第2話 【代わりのための願い事】
数日前。また別の場所では。
「う……」
地上に足をついたカノは、ただただ周囲を見渡すことしかできないでいた。
地上に対する最低限の知識は、夜空街の学校で習っているので問題ないだろう。しかし、実際行ってみると不安で何もできないのが現実だった。
どうやらここは駅のホームのようで、電車の発車音や人々のざわめきで溢れかえっている。
とても、忙しない。
行き交う人々はみな余裕なんてない、と言いたげな表情をしているし「願い事は?」と声を掛けられる雰囲気ではない。
「う、オレは一体どうしたらいいんだ……」
泣きそうになる。
トリスが参加するなら参加しよう、そう思って収穫祭に参加してみたが、やはり自分には場違いだっただろうか。
人々が詰め込まれた電車が発車すると、一気に人はまばらになる。
カノはそれを見計らって、願い事をきけそうな人間を探した。
「? あの子……どうしたんだ?」
おそらく、だいぶ前からあのイスに座っている。
服装からして女子高生だ。
短めに切り揃えられた前髪に、肩より少し長めの黒髪。
無の表情で、目の前の空間をただ見つめている。
大人しそうな子だと思った。それに、願い事のある気配がする。
「あの子ならっ……」
カノは意を決して、彼女の目の前にフワリと足をつく。そして言った。
「オレは星の子のカノ。君の願い事は?」
カノの言葉に、彼女はこちらに目を向ける。その表情はみるみるうちに明るくなり……「星の子!? マジで! ホントにいたんだ!!」
そう声を張り上げ立ち上がった。
カノはその言葉に思わず体を固くする。
……大人しそうな子だと思っていたが、どうやら違うらしい。
それでもカノはめげずに訊いた。
「あの、君の願い事を一つだけ叶えて……」
「あは、かわいい~~。お人形さんみたい!」
彼女は腰をかがめると、カノに抱きつく。
「!……」
カノはただ困惑して、より体を固くするしかできなかった。
すると彼女はカノから離れ、微笑んだ。
「あは、ごめんごめん。ビックリしたよねぇ、ついだよ、つい」
「……」
先ほどまで無の表情で座っていた人と、同一人物とは思えないほど彼女の表情は明るかった。
きっとこの子は、大切な願い事を秘めている、カノはそう確信した。
「あの、願い事……」
カノがまたそう言うと、彼女は少し考えるように目を伏せる。
「願い事って何でもいいの?」
「も、もちろんだ! 君が幸せになるための願い事なら、何でもいいぞ!」
「ふぅん……」
「……」
「じゃぁさ、カノ。あたしのお兄ちゃんになって!」
「!」
彼女の願い事、はカノの予想もしていなかったことだ。
カノが戸惑う様子を見て、彼女は表情に影を落とす。
「何でも叶えてくれるって言ったよね?」
「わ、分かった……叶えるぞ!」
彼女の今も泣きだしそうな、けれど何処か怒りに満ちたような表情を見て、カノは咄嗟にそう口にしてしまった。
それと同時に、カノと彼女の周囲に流れ星が現れる。それは光を帯びながら、二人の周囲を飛び回った。
……光に包まれるカノ。
「! ……」
気付くとカノは、全く別の人物になっていた。
女子高生より低かった背丈は、今は彼女より伸びているし、服装もまるで人間の男性が着ているもののようになっている。
「お兄ちゃん!」
女子高生はそう叫んで、姿が変わってしまったカノに抱き着いた。
それでようやく、彼女の「願い事」は完全に叶ってしまったのだと実感する。
「あはすごい、まるで本物じゃん」
「……」
そして、女子高生はカノの手を引いて歩き出す。
「今日はもう帰ろー? 学校はもともとサボるつもりだったし」
「オレはっ……」
「黙ってついてきてくれない?」
女子高生の手に、力が入る。
「……う」
カノは、従うしかなかった。
女子高生に連れてこられたのは、住宅街の一角にある一軒家だ。
彼女は、玄関のカギを手馴れた様子で開けると中へ歩みを進める。
「あ、親しばらく帰ってこないんだった、ラッキー」
上機嫌な様子の女子高生は、カノの手を取ると中に入るよう促した。
カノはしぶしぶその通りにする。
玄関はキレイに整理されており、靴箱の上に、ネコのぬいぐるみと写真たてが置かれていることに気付いた。
「! ……」
カノははっと息を飲む。
その写真立てに入れられているのは、今より幼い姿の女子高生。そして、隣に立つのは……
「お兄ちゃん、この写真覚えてる? あたしが小学生の時、家族で北海道に旅行に行った時のやつだよ?」
「……あぁ。もちろん、覚えてるよ。この後、藍実、迷子になって……」
カノはいつの間にか、そう言っていた。
信じがたい事実に、カノは絶望する。
「!? っ……? オレ何言って……?」
「あは! そんなこともあったねー」
女子高生、藍実はそんなことを言って笑う。
そして、とても幸せそうに微笑んだ。