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星の子の願い事  作者: 夕菜
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第2話 3




 その日の夜。

 トリスは、煌太が住んでいるアパートの屋根の上にいた。

 藍実の家から近いこともあり、今日はここで休ませてもらうことになったのだ(部屋の中より、屋根の上の方がトリスにとって居心地がよかったのでそうさせてもらった)。

 結局、カノの手がかりはつかめなかったが、藍実は何か大切なことを知っているのかもしれない。そう考えた。

 この街の夜は、夜空街よりずっと暗くて静かだ。けれど、嫌いではない。昼間の眩しすぎる光を、この暗闇が上手に緩和してくれているように思える。

 明日もどうにかして藍実と接触できないか、そんなことを考えていると、誰かが走ってくるような音がきこえてきた。

 こんな夜中に?そう思って、目線を下に向けると、走っている誰かの姿が暗闇に紛れて見えた。その人は、トリスの座っている屋根から、一番近い道端で立ち止まりこちらを見上げた。

「トリスー!」

「!?」

 声を掛けられ、トリスはヒヤリとする。一体誰だろう。

 ここからでは、よく顏を確認できなかったのでトリスは地面へと着地する。

 ……そこには、藍実の兄がいた。

 彼は今にも泣き出しそうな顏で、

「分からないよな、オレだよ。カノだ」

「!? カノって! ホントなの……?」

 今トリスと会話しているのは、どこから見ても昼間に会った藍実の兄。

「そーだよ~。藍実の「願い事」のせいで人間にされちゃったんだ……」

「!……」

 その言葉にトリスは息を飲む。

 こんなことが本当にあるのだろうか。

 あぁ……けれど、昼間に感じた藍実の兄への違和感。そして、藍実の自分への態度。

 納得がいってしまった。

「ホントにカノなのね!」

 トリスの言葉に、藍実の兄の姿をしたカノは何度も頷く。

「ホントにほんとなのね??」

 カノはまた、頷く。

「はー……まさかこんなことになってるなんて」

「……」

「トリス、あのな」

「?」

「今日はお別れを言いに来たんだ」

「!?」

そう言うカノの表情は、真剣そのものだった。

 今までに見たことのないようなその表情に、トリスはただただ動揺していた。

「今はたまたまもとの自我が強まったから、こーしてトリスと会えたけど、きっとこれからはこういうこともできなくなると思う。オレは、きっとあと少しで星の子であったことも忘れると思う……」

「! やばいじゃない、どうにか……」

「でも、いいんだ」

 カノは微笑む。どこか安心しているような穏やかな表情だった。

「カノ? まだ諦めるには早すぎると思うのだけれどっ……」

 カノはそれに首を左右に振る。

「違うんだ! オレは藍実の本当に兄になりたい!」

「! ……」

「気付いちゃったんだよ……あの子の隣は、居心地がいいってことに。星の子の自分でいるよりも、藍実の兄の自分でいる方に価値があるって思ったんだよ」

 カノは、トリスに背を向ける。

「だから、ごめん。トリスには、いろいろお世話になったよな……」

 カノの呟くような声に、トリスは息がつまる思いがした。

 このままだと、本当にカノとは一生会えない。その思考が頭によぎる。

 トリスはカノの腕を掴んだ。

「カノ、どうしてそんなこと言うのっ? わたしはっ……カノに会えなくなるなんて嫌だからね!?」

 カノはその手を力強く振り払い言葉を続ける。

「トリスには分からないかもしれないけど……オレ、星の子でいることが辛いんだよ。今まで願い事も上手く叶えられたためしがないし……」

「別に願い事を叶えることが全てじゃないでしょ? こーして、収穫祭に参加できてるだけ立派よ」

 カノはそれに首を左右に振る。

「違うんだ。人間たちが「幸せに生きたい」って思っているのと同じぐらいに、オレたちにとって「願い事を叶える」ってことは当たり前なことなんだよ。きっとこれは本能ってやつだ。どーあがいても逃げられない」

 そう言うカノはこちらに背を向けたままだった。

 トリスは振り向いてほしくて、そのための言葉を必死に探す。

 逃げてもいい本当はそう言いたかった。けれど、それを口にしてしまったらきっと、カノはもう二度とこちらに振り向いてくれないだろう。

 するとカノは空を仰ぐ。

「……あぁ……」

「? ……」

「オレ、どうしてこんなところにいるんだ……家に、帰らないと」

 カノはこちらに背を向けたまま、歩きだした。

「カノ!」

 トリスが叫んでも、カノは気にするそぶりも見せない。

 その態度に、体の芯が冷え切っていく感覚がする。

 足が動かない。

 今のカノにどんな言葉をかけていいか、どんな言葉なら彼を傷つけなくて済むか、分からなかった。

「っ……分かるはずないじゃない」

 だって自分はカノにはなれない。理解したくても、自分が自分である限りそれはできない。

 あぁでも、理解しようとすることはできたのかもしれない。

 自分はそれを忘れていた。

 そして、カノの後ろ姿は夜の闇の向こう側へ行ってしまった。

「トリスさん、大丈夫?」

「!」

 振り返ると、いつの間にかそこには煌太がいた。

 パジャマの上からカーディガンを羽織った姿の彼は、どうやら今部屋から出てきたらしい。

「煌太……、もしかしてさっきの会話きいてた?」

「うん……、部屋からでもトリスさんが誰かと話してるの分かったから、どうしたのかなって思って」

 煌太は少しだけ困ったように笑う。

「折角カノがどこにいるか分かったのに、まさかこんなことになるなんて……」

 トリスの声は自分が思った以上に、弱弱しかった。

 カノのことを連れ戻したい、けれど、本当にそれでいいのだろうか。

 カノにとって、星の子でいることは苦痛でしかないのだろうか。

「トリスさん……大丈夫?」

 再び同じ質問をする煌太に、トリスは「大丈夫よ」と返しておいた。

 本当は大丈夫と言えるような、状況ではないのだが。

「カノさん、悲しいこというよね」

 見ると、煌太はトリスの方を見ていた。

「そうね、ほんと悲しい」

「……」

「悲しいのは嫌ね。やっぱりわたし、カノのことを連れ戻したい」

 そのことが正しいかなんて分からないが、やはり自分はカノのこと理解したいのだ。

 だから、もう一度会って話さないといけない。

「うん……でも、今から家に行っても追い返されちゃうだろうし、明日の方がいいかな」

 煌太の言葉に、トリスは頷く。

「そうよね」

「あ、明日、学校で望月さんに会うし僕からも話してみるよ~」

「ありがとうね。じゃぁ煌太は藍実に話してみて。わたしは、カノに話してみるから!」

 当たり前のように自分に協力してくれる煌太の存在が、ありがたかった。




 次の日。

 トリスは、藍実の家の前にいた。

「多分家には今、カノしかいないってことよね」

 藍実は朝、学校に行ったようだししばらくは帰ってこないだろう。

 トリスが腕を伸ばすと、それは玄関のドアを通り抜けた。人間と同じように物体に触ることもできるが、自分の意志次第で触らないようにすることもできる。

「よっと」

 トリスは体ごとドアを通り抜けると、藍実の家へ入り、カノの姿を探した。そして、二階のベランダで洗濯物を干している彼の姿を発見する。

 トリスはカノの隣に立つと、

「カノ、わたしのこと分かる?」

「……」

「カノ、ここからでましょう? 願い主の近くにいると、願い事の力に縛られやすいし。特にあの子は、意識が強そうだから危険よ?」

 トリスが必死そう言葉を並べても、カノからは一切反応がない。

 もしかして、全て自我を失ってしまったのだろうか。

「カノ! きいてる!?」

 トリスはもう一度、そう叫ぶ。

 ……やはり、カノから反応はない。完全に人間になってしまっているのなら、もう自分の姿を認識できない可能性もある、そう思った。

 じんわりと視界が歪んでいく。

 もしかして、もう手遅れなのだろうか。

「……」

 トリスは黙ってベランダの手すりに腰掛ける。そして、泣きたくなるのを堪え俯いた。

 ……やはりカノは、こちらを見てくれなかった。




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