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非公式交流クラブ~潜むギャップと恋心~  作者: じょー
第三章 柏千夏√『何度でも君に恋をする』
62/71


お待たせしました!

ちょっと暗めのプロローグですけれど、次からが……良い感じにできればいいですが


よろしくお願いします!




 


 コツ……コツ……コツ……。自分の足音だけが鳴り響いていた。

 点滅を繰り返す、先の見えない回廊を歩いてる。いつからここに居たのかは、ここが何処なのかは――自分でも分からない。


「また、絵……」


 しばらく歩くと定期的に壁に掛けられている絵に行き着く。

 その前に立ち止まり、指で軽く触れる。


『ねぇねぇ、今日はどこに遊びに行く?』

『そうだなぁ、公園にでも行こう!』


 絵が映像に切り替わり、仲睦まじく遊ぶ二人の子供の姿が映し出される。

 いろいろと準備を整えた二人の子供は手を繋いで駆けていった。 


「…………」


 しばらくして、映像が終わる。するとそのアンティーク調の額縁に収まっていた絵はスゥ……と消えていった。

 振り返るとそこには闇が広がってあり、道は無く、前に進むしか出来ない。だから、また歩いて行く。

 絵を見付けては、触れてみる。


『ごめんね! ごめんねっ! 私が風邪を移したから……』

『いや、今日は決勝戦だろ……ずっとここを目指して頑張ってきたんだろ……何で俺の看病してんだよ……』


 知らない男女の成長記録を見ていった。赤ん坊の頃から幼年期、少年期を経て青年期に入る頃あたりを。


『アンタが全部悪いでしょ! もう知らないっ!!』

『あー、そんなこと言う? 人のお菓子食べておいてそんなこと言う?』


 基本的に仲良くて、でもたまに喧嘩をして。それでもいつも一緒に生きてきたらしい。

 とても微笑ましく思う……映像を見てきて思ったのは、そのくらいだ。

 ただ、特に印象に残ったのは女の子が空手の決勝戦に行けなかった事。

 小学生の頃と中学生の頃の二回とも、大事な最後の試合には出れていなかった。男の子が熱を出したからだ。

 彼女は決勝に行くよりも、男の子を看病する方を優先していた。


『だからなんで……お前は決勝に行ってないんだ? 全国の舞台は夢だったろ?』

『だって……アタシが、緊張して、寝れなくて……それで、ずっとそばで見てて貰って……』

『はぁ……風邪なんて寝てたら治るのに、どっちが大事かを考えろよ』

『ううん、もういいの。私、空手はもう辞めることにしたから』

『はぁ!? な、なんで? 才能あるのに』

『アタシにそんなの無いよ。それに、全国に行くのが夢じゃなかったみたい。何で空手を始めたのかを思い出したの』

『……何でだ?』

『強くなれば、ひ弱なアンタを守ってあげられるからよ! だらか……もう、良いの。それと、その……夢は他に……あるからさ』

『お前の夢って……』

『ひ、み、つ! アンタにだけは絶対に秘密よ――』


 男の子は女の子に対して罪悪感を持っている。

 女の子も男の子に対して罪悪感を持っていた。

 ただ、男の子は女の子に対して感謝していた。

 ただ、女の子も男の子に対して感謝していた。


『じゃあ、これからはお互いにお互いのやりたい様にやっていこう。負い目を感じなくて済む様に』

『……うん』


 二人はそっと指切りをして、約束を交わしていた。

 そこで映像は終わり、この絵は消えていった……。


 ――また、回廊を進んでいく。

 自分が誰で、ここが何処なのかはまだ分からない。

 進まないという選択肢は無く、ただ映像を見てはまた歩いて行く。

 長く続いた回廊に終わりが見えたのは、悲しい出来事のあった最後の絵が消えたのを確認して、曲がり角を進んだ時だった。

 回廊の終わり――そこにあったのは一人の女の子の絵。今まで見てきた映像に出てきた女の子だ。


「…………っ」


 触れようとして、寸のところで止まった。振り返るもやはり道は無く、ただ暗闇が広がっている。

 もう、他に行き場は無い。ここが最後の場所なのだ。


「もしかして、あの男の子が自分だったりするのかな?」


「……だとしたらここは、最後に人生を振り返る場所だったり……」


「まさか、な」


 女の子の絵に触れる。今までとは違い、その絵が映像に変わることは無かった。

 その代わりに、声だけが――悲痛な叫び声にも聞こえる声が流れてくる。


『――生きて。死に打ち勝って。生きてくれてさえいれば、それで……いいから……お願い……お願いだからっ……』


 それは、彼女から彼に向けられたメッセージだった。

 触れた彼女の絵が、溶けるように消えていく。それと同時に、何か大切なものが失っていく感覚がした。

 両手はある。両足もある。何も失ってはいない。それなのに、何故だかとても哀しい。


 彼女のメッセージはちゃんと、心に残っている。


 ただ――彼女だけが、自分のどこを探しても残っていなかった。


「あれ……俺、どうして泣いて……。そうだ、生きないと……俺は、ここに居ちゃ駄目だ。彼女の願いを叶えに行かないと――」


 何か(・・)が飾られてあった額縁を背に、回廊を逆走する。涙を拭って、駆け出した。

 あたりは闇。何も見えない場所だが、足場はちゃんとあるらしい。進んで行くと、今まで見てきた額縁だけは確認出来た。

 何も描かれて無い、ただ飾られた額縁を目印にしてひたむきに走り抜けて行く。


 光が見えてきた。走るのをやめて、光に向けて歩いていく。

 その光に届く寸前に、逆走してきた回廊を振り返った。


「……また、いつか来る時はもっと額縁を増やしておくから」


 光に包まれ、目を閉じ、浮遊感に身を任せた――。



 ◇◇◇



 目を開けると、天井が見えた。それからしばらく、その天井を見ていた。

 全身が鉛の様に重く、動かすのも一苦労だ。


(ここは……どこだ?)


 どうにか上体を起こし周囲を確認してみると、自分が座っているベッドの近くには花瓶やテレビが置いてあった。

 窓から見える景色から、今が夜だというのは分かる。

 自分以外には誰も居ない部屋で、ただ外をボーッと見ていた。


(何か……おかしい? でも、何がおかしいんだ?)


 腕にチューブが刺さっている。チューブ……知っている。

 自分の近くの物について一個ずつ確認をしていく。

 枕……知ってる。ガーゼ……知ってる。テレビ……知ってる。花瓶……知ってる。花……種類までは知らない。服……知ってる。夜……知ってる。外……知ってる。

 ――物について、環境について、近くにある物については知っている。

 周囲には知っている物ばかり、なのに……何故こうも空っぽに感じるのだろうか。


 夜空から、窓ガラスに反射された人物に意識を向ける。


(あぁ、そっか。そうかそうか……分からないのは、自分の事か)


 周囲の物についての知識はある。でも、どうしてその知識を持っているのかの記憶が無い。

 自分が誰で、何故ここに居るのか――想像は出来るけど、まったく実感がない。ここが家だと言われても、怪しむが、否定するだけの根拠は無く、最後には信じてしまうだろう。


(記憶喪失……ってやつなのかな?)


 ただ、思ったよりも落ち着いている。

 まだ状況を把握出来て無いからか、何に慌てれば良いのかすら分からないからか……とにもかくにも、急いでどうこうしようという気持ちにはなっていない。


「……ぁ、ぁァ……」


 掠れて声が上手く出せない。少し慣らす必要がありそうだ。

 腕や足は重たくて上手く動かせない。こっちもリハビリが必要らしい。


(……ちょっと、歩くか)


 重い身体に力を入れて、チューブと繋がってある液体が付いてあるスタンドを支えにベッドから抜け出してみる。


「ぅぐ……」


 思ったよりも、全身に力を入れなければ立っているのも難しい。それに、支えが無ければ……自力で歩くのは無理そうだ。


「ぁー……ぁー……んんっ、あーあー……よし、少しずつ……出るぞ」


 いつまでもマイナスな事ばかり考えるのも身体に良くないだろうと、出来る事から始めることにした。


「あいうえお……うん、良い感じだ」


 窓辺に立って、より遠くまで景色を見てみる。やはりというか、ここは病院らしい。

『屋武総合病院』の文字を見付け、自分は何かの怪我か病気で入院しているのだと理解した。何の病気なのか怪我なのか記憶には無いけど。


「……大丈夫。大丈夫だぞ……自分……僕……私……俺?」


 一人称が、しっくり来ない。とりあえず今は、自分のことを俺と言うことにした。

 いったい何から何までを覚えていないのか、忘れているのか……。それを、果たしてちゃんと思い出せるのか少しだけ不安にもなる。


「あぁ、駄目だ! 駄目だ! 気を抜くと暗くなるな……明るくいかないと……うん」


 病室で一人、自分を鼓舞する。何も分からないなりに、今はせめて……明るく振る舞おうと。

 幸いなことに夜だ。時計が見当たらないから何時なのかまでは分からないけど、きっと消灯時間は過ぎてるだろうし、時間はあるのだ。

 今は『俺』がどうしたいのか、何をしたいのか、考える必要がある。自分を形成しておかないと……崩れてしまいそうで怖いのだ。


「……かと言って、やりたい事も何も……分からないんだよなぁ」


 気分はもはやロボットである。それなりの知識だけを詰め込まれたロボット。自分が何者なのかすら定義されていないロボット。


「……病室のドアまでも歩けないか」


 壁や支えがあれば、辿り着くことは可能だ。ただ、ひどく疲れる。疲労感や倦怠感が全身を駆け巡る。

 どれくらい寝ていたのか、基礎体力はだいぶ減っている……気がする。流石に自分で歩けてたと思う……根拠は無いけど。


「記憶に御座いません……ふふふ」


 意味もなく笑ってみる。何が面白いのかは自分でもよく分からなかったけど、台詞になんとも言えない不思議な手応えを感じた。


「横になっておくか……っ!? こ、これは!」


 自分のベッドに戻ろうとした時に、枕元の上に名前らしき文字を見付けた。


「北、上、椋、一……まさかこれが、俺の名前……なのか?」


 聡明かつ運動出来そうで、尚且つ友達の多そうな名前である。こんな優美で雅な名前は初めて見るな。

 ひとまず、自分が誰かという情報の一部を手に入れる事ができた。


「俺の名前は北上椋一……ははっ、まさか名前を知るだけでこんなにも安心できるとは」


 不思議な感覚を覚える。名前――ただの名前なのに、それを見た瞬間に、ただならぬ安心感に包まれた。自分はちゃんとこの世に存在していると証明されたみたいでホッとした。正直、泣きそうだ。

 それと同時に、何も無い自分が北上椋一である事に申し訳なさもあった。でも……それでもやっぱり嬉しさの方が強かった。だから、笑ってみせる。


「くふふっ、北上椋一かぁ……良い名前じゃないか。しばらくの間、借りさせて貰うからな」


 文字に向かい、そう宣言する。自分の向かうべき方向が見えた気がした。

 確かに今は、北上椋一の器を持つだけで中身は空っぽだ。だとしても、俺も北上椋一だとするのなら、生きる義務がある。

 有名なお笑い芸人が言っていた気がする『生きてるだけで丸儲け』と。今の俺には刺さる言葉だ。この記憶の喪失が運命というなら悲しすぎるけれど、それでも死んだ訳じゃない。


「きっと、生きたいと思えるだけの理由があるんだろう……この世界のどこかに」


 ベッドに入っても上体は起こしたまま、布団を腰まで掛けて再び外を眺める。

 きっと明日には誰かと会い、自分の今の状態を伝える事になる。

 説明を信じて貰えるか分からないが、せめて自分だけは自分自身をしっかり把握しておく必要がある。

 テレビの乗ってある台の端に、メモ用紙とペンが置いてあった。今の俺は、頭の中で何かを纏めようとするのが難しい状態にある。モヤが邪魔して、必ずどこかで(つまず)いてしまうからだ。

 だからその補助として紙とペンを手に取り、考えた事や自分の知っている事、思い付いた事を下手くそなまま書き連ねていく。


(たぶん頭は良かったとは思うんだがな……名前が北上椋一なわけだし。でも、漢字が思い出せないな……)


 平仮名の多いメモ。でも、ちょっとずつ自分の状態を把握出来てきた。

 覚えている事と忘れた事のどちらが多いかは分からない。けれど、判った事として……物や一般的な常識、知識についてはある程度知っている。

 ただ、人に関する事は自分を含めて何も思い出せなかった。感覚的には、最初から何を知っているのかすら分からず、何を思い出そうとしているのかすら分からない。

 知っている事を思い出そうとしているのではなく、知らない事を思いだそうとしている。無謀という以前に破綻しているとすら言える。

 知らない相手の過去を思い出そうと言うのだから、そもそもが無理な話なのだ。それも、どうにか知れたとしてもやはり他人事としか思えない。


(……っと。また悪い方に思考が)


 頭を振って、気持ちをポジティブに持っていく。

 まずは俺が……記憶の無い俺が、記憶の無い俺を受け入れていかないと話にならない。

 まずは自分の無知を自覚する。そして、自分の内にある常識と過去の自分を照らし合わせ、新しく北上椋一を形成していく必要がある。


「まずは、自分について情報を集めていかないとな。……何が好きで何が嫌いだったんだろうな、俺」


 紙にペンを走らせ、それほど時間は経ってないけど休憩を挟んで、またペンを走らせる。

 それを幾度か繰り返して、知っている事の些細な部分までメモしていった。

 疲れて眠りに就く直前に、そのメモ用紙はテレビ台の引き出しの奥に入れておいた。見られるのが、なんとなく恥ずかしかったから……。


 ――そして、朝がやって来た。


 ◇◇




誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)

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