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お待たせしました!
よろしくお願いします!
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりでしょうか? お持ち帰りでしょうか?」
やって来たお客様はお嬢様ではなく、スーツを着た普通のサラリーマン。土曜日に出社しているということは、社畜さんか休みを週のどこかで取るタイプの職種の社畜さんなのだろう。
「店内で」
「こちらへどうぞ」
三〇代ぐらいのサラリーマンさんを席に案内していくその一瞬の隙に、スズに目配せをしてお冷やの合図を送った。
すぐに動いてくれるあたり、俺達の連携もそれなりになってきたという事だな。
「お決まりになりましたら、お呼びください」
ペコリと頭を下げて、スズと入れ替わりで俺は調理場へと向かう。
ドアが開いた時には一瞬だけ緊張したが、社畜さんでホッとした……。
「リョウ~」
「どうしたスズ? 注文か?」
「アイスコーヒーと大盛のナポリタンだって」
「そうか。アイスコーヒーは任せて良いか?」
「分かった。あと……お嬢様来たわよ」
「来たのかっ!? 先に言えよ! ――いや、順番は間違ってないケド!」
油断させといて……とても心臓に悪い。
だが、出迎えに行かないといけない。こればかりはスズに任せられないからな。
さて、どっちか来たのだろうか――。
「おーっほっほっほ!」
「……おはようございます」
(二人! 同時! だとっ!?)
一人は漆黒のクラシカルなワンピースに白のレース。デカいサングラスを掛けて手にはいつもの扇子を持って――服装うんぬんではなく、もはや存在感の塊。楼王院麗華、その人だ。
もう一人は、香華瑠女学園の清楚な深緑色の制服に身を包んでいる。彼女を知らない人が見れば、冷たい印象に感じてしまう表情を浮かべている香華瑠の二年生代表。鳳千歳。
――楼王院麗華と鳳千歳。二人揃っての登場である。
「いらっしゃいませ。あぁ、エスコートですね……」
「おーっほっほっほ! 月末からおよそ二週間振りですわね北上椋一。さ、案内してくださいな」
片手をソッと差し出す楼王院麗華の手に添えて、奥の席へと案内していく。
鳳千歳もゴールデンウィークを挟んで同じく二週間振り。四月末の交流会から、少しは男性への苦手意識が改善されたかと言えば……表情の硬さを見るに、どうやら微妙そうだ。
「椋一様。休暇中に訪れた旅行先のお土産をお、お友達ですから……お持ち致しました」
「それは……嬉しいです。ありがとうございます」
こうして近距離で話す事に関しては、前々から支障がある様には見えなかったし……本人にしか改善されているかは分からない。ただ、俺にも分かるのは鳳千歳がやや緊張しているという事ぐらいだ。距離感を間違わない様に接しなければいけないな……。
とりあえず袋を受け取り、楼王院麗華の為に椅子を引いて座らせてあげる。
鳳千歳は自分で座ってくれるから手間が無くて助かるけど、こうも堂々と人を使える楼王院麗華が手間かと聞かれれば――個人的にはそう思っていない。
普段はやっていないサービスすらも、やるのが当然と思わされれば負けである。
楼王院麗華のカリスマ性……香華瑠の体育館で見た時は一人だけ周りから浮いているかとも思ったけど、本物なのかもしれない。
「北上椋一! 私も持参しましたのよぉ」
「は、はい。そう……なんですね。それらしき物は何も持ってない様に見えますけど?」
高そうなハンドバッグ以外には何かを持っている様には見えない。まさか、お嬢様ともなると異空間でも扱えるのだろうか。
パンッ! パンッ!
楼王院麗華が二度手を叩く。すると、ドアが開いてスーツに身を包んだ男性が入店して俺達の居る席まで一直線に歩いて来きた。
背は一八〇センチくらいはあるだろう。筋肉質で、足音はほぼ無い。楼王院麗華とはまた違うファッション性の無いサングラスを掛けており、一言で言うなら『厳ちぃ』感じだ。
「南、アレを」
「畏まりました。麗華お嬢様」
一瞬。サングラスの奥にある瞳に捉えられた気がした。
気のせいかもしれないのに、何故か心臓がキュッと縮こまる。SPというやつだろうか……一番かもしれない。目の前の二人が、本物のお嬢様なのだと理解されられたのは。
「あ、アレってなんだ?」
「すぐに分かりますわ!」
SPがお店を出てから、およそ一分も経たずに戻ってくる。手には楼王院印の段ボールを持って、笑みを見せる事なく戻って来た。
「ありがとう南。ひとまず……そうですわね、ここに置いておいてかまいません。帰る時にまた呼びますわ」
「畏まりました」
一礼して、そのまま店から出ていく。プロフェッショナルに仕事をこなしている姿は、俺の仕事に対するスタイルと正反対にすら思える。
楼王院麗華の足元に置かれた段ボール。中身はとても気になる所だが、それよりも気になる事を先に聞いておきたい。
「楼王院麗華さん、何で手を叩いただけで呼べるの? 南……さん? あの人の聴力が凄いだけ?」
「いえいえ、南の聴力は普通だと思いますわよ北上椋一」
それは分かっている。いくら聴力が優れていようと、手で音を鳴らした程度の音は聞こえないと思う。店の外からその様子を見ていない限りは分かりはしないだろう。
だが、店の外に怪しい人影や車も無い。だからこそ不思議だった訳で……聴力うんぬんは半分冗談のつもりだっただけに、ちゃんと返されると逆に困る部分だ。
「実はですわね、胸のブローチに小型のマイクが仕込んでありますの。一種の防犯グッズですわ! まぁ、外出中に南を呼ぶ時に使う道具となっておりますけど」
「防犯グッズにしては……いやまぁ、お嬢様も何かと大変なんですね」
俺は苦笑いを浮かべて、その話題にはあまり触れない様にした。
今更だが、全ての会話が筒抜けになっている状況に変な事を言ってなかったかと不安になってきた。
今日は私服だから胸のブローチに模しているだけで、もしかすると制服の時にも何かしらのアイテムに模していたという可能性はある。
(危険因子……すみやかに排除……うっ。暴言ひとつで、命が取られるんじゃ……)
「リョウ! そろそろ戻ってきなさいよ」
スズの声にそういえば……とお客様からの注文があった事を思い出す。
「すみません。少し待っててください。先にお客様の料理を作って来ますので……。飲み物の注文がありましたら、アノ店員に伝えてください」
「分かりました。椋一様? もしかして、あの方がスズ様という方でいらっしゃいますか?」
「ノアちゃんから聞いてました? そうですよ。アイツがスズです。新しいバイトなんですよ」
鳳千歳の言葉を受けて、スズの説明を軽くしておく。
「な、仲がよろしいのですね……?」
「いやぁ、それはどうでしょうね」
「おーっほっほっほ! きっと私と北上椋一の間柄程ではありませんわね!」
(発言には気を付けて欲しいんですけどっ!?)
本人にとっては何気ない発言かもしれない。だが、俺にとっては怖い発言でしかない。SPにとってもある意味怖い発言だろうか。
ブローチを奪い取る訳にもいかず、俺が取れる選択は急いで距離を取る事だけであった。
今頃、SPがメモを取っているかと思うと気が気じゃない……。
俺は足早に調理場へと戻って、急いでナポリタンを作り上げていく。出来上がった大盛ナポリタンをスズに配膳して貰うと、他にお客様が居ないが故に手持ちぶさたになる。
楼王院麗華と鳳千歳の分のドリンクは、注文された物をあっさりとスズが作って配膳もし終わっている。逞しくなったものだ……。
という訳で、そろそろ交流会らしい事を始めなければいけない。
何をしようか……そう悩むが、結局は何がしたいか聞いた方が早いかもしれない。
あくまで、交流会はお嬢様が庶民を知るという目的がある。ならば、俺が何かを提案するよりも、提案してもらった事をやっていった方が良いはずだ。
(よし! 何も思い付かない事の言い訳は出来たし、行きますか)
調理場から、お嬢様達の所へと戻る。
安物の紅茶を飲ませてしまっている事で、お嬢様達の舌がおかしくなってしまうのでは無いかとの心配があって気が引けるけど、庶民の味だから……そこは我慢して貰う必要がある。
「えっと……お待たせしました。さて、今日はどう……しましょう?」
「鳳千歳、貴女は何がやりたい事がありますこと?」
「いえ……しいて言うなら椋一様と何か出来たらと思いますが、具体的な事は何も」
「成る程……分かりましたわ。つまりは私の案でいくという事でよろしいのですわね!」
何がよろしいのはかはさておき、たしかに案がある時点で俺や鳳千歳よりはちゃんと交流会について考えているという事だ。
ここは素直に従っておいた方が良いかもしれない。何をするのかはきっと、足元にある段ボールの中身が関わっているのだろう。
とりあえず、楼王院麗華の案を聞いてみようか――。
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