第3話 【人口星の存在理由】
「うーーん、やっぱりダメね」
トリスは住宅街の一角にある公園のベンチに座り、頭を抱えていた。
自分の膝の上に乗っている「ビン」には、やはりこれ以上幸せエネルギーはたまらないようだ。
カノを元に戻すという願い事は、確かに藍実を幸せにしたように見えたのだが。
「カノはどうなの? エネルギーはどのぐらい溜まった?」
トリスは公園の木にぶらさがって遊んでいるカノに、そう言葉を投げる。
カノはこちらに歩みより、隣に腰掛けると手に持つビンをトリスにみせた。
「……もう一杯じゃない!」
「うん、人間のこどもの願い事なら叶えられるって分かったから、地道に叶えてたんだ……簡単な願い事ばかりだから、なかなか溜まりにくかったけどな……」
カノの声色は不安げだったが、その表情は少しばかり嬉しそうだ。
トリスはそれをきいて、安堵感で満たされる。
大人になればなるほど人間の願い事は重いものになるので、どうしてもこどもの願い事は星の子の目にとまりにくくなってしまう。しかし、カノだけは気にとめることができていたのだ。
「よかったじゃない! これで夜空街に胸を張って帰れるってことね」
カノはそれに首を左右に振った。
「いや、オレはまだ帰れない……ちゃんと複雑な願い事も叶えられるようになりたいんだよ。最近は、夜空街まで願い事あまり届かないし……ここに居た方が、練習、できると思ったんだ」
「……そう」
「あと……藍実のことも心配だしな」
カノは微笑んでいた。
「確かにねー……あの娘は危なっかしいところあるから」
トリスも自然と笑みがこぼれる。
「っていうか、まだビンを一杯にできてないなんて意外だな? トリスなら簡単にこなせると思ってたぞ?」
カノはトリスのビンをまじまじと見つめ、首をかしげた。
「えぇ、途中までは順調だったのだけれど……やっぱり、煌太のいうようにわたしの願い事を叶えて、わたしが幸せになる必要があるってことってことなのかもしれない」
カノはそれに表情を引きつらせると、立ち上がった。
「ってことは、トリス、「幸せ」じゃないのか!?」
「……」
「ダメだぞ! 幸せじゃないと!」
「おおげさねー。分かっているから大丈夫よ」
トリスはため息をつきつつ、ビンの手の中からかき消した。
カノは自分のことには鈍感だが、自分以外のこととなると何かときびしい。
「姉さん……一体どこにいるんだろう。地上にいることは確かだし、見つかるといいのだけれど」
「……アトリアかぁ。確かに最近見てないよな。オレはてっきり消滅したものだと思ってたぞ……」
「姉さんはまだ消滅するような歳ではないからね?」
トリスがそう言うとカノは「お、おう」と言って頷く。
トリスは微笑むと立ち上がった。
「さて、そろそろ夜明けね。姉さんのことは、煌太も協力してくれるみたいだし、もう少しこの街を探してみようと思う」
「確かにここら辺は、人間が多い分、星の子も集まるよな。オレも一緒に探すぞ!」
カノは大きく頷く。
「ありがとね、カノ」
そして、トリスとカノは夜が明けつつある公園からとびたった。
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トリスは、夜が明けた街中を見下ろせる高いビルの上にいた。
因みにカノは、藍実の家へ行っている。落ち込んでいる様子の藍実のことを放っておくことができないようだ。
夜明けが訪れて数時間しか経っていないにも関わらず、街は活気を取り戻していた。もう少し休んでいればいいのに……そんなことを考えつつ、トリスはその景色に目を細めた。
今日、煌太は「学校」があるので、あまり頼ってばかりもいらない。
こんなに沢山の人間がいるのだから、一人ぐらいアトリアのことを知っていてもおかしくないと思った。
まずは、手当たり次第、声をかけてみよう。
そう考えてビルから飛び立とうとすると、
「奇遇だな、トリス! 地上で会うなんて!」
振り返るとそこには見知った顏が。
「……ルコル。あなたも収穫祭に参加してたのね!」
「もちろん! 地上に行ける機会なんてそうそうねーしな」
ルコルは無邪気な笑顔で、そう言った。
彼は夜空街でトリス行きつけの喫茶店の店員をやっているため、顔なじみの関係だった。
外見は人間でいうと、二十代前半ぐらいで、黄緑色の光をまとっている。親星によって、星の子の外見も多種多様なのだ。
「にしても、相変わらずちっこいなー、トリスは」
ルコルはその手でトリスの頭を掴み、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。
「はー……、いい加減、そういうのやめてほしいのだけれど!」
「おー、わりぃなー。ついだよ、つい」
ルコルはトリスから手を離すと、苦笑する。
「トリスみてーな外見だと、願い事叶えるとき面倒そうだよな。人間でいったら、八歳ぐらいだろ? ちゃんと相手にしてもらってるかー?」
「心配無用よ。人間たちは星の子の存在自体、伝説上の生き物として、把握はしているみたいだから」
「伝説上ねぇ。随分とご立派な存在になってたんだな、オレたち。まあ、悪くねーけどな!」
ルコルはまんざらでもない様子だ。
カノ以外の星の子と地上で遭遇したことは初めてだったので、トリスは嬉しかった。収穫祭が始まってから、大分時間は経っているが、まだ地上に残っている星の子はいるようだ。
そういえば、星の子にアトリアのことを訊いたことはない。
トリスは何気なく、
「ルコルは、姉さんのこと地上で見かけなかった?」
「見てねーな。あ、でも、それで思い出した!」
「?」
「この街の図書館でアトリアそっくりの人間を見たんだよ! 不思議だよなー」
ルコルは眉をよせると首をかしげる。
「?……姉さんに似てる人間? 間違いなく人間だったのよね?」
「そりぁーな! さすがに間違わねーよ」
「……そうよね」
たまたま似ている人間がいたところで、不思議ではない。これだけ多くの人間がいるのだ、顔立ちが似ている存在も一人や二人いるだろう。
しかし、アトリアについての手がかりがない以上、どうしても無視できない情報だった。
「地上ってところは退屈しねーよな! んじゃ、オレは行くからなー」
トリスが考えを巡らせている中、ルコルは陽気な声色でそう言う。そして、街中へふわりと降りて行った。
他にも確認したいことがあったのだが……、ルコルの姿は瞬く間にトリスの視界から消えてしまった。
「ほんと慌ただしい奴ねー」
溜息をつく。
まずは街の図書館に行ってみよう、そう思ったが、トリスは重大な事実を思い出した。
「……あ。わたし、図書館の場所、知らないじゃない。どうするべきか……」
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「図書館の場所? 知ってるよー」
煌太はトリスの問いかけに、笑顔でそう言った。
「よかった! じゃぁ早速案内してくれる?」
「うん」
煌太の学校が終わるのを、今か今かと待ちわびていたかいがあった。
何せこの街は、夜空街と比べて圧倒的に建物が多い。自ら探そうと試みたが、標識に使われている難しい文字が読めないトリスにとって、それは困難だった。
「ここからけっこう近いよ。徒歩で十分ぐらいかなー」
煌太は生徒の行き交う校門付近から、離れ黙々と歩みをすすめる。
トリスも彼の斜め上の上空をふわふわと移動し、後に続く。
煌太はトリスのことを見上げると
「ねぇトリスさん、どうして図書館に行きたいの?」
「どうやら図書館に、姉さんに似た人間がいたみたいなの。どうしても気になってしまって」
「へぇ……不思議だね。そういえばお姉さんはどんな星の子なの?」
「えっと、アトリアって名前なのだけれど、外見はわたしよりも背が高くて綺麗な銀色の光をまとっていてね、あと、とっても優しいのよ! わたしのわがままにもよく付き合ってくれたし」
トリスはそう言葉を並べる。一緒に長い時間を過ごしてきたアトリアとの思い出は、数えきれないほどある。記憶の中の姉は、優しくて穏やかで一緒にいると安心感を与えてくれるそんな存在だった。
「いいなぁ。素敵なお姉さんなんだね」
「えぇ」
「それにしても不思議だなぁ。星の子に兄弟って存在がいるなんて……」
煌太は不思議そうに首をかしげる。
「親星が消滅したときのエネルギーでわたしたちはうまれるの。そのとき一緒にうまれれば兄弟になるってわけ」
「そうなんだ~。ってことは、お姉さんだとしても同じ歳なんだね?」
「そうなるかもね。まぁ一般的な星から「星の子」に変化した順序でところよ」
「へ~……」
「あ、そう言えば煌太には兄弟いるの?」
トリスは何気なくそうきいた。
それに煌太の表情が、一瞬だけ固まる。しかしそれはすぐにいつも穏やかさに戻された。
「うん、いたけど……ずっと昔に死んじゃったんだ。だから、どんな人だったかもあまり覚えてないや」
「……そうなの。悪いこと訊いちゃったわね」
「あはは、気にしないで~」
軽率にきいてしまったことをトリスは後悔した。
兄弟や姉妹が生きていることは当たり前ではない。特に人間はすぐに死ぬのだから、そのようなことは珍しくはないのだろう。
こうして当たり前のように会話をしているが、自分は煌太のことをほとんど知らない、そう実感した。