拾
お待たせしました!
もうそろそろ椋一くんも退院できるかもしれないっすね!
そっからイチャイチャ出来たらなぁーと。そこまで軽く出来るかは今の時点で不安があるけどですけど……(記憶リセット持ちですし?)
でも、千夏スキーなのは間違いなしです!
よろしくお願いします!
「北上君!? どうして潜っておかなかったの? メモの意味は?」
「くっ、ミスりました。はぁはぁ……うぐっ、ケンゾーについてメモしてたタイミングで……油断してました」
「とりあえず深呼吸よ!」
「りょ、椋一……?」
「ぐぁぁッ!?」
(くっ……声まで可愛いとか反則かよ。今のところ全てが尊すぎてヤバい……)
布団に潜り、深呼吸をしてドキドキを抑え込む。黒髪のポニーテールが最高に可愛いし、パッチリとした目は格好いい。キュートさとクールさのミックスで――最高、という状態だ。
昨日会った新名さん、彼女もかなり可愛いから越えるのは難しい
と思っていたのだが、まさに一瞬だった。瞬きの間に差がついた。
どうして忘れる事ができるのか不思議な程、強烈なインパクトがある。……本当に、どうして忘れてしまうのだろうか。
布団の中で落ち着きを取り戻し、呼吸も正常に戻ってきた。それで一段落と離れた山神ナースと入れ替わる様に、今度は柏さんの声が近くから聞こえてくる。
「椋一、落ち着いた?」
「え、えぇ……はい、すみません。慌ただしくしちゃって」
「ううん。あとこれ、昨日頼まれた物……持ってきたよ?」
昨日頼んだ物。たしか、時計とカレンダーだったか。チラッと見てみると大きめの紙袋もある。いろんな物を持ってきてくれたのだろう。
母親に頼んだ物は簡単に思い出せるのに、やはり柏さんの事がまったくだ……。
「ありがとうございます。あの、山神さんから聞きました……よね?」
「……うん。覚えてないんだよね、私の事」
落ち着いたトーンでそう返される。それ故に、表情を和らげる事が難しくなった。
強張った顔を、お互いに見なくて済んだのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
俺は、たしかに彼女について何も覚えちゃいない。それはどうしようもない事実だ。だけど、だからこそ、俺は何の柵も楔も照れも恥じらいも関係なく、現在の自分の気持ちを素直に伝える事が出来るも事実には違いない。
「覚えてない事、まず謝ります。その上で、あなたに聞いてほしい事がある。ちょっとだけ、後ろを向いてもらっても良いですか?」
そう前置きして、深呼吸をする。吸って、吐いて。それでも緊張はするものでもう一度だけ吸って、吐いて。
思いきって布団から這い出て、彼女の後ろ姿をしっかりと捉える。
後ろ姿さえも可愛くてちょっと危ないが、グッと丹田あたりに力を込めて目を逸らさずに彼女を見つめる。
「昨日の事はたしかに覚えてません。けど、昨日の俺は今日のためにメモを残してくれていました。嘘だと笑い飛ばしたくなる内容です。ですが、今日あなたに会った瞬間に昨日の俺も今日の俺も変わらないものがあるんだと、思いしましたよ。昨日と今日の俺で唯一変わらなかったのは『キミに惚れた』ということです」
言葉は溢れる様に出てくる。そんな俺の言葉を彼女は微動だにせず聞いていた。
どんな表情をしているのかは、こちらからは判らない。それでも、俺は言葉を続けた。
何も難しいことは無い。伝えたいのはただ、俺が柏さんに惚れているという事だけだ。
「昔の北上椋一じゃないのは認めます。明日になればこの気持ちごとあなたを忘れてしまうかもしれないのも認めます。それでも、明日また会えば必ずキミを好きになるという自信があります」
今の想いを綴って、今だから言えることを伝えていく。
混乱して何も言えなかった昨日の自分の分まで背負って、柏千夏へ気持ちをぶつけていく。
「いくら言葉を重ねても、一日どころか数時間しかキミと会ってないから軽く思うかもしれません。でも、本気です! 俺は、本気でキミが――」
最後の言葉を伝えようとした瞬間、柏さんが振り返った。
途端に、その可愛さから心臓が痛くなってくる。だが、まだ目は逸らせない。
涙目を浮かべる彼女からは目を逸らしてはいけない。
「私も椋一が好き! ずっと好きだった! 私を庇って椋一が車とぶつかった時は死んじゃったかと思った! 目が覚めなくて、このまま死んじゃうかもって何度も考えた! ずっと怖かったの! だから……だから! 約束して! 次はちゃんと私が椋一を危険から守るって誓うから、椋一は、昔よりも私を夢中にさせるって! 私より先に死なないって!」
彼女はポロポロと涙をこぼした。さすがに泣き顔まで可愛い訳ではないらしい。
昔の北上椋一と柏千夏の関係は幼馴染み。でも、きっと『幼馴染み』なんて言葉で終わる程度の付き合いじゃないと思った。
元より、ライバルは過去の自分。昔よりも柏千夏を惚れさせないといけないとは考えていた。死ぬかどうかは確約は出来ないけど。
それを踏まえて、俺は一拍置いてから頷き、約束を守ると誓った。
一日どころか寝たら終わりの中、かなり難しい約束であるのは理解している。それでも、過去の俺のことであれ柏さんが好きと言ってくれたのはちょっとだけ自信を持てた。
外見は問題じゃなく、あとは中身次第なら……俺は過去の自分にすら負ける気はしない。なんせ、今の俺は柏千夏さんがめちゃくちゃ好きだから。
「……ってか、限界!」
「あははっ、まずはちゃんと顔を合わせて話せるようにならないとね」
布団に潜る俺を見て、彼女は涙を指で拭いながらそう言った。本当にそうだ、まずは体力を戻さないと何も始まらない。
彼女を好きだと、それが嘘じゃないと伝えていく為にはまず体力だ。一日で最大限彼女の可愛さに触れるためにも、一日で最大限彼女に好きだと伝えるためにも、一日の活動時間を最大限に伸ばさないと始まらない。
「すぐ、体力を戻してみせる。そしたら、覚悟して欲しい。必ず、過去の俺を越えてみせる」
俺は少しでも格好よく見せようと、高らかにそうキメてみせた。
◇◇
(ヤベェよ、ヤベェんよ……気まずぅ~……)
柏千夏攻略宣言してから一時間――まだ病室に柏千夏の姿がある。よく考えてみれば、柏さんは来たばかりなのだからすぐに帰るのも変と言えば変だ。
微妙どころか、かなり気まずい時間が流れている。どうやらそう感じているのは俺だけみたいだが……。
あの良い感じのタイミングで今日は終わり! となるのが普通と思っていたのは、さすがに都合が良すぎるらしい。柏さんは椅子に座って居続けている。
攻略する気持ちを伝えた手前、居てくれるのはありがたい事なのだが、妙に気まずい。予定では、あのタイミングで柏さんが帰り、翌日からの作戦を立てるつもりだった。
なのに、居るのだ。柏さんの鼻歌だけの時間もそこそこ流れている。
「あ、あの……」
「なぁに? そろそろ惚れさせてくれるの?」
「あ、それは……その、明日からで」
「それは楽しみね。今の椋一的に、昔の椋一も私が好きだったと思う?」
「……記憶は無いけど、好きな食べ物とか苦手な虫とかは覚えてるから……今の俺が好きなら昔の俺も……とは考えられるかな?」
「へぇー! そーなんだ! ふーん!」
このやり取り、実に五回目である。
何故か、最後は嬉しそうな声色なのに興味無い雰囲気を出そうとしている。
気まずいから帰ってくれとは言えず、居座ってる事を強く言えない俺も甘いのかもしれないが。
「椋一は~私が好きぃ~、あっ! ママさんとか鈴乃ちゃんにも言わないと!」
「え゛っ!? 言うの?」
「……椋一の中で、私の事が好きなのって恥ずかしいことなの?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「じゃあ、問題ないわね!」
くっ……惚れてる立場だから強く出れない。このままだとずっとこういう感じになりそうだ。
上に立ちたいという訳じゃないが、このまま尻に敷かれる感じはどうかと思ってしまう。
というか、俺も柏さんをドキッとさせたい。今は俺ばかりドキドキしている。おそらくそれが、俺の立場が弱い理由だ。
どうにか情報を集めて、柏さんがドキッとする事を仕掛けていかないといけない。ケンゾーあたりなら頼りになるだろうか?
「そうだ! 椋一、退院したら行きたい所とかある?」
「そうですね、柏さんと一緒なら何処へでも行きたいですよ?」
「ふーん! じゃあ、いろいろと連れていってあげるわ」
「ありがとうございます。退院が楽しみになりました」
そしてまた、柏さんの鼻歌が部屋に響く。何の歌かは知らないけど安らぐ音なのは間違いない。
それから少しして、今日の面会時間の終わりがやってきた。つまり、今日との決別の時間だ。
「明日、柏さんを覚えてないかもしれません」
「……うん。明日は休みだし、頑張って起きて朝から来るよ」
「なら、今日以上に好きになれそうですね」
「……っ。椋一のクセに! じゃあねッ!」
あれだけ長く居座っていたのに、帰る時は一瞬だった……。
「な、何か癪に触っちゃったのか?」
言葉ひとつで気持ちが上がったり、下がったり。恋ってこういうものなのかと、分からないなりに考えてみた。
分からない事を含めて、さっそくメモ帳に今日の出来事を纏めていく。
明日の俺が、今日以上に柏さんを好きになるために。
明日の俺が、今日以上に柏さんと話せるように。
明日の俺が。今日以上に柏さんを覚えてたらと願いを込めて。
――だけど、翌日もその翌日になろうとも……俺が、柏千夏を一日以上覚えてる日は存在しなかった。
◇◇◇
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