェリテは論戦に弱い。
このまま言いくるめさせるわけには行かない。
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