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お待たせしました!
よろしくお願いします!
「良いですか? 料理に慣れるまでは、ひたすら練習あるのみです。味付けはレシピ本に載っている通りで……アレンジは無しですよ?」
料理は味、香り、食感。
味と香りはセンス、食感は技術に分類されるものだ。料理初心者がまず身に付けなければならないのは、もちろん技術の方であり、センスを発揮するのはその先の話だ。
卵焼き一つを取ってみても、焼き加減で食感はだいぶ変わる。味の好みはあるだろうが、まずは作れる様にならなければ何も語れまい。
だし風味だとか、甘いだとかは、上手く作れる様になってからだ。
「楼王院麗華さんも鳳千歳さんも、とりあえず卵焼きはお弁当における鉄板メニューですから必ず覚えてくださいね!」
「あ、あれ……おかしいですわね……ボロボロですわ?」
「椋一様……また、焦げてしまいました……」
スクエア型のフライパンでの卵焼きを作る練習。
一度お手本を見せてから、二人にやって貰っているのだが、綺麗に出来るまでもう少し掛かりそうである。
楼王院麗華は楽しんでいるみたいだが、いろいろ触り過ぎな上に早めに巻き始めていて形が上手く作れていない。反対に鳳千歳は、慎重になり過ぎて表面がパサパサしていた。
「もう一度だけ手本を見せましょうか?」
「……お願い出来ますか?」
「むむぅ……それだとまた同じになりますわ! 北上椋一! 私の手を取ってやってくださらないかしら?」
「て、手ですか!?」
それはつまり、二人羽織みたいな事だろうか? 後ろじゃなくて横に立てば良いだけだから違うかもしれないが……。
でもたしかに、ただ作ってる所を見て貰うよりも効果はあるかも知れないが……そうすると、だいぶ密着する事になる。
料理の為だと割り切れれば良いのだが、教わる側ならまだしも、教える側だとそう簡単にはいかない部分がある。
(いや、でも……本人が良いと言っているし……俺が変に意識し過ぎなだけか?)
正直、卵焼きでここまで苦戦するとは思っていなかった。ただ、ここをクリア出来れば、お弁当全体の完成度はグッと高まるのには違いない。
最悪、スクランブルエッグにしてしまうという妥協の道もあるが、それを楼王院麗華が許すとは思えない。
ここは……俺が変に意識しなければ良いだけのこと。むしろ、集中していないと楼王院麗華に失礼になるだろう。
「……これは料理、これは料理」
「何をブツブツ言ってますの? ほら、見てください北上椋一! 卵が綺麗に割れましたわ」
一回目の卵を割る時は、殻まで器に入れてしまってのにそこは上手くなってきたらしい。
「なら、砂糖小さじ2と塩を少し入れて、掻き混ぜておいてください」
その間に、俺はフライパンを温めて油を引いておく。あとは、焼くだけ……。
楼王院麗華をフライパンの前に立たせ、その真横にピッタリと付く。
「では、まず三分の一程を入れてください」
「えいっ、ですわぁ」
ここからサポートの出番。フライパンとフライ返しを持つ楼王院麗華の手に自分の手を添える。
流し込まれた卵をフライパンに満遍なく広げ……。
「ろ、楼王院麗華さん? 勝手にフライパンを動かされるとやりづらいんですけど!」
「あ、あわ、あわわ……」
「あのぉ……?」
「もう、限界ですわぁー!」
ササッというよりはバッと勢いよくフライパンから手を離して、楼王院麗華は距離を取る。距離を取られた。ちょっと傷付く。
「えぇ……いや、えぇ……」
やれと言ったのは楼王院麗華の方だし、可能な限り『無』であろうとした俺なんてお構い無しに離れられる……この感情をどう表現したら良いか分からなくて嘆く声しか出てこない。
フライ返しは持っていかれたけれど、調理はもう始まっている。近くにあった菜箸を使って、どうにか巻いて巻いて、卵焼きを完成させる。
「椋一様はフライ返しを使わずとも綺麗に作れてしまうのですね……勉強になります」
「あ、うん。感心してくれるのは嬉しいケド……あの、楼王院麗華さんの件」
作る工程をしっかり見ていた鳳千歳に、今の楼王院麗華は何だったのか聞いてみると、目を閉じて軽く首を左右に振った。
まるで、仕方ないとでも言わんばかりの反応をされても俺には意味がさっぱり分からない。
「麗華さんも、生粋の女子高育ちですので……ノア見たいに男性と触れ合えて平気な方がレアなのですよ」
「ちょっと待って! ノアちゃん、男性と、触れ合ってるんですかっ!」
知らない情報に、思わず声を張ってしまう。
「いや、ほら、以前……椋一様とハグしていました、よね?」
「あ、そういう事ですか! なら、大丈夫です」
「……? まぁ、おそらくですけど、麗華さんも実際に触れられて思うところがあったのではないかと」
「思ったより嫌だったんですかね……」
「それは、何とも……」
これは、単に油断した。お嬢様の大丈夫は大丈夫では無い、と思わなければいけなかった。
社交界で踊ったりするだろう、ノアちゃんみたいに平気なタイプかもしれない……なんてイメージや情報だけで判断してはいけなかった。
俺達みたいな庶民とは違い、特別であった方が良いとするお金持ちの世界だ。一人ひとりが個性の塊となる。
つまり、その個人を見て判断しなければいけなかった。楼王院麗華は、お嬢様の中のお嬢様。大丈夫じゃなくとも大丈夫と言うし、大丈夫かどうか分からなくとも大丈夫と言うのだ。
「まぁ、はい……慣れていきますよ」
いろんなタイプが居る――それに慣れていけば、これからの対応も間違わないはずだ。
ギャルゲーで鍛えているつもりではあったけど、突発的なことに対しては、まだ対応しきれてないからな。
「すみません椋一様。私達がもっとノアみたいになれれば……」
「いや、それは違うと思いますよ?」
「えっ……?」
「親しみやすやも大切とは思いますけど、それはノアちゃんだからだと思いますし。鳳千歳さんは鳳千歳さんで、楼王院麗華さんは楼王院麗華さんのままで良いと思いますよ」
変わりたいと思っている鳳千歳に対して、暗に変わらないでくれと伝えてみたけど、伝わっただろうか。
人は変われる、けど、変わらない物も大切のはずだからな。
「椋一様はお優しいのですね。家柄ではなく、私を……私達を見ようとしてくれますし」
「そう言われると……なんか、ちょっと、照れますね?」
「うふふ。麗華さんも少し驚いただけだと思いますし、しばらくすれば落ち着くかと思います」
「だと良いんですけどねぇ……」
チラチラと楼王院麗華からの視線は感じるが、どう声を掛けるべきか分からない。
よく考えると、お嬢様どうこう以前に、女の子相手に手を添える行動自体が大胆だった。そう指示されたからとは言え、だ。
――なら、諦めるのか? いいや、このまま楼王院麗華から逃げるのは少しダサい気がする。
メンタル的な優位性は先に手を離した楼王院麗華よりも俺にある。……はずだから。
直接触れずに手を添える方法さえあれば――何かないかと周囲にある道具を見渡して、ちょうど良いのを見つけた。
(ふっ、これなら俺も平気だし、楼王院麗華も大丈夫だろう)
勝ちを確信して、自然と口角が上がる。そのアイテムを手にしてから、再び楼王院麗華に向き合う。
「楼王院麗華さん?」
「は、はい! ですわ……」
「次は鍋つかみ……ミトンを使うので、もう一度頑張ってみませんか?」
両手をすっぽり覆い隠すミトン。鍋の熱さを緩和するためのアイテムだから、分厚くて直接触っている感はまず無い。
調理のしやすさは捨てることになるけど、補助程度なら問題なく行える。これで、問題は何も無い。
「そういう……あれで、は……無いの、ですけども……(もにょもにょ)」
「……? ほら、触ってみてください! この厚さなら平気でしょ?」
楼王院麗華の手を、ミトンで覆った手でサンドする。俺からは楼王院麗華の手の感触は固さしか感じられない。これなら楼王院麗華側からしても大丈夫だろう。
「頑張って卵焼きを作っていきましょう!」
「……うぅ、お恥ずかしい限りですわ。北上椋一はこんなにも頑張って下さっているのに……私としたら……邪念を……」
ぎこちなさは残ったままであったが、補助をしたお陰か、無事にコツは伝えられた。
鳳千歳にはどうにか口頭で説明して、こちらもどうにかコツを掴んでくれて卵焼きを綺麗に巻ける様になっていた。
「うん。切った断面も綺麗ですね!」
「どうにか、やりましたわ……」
「お料理を作ってくださる方の苦労が、少しばかり分かりますね……」
ここでへばって貰っては困る。まだ、作り始めたばかりなんだから。
炒め物、冷凍食品、おにぎりやサンドイッチに揚げ物……メニュー本通りに作るのなら、まだまだ覚えないといけない事は沢山ある。
そして、最後の仕上げであるお弁当に詰める作業。最後の最後まで、手を抜けないのがお弁当作りだ。
手間暇の掛かるお弁当。そこには愛情が詰まっているとよく言われる。作ってみると、その理由がよく分かる。
こんなに大変な作業、朝からやるなんて愛が無ければ続かない。お弁当を通して学ぶ事は技術だけでは無い……それもどうにか伝えられたら良いな。
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