⑤
いざ、交流会へ!
翌日から、部活動勧誘週間に入ったりなど学校も新入生を迎えて活気に満ち溢れている。だが帰宅部の俺にそんな事は関係無く、今日も学校が終われば真っ直ぐ帰宅していく。
毎朝の様に千夏を起こし、学校で授業を受け、午後に帰宅する。その繰り返しの日々が今年度も始まったのだ。
二年になり勉強の難易度も高くなるし、益々ゲームの時間が取れないだろうと……少しばかりうんざりとしてくる。
「はぁ……」
「どうしたのよ椋一、溜め息なんか吐いちゃって」
「いや、まぁ……何というか……あれだ。自分の時間の確保が厳しくてな」
今日は暇だったのか、学校が終わってそのまま一緒に帰宅した千夏が店内でアイスコーヒーを飲みながら寛いでいる。
そんな千夏に、ついつい愚痴をこぼしていた。
「ふーん? 大変ね」
「せめてお前が自分で起きてくれればなぁ……」
「それは無理な相談ね。ほら……アンタがやってる変なゲーム、あの時間を削りなさいな」
「バッカお前、その時間の確保に動いてるんだっての!」
心底興味は無い様で、今日さっそく出た課題をやりながらスマホを弄ったりしている。どうやら俺の愚痴の優先順位は三位みたいだった。
今は他のお客様の注文も全て配膳をし終えて、暇な時間だ。かく言う俺も、千夏と同じで課題をしている。
「バイトでも雇えば良いじゃない」
「それもそうなんだが……二人で回せない訳じゃないからな」
「でも、もう一人居れば勉強の時間も増やせてゲームの時間も増やせるんでしょ?」
「うん……。片付けも早く終わるし、かなりラクになる……とは思う」
せめて接客さえしてくれれば、俺と母さんは厨房で作業をしていられる。そうすれば暇な時間も増えて、合間の課題や勉強も捗るだろう。
だがこれは、俺の都合であり店の都合ではない。母さんには相談できない内容だ。
「千夏が手伝ってくれればなぁー」
「嫌よ、細かい作業は苦手だもの。愛想も良い方じゃないし」
「そうだな」
「なに納得してんのよっ!! ブツわよっ!?」
千夏は大雑把で、すぐ怒るし、接客には向かないだろう。
見た目でかなりの集客力が期待できそうだが、リピーターの期待は薄い。一度か二度でも来れば、無愛想な接客にも飽きることだろう……一部の特殊な人を除いて。
「千夏レベルの見た目で愛想の良い人とか、探す手間を考えると……かなり面倒だな」
「……それは褒めてるのかしら? それとも、貶しているのかしら?」
「褒めてる褒めてる! 褒めてるから、とりあえずその握り拳を下ろしてくれ。ほんと、そういう所だからな?」
空手という武道を学んでいたというのに、自制心とか他者への思いやりの心とか、そういうのが欠けている。
こういうふんわりとしたカフェであっても、たまに喧しい客というのは現れる訳で、穏便に対応しないといけない場面では千夏の接客は安心が出来ない。家が近いし手伝って貰うには一番良い人物だが、それだけで選べないのがツラいところだ。
「ふんっ! ほんと、アンタは女の子の扱いってやつがなってないわね」
「そうか? 楓ちゃんからはお墨付きを貰っているが……」
「楓ちゃんは良い子なんだから、誰にだってそう言うんじゃない?」
「なん……だと……」
「なんでそんなにショックを受けてるのよ……」
あんな純粋な瞳を向けてくれていたというのに、お世辞だったとでも言うのだろうか。めちゃくちゃ信じたくないのだが……。
(いや、千夏と楓ちゃん。どちらが正直者かを考えれば、惑わされる事はない。仮にあの瞳で嘘だったら……相当な悪女の素質を持ってる事になるな)
騙されそうになったが、ギリギリの所で俺は楓ちゃんを信じきれた。楓ちゃんを悪者にしようとは、千夏がとんでもない悪魔に見えてくるな。
「なによ、その目は」
「俺と楓ちゃんの絆を断ち切ろうするとは……さてはお前、悪魔だな!?」
「なにキモい事言ってんのよ……」
俺の女の子の扱いが悪いとすれば、それは千夏にも原因があると思う。一番付き合いの長い女の子が、千夏なのだから。
自分では、千夏以外にはちゃんと接しているという自覚がある。千夏が俺以外の男子に対して仮面を被って接している様に、これでも俺だって女の子に嫌われない様にしているつもりなのだ。
「椋一、千夏ちゃん、もう少し静かにしなさいね?」
母さんから注意が入る。少し会話の声が大きくなっていたみたいだ。
俺も千夏も自分の飲み物を飲んで、一旦落ち着く。
「怒られちゃったじゃない」
俺が千夏の家で受け入れられている様に、千夏の事を娘の様に思っている母さんだ。だから怒りもするし、甘やかしもする。
「折角の空いた時間なんだ、さっさと課題やっとこう」
「アンタが話し始めたんじゃない……でもまぁ良いわ、さっさと終わらせましょ。その前にアイスコーヒーお代わりで」
それから課題を終わらせ、俺は厨房へと戻った。千夏は夕飯前には帰って行ったらしい。
楓ちゃんは喫茶店の常連なのだが、意外と千夏が店で時間を潰すのは見ない光景だ。
近過ぎるが故に来ないみたいな事ではなく、来る時はだいたい暇という事で……勝手に人の部屋に入って漫画を読んだりしているのだ。
なのに、朝起こしに行く時以外で俺が勝手に部屋に入るのは駄目らしい。理不尽とは思うが、そこは男女の違いだし仕方ないとは理解している。
「椋一、オムライスとナポリタン。オムライスはバターライスで」
「はいよー」
さて、注文が入った。不味くは無いが絶賛される訳でもない俺の料理――値段にしては美味いと、一応は好評を頂いている。
それに恥じない様、今日も腕を振るっていきますかね。
◇◇◇
一日一日、その日が近付くにつれて俺達の学年は全体的に浮き足立っていた。
先生達はそんな生徒の心の波が分かっている様で、授業中さえしっかりしていれば特に注意も無かった。
――そして今日、四月の四週目の金曜日。その日がやって来た。
「朝に香華瑠女学園との交流会希望を出した者は、校門前に弁当を持って行くように。残る者はこの教室で自習だから、決して遊ぶ事が無いように。はい、移動して!」
昼休みに入り、教室へ戻ってきた山岡先生からの話で俺達は昼飯を片手に教室を後にした。
今朝の話では、香華瑠女学園二年生の生徒数は俺達の半分以下らしく、その為、実際に生徒と交流できる人と広い学園の立ち入れる範囲を見て回る組に分けられるとの事だ。
どう分けるかは知らない。予想では、男女ペアならお嬢様との交流も出来るが、男子だけならお嬢様を怖がらせない為にもダメ、という分け方ではないかと思っている。
それが、一番男子の暴走を抑制できて安全かつスムーズに事が進むからだ。
とりあえずは香華瑠女学園に向かい、体育館で挨拶やらを行って昼飯タイムに入るらしい。
そこで、お嬢様と庶民の格差を目の当たりにする事となる。……それが、香華瑠の校長のやり口らしいと我が高校の校長から先生を通じて知らせがあった。気圧されるなという事らしい。
「椋一よ、緊張するな」
「ケンゾー……お前の辞書に緊張の二文字は在ったのか?」
「――――否!! そうだな椋一! うぉぉぉぉ――!! 俺は緊張してないぞぉぉぉぉ」
校舎から出て校門へと向かう途中、ケンゾーと遭遇した。
扱い易く、何かと出来る男だ。何が出来るのか、まだその全貌は誰にも把握出来ていないのだが……。
それでも、ムードを上げたい時に程ケンゾーという男は太陽の如く光輝く。その光は、いざという場面になって緊張している男子達の指標となる。
近くに居た男子、隣り合う男子達にその熱が一気に伝播していった。
「アンタは何余計な事してんのよっ!」
「イタッ!? 千夏……もう、この熱は止められない。そして、俺は悪くない」
これが黒幕のやり方。怒られる時はケンゾーが一人で背負ってくれる事だろう。
校門に着くと、クラス毎に集められる。順番はテキトーで、着いた順だった。
担任の先生が名簿にチェックを入れて行き、チェックを付けられた生徒はどんどん香華瑠女学園へ向けて出発していく。
「椋一、もしかしてアンタも他の男子と一緒でチャンスがあると思ってるんじゃないでしょうね?」
「あるでしょうよ!!」
「はぁ~……アンタがこうもお馬鹿さんだったなんて、アタシは情けないわ」
「言ってみただけだ。お嬢様と釣り合えるとは思ってないし」
だから今日はお嬢様達と触れ合うよりも、立ち入れる範囲の学内を散策してやろうかと思っている。
「ふ~ん、ちゃんと分かってるじゃないの。感心ね。ま、一人くらいなら話しても良いわよ?」
「なぜ千夏が人数を限定する……」
香華瑠女学園は徒歩で十分くらい離れた場所にある。地図で見れば、ウチの校舎は香華瑠女学園のオマケ感がどうしても出てしまう。敷地にそれくらいの差があるのだ。
距離は近い場所にあるのだが、俺達の帰る道でお嬢様の姿を見掛ける事はほとんど無い。
学内の寮に住んでいるのが大半で、それ以外のお嬢様は車での送り迎えが基本だからだ。そこは、流石お嬢様学校という事だな。
(お嬢様はむしろそうじゃないと! 千夏の前で顔には出せないけど、これは期待が高まりますな)
香華瑠女学園の前の上り坂、中々の急勾配で普段なら疲れていただろう。だがそこに、理想とするお嬢様が居ると思うと不思議と苦しくはなかった。
むしろ、知らない世界に足を踏み入れるワクワクが一歩毎に高まっていった。
「見えてきたな、香華瑠女学園」
校門から既にレベルの違う学園を前に、俺を含めて皆が呆然としてしまう。千夏でさえも「凄い」としか言葉が出ていなかった。
本当に入って良いのか自信が無くなってくる。これはたしかに、校長からの通達がなければもう既に気圧されて、相手のペースに呑み込まれていたかもしれない。
「くっ、俺には……敷居がっ!!」
「健蔵っ! お前だけが頼りだったというのに!」
「すまない……俺の辞書にはまだまだ足りない物が……多いらしい……」
遠くでケンゾーが敗北していた。もしかすると俺達は、気軽過ぎたのかもしれない。常識、マナー、モラル、一般教養、感受性、その全てにおいて自分達より上のレベルで生きている相手と相対する事を甘く考えていたのかもしれない。
(……ちょっと、トイレに行きたくなってきたな)
異様な空気感が漂い始め、俺達は混乱状態のまま香華瑠女学園の敷地内へ警備員の立つ横を通されていった――。
◇◇
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