玖
お待たせしました!
最近暑くなってきましたね、最悪ですね!
(´ω`)
数少ない読者様が熱中症になりませんように……
では、よろしくお願いします!
「はふぅ~、身体が疲れきってるな」
「明日もリハビリはあるので、ちゃんと食べてくださいね?」
リハビリは午前中のみ。シャワールームを借りて汗を流した後は昼飯の時間となり、見慣れた流動食が配膳された。
これが他の食べ物なら嬉々として食べ始めるのだが、今は食欲よりも身体の疲れの方が上回っていた。
(食べないと怒られるから食べるけどさ……)
トゥルントゥルンとした物を口に運んでツルンと飲み込む。
相変わらず味は薄いし食べてる気もしない。外の景色を楽しみながら食べるとちょっとだけ美味しく感じなくもないが、きっと気のせいだろう。
外はもう夏。青空と白い雲が眩しく映る。きっと外はジリジリとして暑いんだろうと思うけど……院内も病室も涼しいから、ここに居るとあまり夏は感じれない。
「午後って自由時間でしたっけ?」
「そうよ。でも、疲れたでしょうから休みなさいね」
病室から出ようとする山神ナースを引き留めて、それだけ確認する。
自由時間にやる事は特に無いのだがな……。
「ごちそうさまでした」
昼飯を食べ終わり、ベッドで一休み。天井を眺めてふと考える。
もちろん、その内容は柏千夏さんについてだ。
(昨日の俺は彼女に惚れたみたいだが……まさか覚えられないとは思わなかっただろうな)
昨日とは違い、前情報を持ってる俺が彼女に一目惚れする可能性は低い。昨日の俺との違いに彼女は驚くかもしれない。
まず、山神ナースから伝わる話を無事に受け入れて貰えるかも分からない。
俺は北上椋一だが、みんなの北上椋一ではないというのは、俺自身が一番理解していなければいけない案件だ。
「はぁ……なんもしたくないなぁ」
何も出来ないけど……と一人思って目を閉じた。外から蝉の鳴き声が響いてくる。
体力の無いこの身体は、すぐ疲れ、すぐに眠たくなってしまう。実は山神ナースとこの部屋に戻って来た時も、昼飯を食べてる間も寝ようと思えば眠れるくらいには眠たかった。
食べてすぐに寝るのもどうかと考えたが、目を閉じた後はもうどうにもならず、身体からは力が抜けて意識は沈んでいった。
――――…………。
どれくらい寝ていたのかは分からない。ただ、病室のドアが勢いよく開けられた音で意識は現実世界へと戻ってきた。
目を数回パチパチさせて、寝起きでボヤけている視界をクリアにしていく。
「椋一よ……おぉ! 動いてる! 椋一よ、目覚めたのだなっ!」
「…………」
知らない人……眼鏡を掛けた男子だ。
外はまだ明るい。今が夏だと思うと、ハッキリとした時間の判断は難しい。
「えっと……」
「あぁ、事情は柏から聞いている。俺は宮田健蔵。ケンゾーと呼んでくれ」
「宮田さんですね」
「フッ、まぁそれでも良いだろう……。とりあえず目覚めて良かった。お前の辞書にも不可能は無いと俺は信じていたぞ」
ちょっと暑苦しい人だが、悪い人では無い感じがする。友達……だったのだろうか。やはり、何も覚えてはいない。
「柏には昨日会ったのだろう? 柏は一度家に戻ってから来るそうだ。俺は直接来たがな」
「柏さん……」
「……あぁ。今のお前に言っても仕方ないのかもしれないが、柏には優しくしてやってくれ。お前が事故にあってからのアイツは……酷いもんだったからな」
「そう、なんですね……」
それが精一杯の返事だった。どんな話をされようとも、何にも実感が無い。実感が湧かない。
「あの! ……あ、いえ。何でもないです」
「遠慮するなよ。俺とお前の仲だぞ?」
「……では、本人に言う前に聞いて欲しいんですけど――」
昨日会った人物の仲で、柏千夏という人物に関する記憶だけが全く無いという話を宮田という男子に話した。
本人に言うだけの勇気は無いが、会ったばかりの男子にならば、そこまで重たくならずに話すことができた。
「聞きたいのは……俺と柏さんはどういう関係だったのでしょうか? ということなんですけど……」
「ふむ……そうか。まず、どういう関係かと聞かれれば『幼馴染』の一言で済む」
「幼馴染……」
「あぁ。子供の頃からずっと一緒だったと聞いているぞ。だからこそ、お前が倒れてからの柏は大変だったのだがな」
幼馴染――その意味は知っている。
たしか……子供の頃から一緒に育って、隣の家に住んでいて、窓から勝手に入ってきたり入ったりして、起こしてくれる存在……だったな。
それが、俺と柏さんとの関係なのか。良い関係だったのかな?
(ずっと一緒だったら……記憶が無くとも一目惚れってあり得るのかな?)
宮田さんというこの男子は俺と柏さんについて詳しいみたいだ。昨日の新名さんもいろいろ知っている雰囲気だったけど、何も教えてはくれなかった。
これはチャンスかもしれない。メモ帳の柏さんに関する内容が増えれば、仮に明日の俺が覚えてなくとも……少しは役に立つだろうし。
「もう少し聞いて良いですか? 俺自身の事や柏さんの事とか」
「別に良いが……知ってる範囲だけになるぞ」
「構いません。お願いします! それで……俺は、柏さんが好きだったのでしょうか?」
「ブーーーッッ!? な、何だいきなり!」
「いえ、ですがこれは最重要な質問ですので」
関係性は分かった。その上で俺は柏さんが好きだったのか否か。
今の俺が惚れたからといって、勝手に行動するのはやはり躊躇われる。
俺が自分の記憶を諦めて、今を生きると決めたなら好きに生きるのもアリと思う。
でも俺は……諦めちゃいない。自分の記憶をどうにか取り戻す意思はあるのだ。だから、なるべくは元の関係性のまま生活をしていくつもりなのだ。
だからこそ、昨日の俺が勝手に惚れた柏さんという女性。前の俺が好きだったのなら惚れるのも問題ない。好きじゃなかったのなら……今の俺はその気持ちに蓋をしなければならない。
(ちょっと……きついけどな……)
宮田さんは「うーん、うーん」と唸りながら『考える人』になっていた。
「いや、しかし……うーむ……不可能はないが……くっ……あれがああで……」
ポツリポツリと何かを言っては長考して、スッと教えて貰えると思っていた俺からしたら、予想以上の時間を待つことになった。
そして、宮田さんが出した結論は「……俺にはわからん」の一言だけだった。
「分からない……とは?」
「いや、外から見てるとな……仲が良いのはみんなが認めるところなのだが、好きかどうか断定するのはなかなかに難しい」
「ならっ! 俺……北上椋一の恋人や北上椋一が好きな女の子は居ましたか?」
「あぁ、恋人は居ないな。そもそも、椋一に恋人が居て俺に居ないなんてありえないからな」
「そうですか……それは、良かったです」
俺に恋人や好きな子は居ない。それだけ知れれば、今は十分だった。
仮に明日の俺が惚れたとしても、柏さん側に恋人が居たとしても、この気持ちに蓋をしなくて良いというだけで、かなり心が楽になる。
「えっと、じゃあ……次は俺のことや宮田さんの事を教えて貰えますか?」
「任せろ! ふふふ、柏が来るまで俺と椋一の出会いから今までを語ってやろうぞ!」
何も覚えちゃいないから、宮田さんが言っていることの真偽は分からない。誇張している部分も多少なりあるかもしれない。
けれど、聞いてるだけでなんだか楽しくなってくる。物語を聞かされている感覚だった――。
「おっと、もうそろそろか」
「どうかしました?」
「いや、柏の急ぎ具合だとそろそろ病室に着くだろうってな」
「ケン……宮田さんは帰るんですか?」
「また来るさ。今は柏に譲ってやるだけ、じゃあな椋一! あと、ケンゾーで良いから」
ヒラヒラと手を振って、宮田さん……いやケンゾーは病室を後にした。
友達は多いだろ俺だが、今はそれほど多くは要らない気がしてきた。ケンゾーみたいな友達が数人要れば、きっとそれだけで楽しいだろう。
メモ帳に書き足す。ケンゾーから聞いた話を、特に柏さんに関する事を。
(えっと……『柏さんが好きなら、好きと言っていいみたいだぞ明日の俺』っと!)
「……これでよし! 後は――」
もうすぐ来るだろう柏さん。彼女にちゃんと言わなければならない。山神ナースの力を借りて伝わってはいるのだが、ちゃんと自分の口からも。
病室のドアがゆっくりと開かれていく。その瞬間の空気の緊張から、来たというのがすぐに分かった。
「な、なっ、な――」
ドクン――心臓が跳ね上がる。
昨日の自分が惚れた訳も、布団に隠れた訳も、全てを理解した。
目の前に現れたのは……可愛いを具現化したかの様な女性。間違いなく、彼女が――柏千夏さんだろう。
(ぐあああああああああっ!! な、何だこの可愛い子は! もっと詳しく書いておいてくれよ昨日の俺! あぁ、でも駄目だ! この可愛さを残せる言葉が見つからないぃぃぃッ!)
心臓が血を全身に巡らせて、その反動で身体は熱く、血管が破裂しそうで痛い。
抑えようにも治まるものじゃない。心臓を押さえるとドクンドクンとうるさいくらいになっている。
「や、山神ナース……」
俺は呼出ボタンを押して、布団を頭から被り、彼女と目が合わないように隠れた。
どうしようもないくらいに、さっきまでの自分を嘲笑うくらいに、今日の俺も……いとも簡単に彼女に一目惚れをしていた――。
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