拾弐
お待たせしました!
少し空いてしまったので、前回の終わり辺りをチラッと覗いて頂けたら良い感じかもです
よろしくお願いします!
「どうしたの?」
「いや、なんでもないですよ」
「ふーん? なら、早く中に行きましょ?」
柏さんがやって来て、外観を眺めていた俺の手を引いてお店の中に連れていってくれる。
カランコロンと鳴ったドアの向こうは営業中のお店。本来なら、すぐに邪魔にならない場所へと向かわねばならない。
それは分かっているのに、つい荷物を入口付近に置いてキョロキョロと店内を見てしまっていた。
(やっぱり……新鮮さしか感じないか……)
懐かしさとか感慨深さとかその辺の感情。揺さぶられるかとも期待したが、現実はそう上手く事は運ばないらしい。
過去に触れればポンッと記憶を取り戻すかと考えていたが……刺激の強さか、思い入れの深さか、そもそも関係ないのか、ちょっと残念な結果にはなったが、駄目だったものは仕方ない。また別の何かに期待だ――。
「店の前で何をやってるのかと思ったわよ。おかえり、リョウ。千夏ちゃんも」
「た、ただいまです」
「ただいま、鈴乃ちゃん」
新名さんが出迎えてくれる。一回だけお見舞いに来てくれたのは覚えているが、ほぼ初めましてだ。
柏さんには及ばないとしてもかなりの美少女な気がする。いや……会う人会う人、みんなレベル高くて果たしてどれくらいの美少女っぷりなのかは謎だけど。
エプロン姿の新名さんが居るということは営業中で間違いないはずだけど……空席が目立つ気がする。
(ここが俺の住んでた家か……全然お客さん居ないな?)
机や椅子の並ぶ喫茶店。喫茶店といえばこんな感じかな? という内装だ。店内に流れるどこの国のかは知らないが良い感じのサウンドも悪くは無い。
雰囲気だけなら喫茶店として及第点だろうに、どうしてこんなにお客さんが居ないのか。休日だし、もうすぐお昼なのに……経営とか大丈夫なのか心配だ。
「椋一、ほら荷物! 部屋に持っていきなさいよ~」
「あ、はい」
振り返ると、母親がちょんちょんとつま先で俺の荷物を突っついていた。
荷物を持つまではいいが、部屋が分からない。一度外に出れば良いのか、それとも店内からどうにか行けるのか。
「えっと、部屋は……」
困ったら柏さん。とりあえず柏さんにさえ聞いておけば間違いない。
例え間違っていたとしても、それが柏さんからの情報ならそれで良いとすら思っている。過去の俺が、一番信頼しているみたいだからな。
「こっちよ。あ、ちなみにアタシの家はすぐ隣ね?」
「そういえばそんな事もメモに……後で挨拶に行かないとですね。柏さんを産んでくれたご両親に挨拶はしっかりしておかないとっ!」
「も、もう! そんなのは明日でも良いんだから、早く行くわよ」
どうやら店の奥から部屋には行けるらしい。調理場の横にある階段で上にいけるみたいだ。
まだ働かなくて良いとは言われているものの、こうして実際に営業しているのを見ると、やっぱり手伝った方が良い気がしてくる。
まぁ、まだ最低限の体力しか取り戻してはいないから足手まといになるかもしれないが……。
「じゃあ、荷物置いてきます。新名さん、しばらくお店はお任せしてしまいますけど……よろしくお願いしますね!」
「…………キモッッ!! ママさん、あたし鳥肌立ったんだけど」
「ふふふ、息子も覚醒したのよ!」
◇◇
部屋の前に柏さんが立っていて、俺はその部屋のドアを開いた。
「シンプルな部屋ですね? ……ん? なんだろ?」
クンクンと部屋の匂いを嗅ぐ。自分の体臭とは違う、ちょっと甘い香りが部屋に充満していた。
一ヶ月も空けていたし、母親が掃除の一貫でスプレーでもしたのかと思ったが……どこかで嗅いだ事のある気がする匂いだ。というか、隣に居る柏さんの匂いの気がする。
車内でも同じ匂いがしていたし……間違いは無いと思う。ただ、ここは俺の部屋なんだよな?
「この部屋、柏さんが掃除とかしてくれてました?」
「ん? よく分かったわね?」
「自分の部屋って感じの匂いがしなかったですし」
「におっ!? ……そ、そんなクサい?」
「あぁ、いえ……落ち着く匂いですよ?」
「……ほっ。そりゃ、毎日寝泊まりしてたら匂いも移っちゃうわよね」
「……ん?」
「ん?」
ん? 何か変だぞ。幼馴染だから部屋に泊まることはあるだろうけど、そんなに頻繁に泊まるものなのか?
柏さんがくるくると部屋の中で回りながら、ベッドにダイブする姿に違和感がない。それならむしろ、俺がここに立っている方が違和感がある。
ひとまず荷物は部屋の片隅に置いて、机の上や引き出し、棚を物色してみる。
「あ、そうだ! アルバムあるわよ」
「アルバム……」
柏さんがゴソゴソとクローゼットを漁って、分厚い本を取り出す。
「ほら、座って!」
「あっ、はい」
ベッドに腰掛け、柏さんがめくるアルバムを隣で眺める。
最初に出てきた写真は赤ちゃんの頃のもの。二人の赤ちゃんが並んで映っている。
その次に撮られた写真は家で二人の赤ん坊が一緒に遊んでいる姿。
その次は幼稚園の入学式。その次は小学校入学……その次、その次、どんどんめくられていくアルバム。
成長していく二人の少年少女――俺と柏さん。ずっと一緒なのをこのアルバムが証明している。
「そしてこれが、高校の入学式! ついこの間に思えるわね」
「……楽しそうですね」
「アタシの半分はもう椋一で作られてるの。早く思い出しなさいよっ!」
「い、痛いっ!」
背中を叩かれ活を入れられる。
たぶん、いつの間にかアルバムを見る俺の顔が沈んでいたのに気付いたのだろう。
「ほら、シュンとしてたらママさんにも心配されるでしょ! 笑いなさいな」
「でゅへへへへ……」
「それはちょっとキモキモね……」
変な間ができる。なんか上手く会話が出来てない気がする……理由もよく分からないんだけど。
たぶん、まだ緊張してるんだな。女の子と会話集とかあれば助かるんだけど……小説は少し特殊なシチュエーションばかりだから参考になるのは少しだけだ。
もうちょっと高校生同士の? 会話劇? みたいなものがあれば、今後の柏さんとの会話でも助かるんだけどなぁ。
「よいしょっと……」
「ん? ……どうしたの? 漫画?」
「うーん。何か参考になる良い物はないかなぁ~って」
棚にある漫画はラブコメというよりバトル物やユルい日常系ばかりで、求める物は見付けられなかった。
「……おっ? おっ……おぉ!」
見付けたのは漫画ではなくゲームのカセット。下段端の漫画と棚との隙間にポンっと置かれてあった。
箱のパッケージには、色んな瞳や髪の色をした可愛い女の子達がギュッと詰まっている。
裏側を見ると簡単なあらすじが書かれてあった。桜の木の下で告白するとそのカップルは結ばれる……とかなんとか。
一人用の学園恋愛シミュレーションゲーム……良い物を見付けてしまったな。
しかも……不思議とこれは、惹かれるものがある。
実用性も高そうな教材だし、幼馴染のキャラクターも居るみたいだし、まさに今の俺にピッタリのゲームだ。
こういうのも集めていたとは……とってもグッジョブな過去の俺だ。
「……あれ。確かに片付けたはずなのに……」
カセットはあってもゲーム機本体が無ければ出来ない。だが、近くにそれらしい物は見当たらなかった。
「きっとあれのせいよ。椋一がそっちばっかりに……」
「柏さん?」
「――んっ!? んん、何? どうかした?」
「あ、いえ……これを遊べる機械がどこかにあると思うんですが……」
何か言っていた気がするけど、考え事だろうか? 邪魔しちゃったみたいで申し訳ないな。
だが、それでも嫌な顔ひとつしない柏さん。とても優しい人だ。
「あ、あぁ! たしか……はいはい。持ってくるからちょ~っと待っててね?」
「あ、はい。お手数お掛けします」
スッスッスと俊敏に動いて部屋から出て行った。
ちょっと待てと言われればジッとして待つ俺だ。待ちはするけど……なんか妙に一階が騒がしい気がする。
内容までは分からないが、柏さんと新名さんの声が聞こえて来る。もしかして新名さんにまでゲーム機の捜索を手伝って貰ってるのだろうか?
(うっ……やっぱり自分で探しに行くべきか? だが、階段を降りてはいけないという気もするぅぅ……)
結局は部屋から出るのは何かが危険と判断して、手元にあるゲームの箱に書かれてある文字を読んで待つことにした。
――待ち始めて数分後。
両手サイズのゲーム機を柏さんが持ってきてくれた。
本当は今すぐにでもゲームを始めていきたい気持ちもあるが、せっかく柏さんが居るのだ。ゲームをするのは一人の時でいい。
受け取ったゲーム機とカセットを一度机の上に置いて、ベッドに座る柏さんの隣に腰を下ろした。
「えっと、この後って何か予定とかあるんですか?」
「えっ!? ゲームしないの?」
「そりゃ、柏さんと何かするより楽しい事なんてないですし?」
「ウソっ!? アンタがゲームよりアタシを優先するなんて……うぅぅ……これは奇跡よねぇ……」
時々あるこういう反応を見ると、過去の自分に対するイメージが悪くなる一方である。
幼馴染よりもゲームを優先していたなんて考えたくないけど、過去の俺はきっと普通にしていたんだろう。
それを反面教師として今の俺が頑張っていけば、必ず良い方向に進むはず……そう考えられなくもない。ポジティブにいくならだ。
ただ、そんな事をしていた自覚はこれっぽっちも無いから、どこが違っているのかピンと来ないのだがな……。
「お暇なら、柏さんのご両親にも顔出しくらいはしておきたいんですけど……」
「まぁ、少しくらいなら大丈夫かな? でも椋一! 余計な事は言わなくて良いし、すぐにこっちへ戻ってくるからね?」
「え、どうしてです?」
「どうしてもよ! 改めて椋一と両親が挨拶してるとか……ちょっとハズいじゃん?」
ハズい……のか? その辺の事はよく分からないから、お任せしておこう。
とりあえず、ご両親に柏さんと出会わせてくれた事の感謝はめちゃくちゃ伝えよう。
明日には、何をしたのかも忘れてしまっている可能性があるから……な。
伝えたい事は伝えたいと思った時に伝える――それは、俺が学んだ事のひとつだ。
「帰る時は柏さんに任せますよ。では、案内お願いします」
「変な事は言わないようにね! ねっ!」
部屋を出て、一階に居た母親に一声掛けてから柏さんの家に向かった。
徒歩にしておよそ十歩。めちゃくちゃ隣の家だ。
「大人しくしてるのよ? いい? 絶対よ?」
「そんな風に言われると俺、クローゼットに隠されたペットみたいですね……」
「ん? それはどういう……?」
「伝わらないって、残酷なアレじゃない?」
入院中にいろんな小説やら漫画を読んで得た知識なら伝わるかと思ったのだが……何を知ってて何を知らないかなんて人それぞれですもんね。
そうか、これが俗に言う『スベった』ってやつなのか。好きな人の前だとなんか、キツい。キチィ~って感じだ。
冷や汗を袖で拭って、あくまでも平静を装って、俺は柏さんと共に柏家へと足を踏み入れていった。
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