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星の子の願い事  作者: 夕菜
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第1話 【収穫祭の始まり】

「最近、願い事の数が減ってきてると思わない?」

 ここは夜空街。

 地上の遥か上空、分厚い雲が広がる上にその町はある。

 星の子のトリスは、そんな町の一角にある小さなカフェにいた。目の前には、幼馴染の星の子、カノが困ったような顏をして座っている。

「確かにそうだー……昔は次から次に願い事が届いて、対応できないぐらいだったのに」

 カノは、彼お気に入りの月の蜜入りミルクが入ったマグカップに口をつけつつ窓から外を眺めた。

 この町は常に夜の色をした空が広がっている。しかし、外灯が立ち並んでいるため、町中は常に明るい。

 カノは昔を思い出しているのか、幸せそうに微笑んだ。

 地上から願い事が届くと、それぞれの星の子に「手紙」が届く。その星の子のレベルにあった「願い事」が平等な割り当てで届くらしい。

 その願い事を叶えたとき発生する「幸せエネルギー」が、この街での大切な資源になるのだ。

 街に明かりを灯したり、畑の作物を育てたり。

 地上より発展したものはないが、願い事のエネルギーがあれば生活に困ることはまずない。

 けれど……。

「はー……人間たちはわたしたちの存在を忘れつつあるってことよね。このままじゃ資源がつきるもの時間の問題かも」

 トリスはそう言いつつ、雲の切れ端クッキーを頬張った。

 このクッキーは甘さ控えめで美味しい。いくらでも食べられそうだ。

「えぇ、そんなぁ~~」

 カノはマグカップをテーブルに戻すと、絶望的な表情を浮かべる。

 しかし、トリスは微笑んだ。

「でも大丈夫よ! 近々収穫祭があるでしょう?」

「うん、オレたちが地上に出向いて人間の願い事を叶えるっていうお祭りだろ……」

「そう! 沢山の星の子が参加するし、それでエネルギーは沢山集まるはずよ。わざわざ地上まで行くんだから、質のいい願い事を叶えまくれるってわけ」

 トリスはその収穫祭が楽しみで仕方なかった。もちろん、自分も参加するつもりだ。

 その日のために図書館にこもって、地上について勉強を重ねてきた。

「じゃあ、トリスは参加するんだな? 収穫祭」

「もちろん!」

「オレはどうしようかなー……地上は危険な場所だってきくし」

「強制じゃないから、どちらでもいいのでは?」

 トリスは不安げなカノにそう言った。

 確かに地上はここと比べて、危険が多いときく。百年前の収穫祭では、帰ってこなかった星の子もいたことだし。

 けれど、今は町の危機。何もしないこともトリスにとってストレスだった。

「トリスは勇敢だなぁ~……」

「そんなことはないと思うけれど……」

 そう言いつつトリスは立ち上がる。

「さて、わたしは勉強の続きをしないとね!じゃ、また」

 そして、カノに手を振ると喫茶店を後にした。



++



 ここは地上界。

 眠れないでいる誰かは、ベランダにでて空を仰ぐ。

 すると、流れ星が一つ、二つ。

 瞬く間にその数は増えていく。

 その流星群は、まるで光る雨のように地上へ絶え間なく降り注いだ。

 

 ……人々の願いを叶えるために。

 


++



 地上に降り立ったトリスは、「ビン」を腕に抱えつつ電柱の上に腰を下ろす。

 そして、ビンの中に半分以上溜まった「幸せエネルギー」を見て、満足して微笑んだ。それはビンの中で淡い金色に光っている。

 地上に来てしばらくたったが、人間の願い事を叶えることはやはり容易い。

 ほとんどの人間たちの願い事は、○○が欲しいだとか、○○に好かれたいだとか、○○になりたいだとか言った単純なものがほとんどだったからだ。

「よし、順調順調! あと一回ぐらい願い事を叶えれば、ビンは一杯になるしわたしの収穫祭は終了ね」

 そして、トリスは街を行き交う人々をじっと観察する。

 ここは人間の街でも都会に近いところのようで、人通りが多い。この中に一人ぐらいは願い事のある人間がいるに違いない。

「あの人間がよさそうね」

 トリスは十代半ばぐらいの青年に目を付ける。彼は学校と呼ばれるものの制服を着ており、本を読みながら黙々と歩いていた。

 その彼から、願い事がある雰囲気が漂ってきているのだ。

 トリスが電柱の上から、彼の目の前に着地すると、彼は歩みを止めこちらを驚いたように見る。

「わたしは星の子のトリス。あなたの願い事を一つだけ叶えてあげる」

 トリスはお決まりになっているセリフを口にした。

 このセリフを言うのもこれで最後になるはずだ。

「びっくりした!! 星の子ってほんとにいたんだ~!」

 青年の目はキラキラと輝き、今まで会った人間たちの中でもひときは眩しい。

 すると、彼は腰をかがめトリスの手をとる。

「触れる! 本物だ! ヒンヤリとした体温も、長くてふわふわってした青白い髪も、あと若干光をおびている体も、この本のとおりだ。やっぱり君は星の子で間違いないんだねっ」

 青年はトリスから手を離すと、先ほどまで読んでいた本の表紙をこちらに見せるように持った。

 その本のタイトルは「ほしのこでんせつ」。どうやら自分たちは、地上では伝説上の生き物ということになっているらしい。

 それにトリスは呆れつつ

「あなたたちが忘れているだけで、わたしたちはずーっと前まえから存在してるんだから。それより、早く願い事を言ってくれない?」

「え、いいの?」

「もちろん。わたしは星の子。あなたたちの願い事を叶えることが何よりの喜びよ」

 トリスはそんなことを言いつつ、微笑んでみせる。

 きっとこう言っておいた方が、上手く願い事を聞き出せるはずだ。

「嬉しいけど、ほんとに僕でいいのかなぁ~」

「いいに決まってるじゃない。さ、早く……」

「えー……迷うなぁ。少し考える時間もらっていい?」

 青年は困ったように微笑む。

 ……まぁ想定内だ。その場ですぐ決めることのできる人間もいれば、時間がかかる人間もいる。また別の人間に声を掛けることも面倒なのでトリスは言った。

「分かった。気のすむまで考えて」

 


 近くの公園のベンチに腰を下ろしてから、どのぐらいの時間が流れただろう。

 青年に言われここまでわざわざ移動してきたまではよかったが、さすがに時間をかけすぎた。

 隣に座る青年は、いまだに「うーん」と首を捻りつつ願い事を何にするか悩んでいる。

 空はオレンジと藍色のグラデーションから、完全に夜の色へ移り変わっていた。

 公園にいた子供たちや、老夫婦はとっくの前にでていってしまったし、夜の公園に一人取り残された青年は、はたから見ればかなり寂しい存在だろう。というより、怪しさ満点だ。星の子の自分の存在は、関わろうとした人間にしか見えない仕様になっているわけだし。

「いい加減、決めてほしいのだけれど……」

 トリスは隣の青年に、顏を向ける。

 公園に一本だけ立つ外灯の明かりが、彼の顏半分を明るく照らしていた。

 トリスの言葉を聞いていないのか、青年は真剣に悩んでいるような表情を顏に張り付けたままだ。

 その時、青年は突然立ち上がった。

 そして、彼はトリスを見ると、「よし、決まった!」と言って微笑む。

「やっっとね! で何なの?」

 トリスも思わず立ち上がる。

 これだけ待たされたのだ。少しは叶えがいのある願い事であってほしい。

「僕を殺して」

 青年は何の躊躇いもなくそう言った。

「それが僕の願い事だよ」

「……は?」

 予想外の言葉に、トリスは固まる。

 彼は正気なのだろうか。

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