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よろしくお願いします~
そして昼休み。午前中の授業で疲れた脳や身体を休める時間。
今日は授業の間にある時間も復習に使っていた為、いつもより少しだけ疲れている。今さっき売店で買ってきたココアの糖分が、脳に直接効いていると感じるくらいには。
だがココアに加えて、俺には変わり映えしない冷凍食品を詰め込んだ弁当と、ママさん特製サンドイッチがある。これだけあれば、午後の授業も無事に乗り切れるはずだ。
目下の問題があるとすれば――。
「旦那、千夏ちゃんを独り占めしようなんて私は許さんぞー」
「そうそう。千夏は人気なんだから、いくら旦那とはいえ独り占めは駄目よー」
「はははー……」
俺の席のすぐ横に形成された三人席。教室に戻って来た時にはすでにセッティングは終わっていた。
スマホを確認して来てくれたっぽい千夏はともかく、余計な二人まで付いて来ちゃったらしい。
千夏と比較的に仲良しである成田さんと羽田さん。
あえて、もう一度確認しておく。
千夏を千夏ちゃんと呼ぶ「なりだ」さんと、千夏を千夏と呼ぶ「はねた」さんだ。
よく名前の読み方を間違われるらしく、二人が敏感に反応する部分だから間違えない様にしなければいけない。
そして旦那……というのは俺の事らしく、俺をからかうというよりは、千夏をからかう為に言っているみたいだ。二年生になって一月とちょっと……俺自身もまだ慣れていない呼ばれ方だ。
話す事は少ないけど、千夏曰くイイ性格をしている二人に俺と千夏もある程度諦めていて、今更どうこう突っ込む気にはならない。
「そだっ! ちょっち、旦那にも聞きたかったんだけどぉ」
「何ですか?」
「千夏ちゃんのシュシュだけどさ、ピンクじゃん? 意外じゃない?」
「それは私も思ってたなー……千夏っていつも、可愛い系というより明るい系だしね」
さて、なんて答えようか。
二人共、シュシュそのものは千夏が自分で買った物と思ってくれている? ――らしくて助かった。
可愛いシュシュという代物であるが故に、俺が贈った物だとは考えていないのだろう。それは逆説的に、北上椋一はそういう贈り物をしない男、と認識されているという事になる。……ちょっと筆舌し難い切なぁ~い気持ちになるけど。
まぁ、一番答えるかどうか迷う質問は来なそうでラッキーだ。
「そんなに意外……ですか? むしろ千夏には……」
「はいっ! ストップ! もうシュシュの話はいいでしょう?」
答えている途中で、千夏のストップが入る。
「えー、止めないでよ千夏ちゃん」
「止めるっての! 椋一もあんまりノせられないでよね?」
「お、おう……?」
千夏の反応を見る限り、成田さんは俺よりも先に何人にも同様の質問を聞いて回っていたのだろうと察せる。
おそらく、女子界隈で既にいろんな回答を貰っていて、千夏も辟易とし始めているのだろう。
ほとんどの女子から『意外』というお言葉を頂戴しているだろうし、そりゃわざわさ俺からの反応なんて聞きたくは無いか。
意外とは――つまりギャップ。
それはプレゼントした俺の本意とも違ってくる。
確かに千夏は、赤とかオレンジとか黄色とか……元気の出る色が似合うし、持ち物もそういう色合いの物が多い。それは認める。
でも俺は、可愛い色代表とも言えるピンク色だって千夏には似合っていると知っていたからプレゼントしたのだ。そこに珍しいという意外性は含んでいない。
(そうか、つまり俺がすべき事は……ふっ)
ピンク色だって似合う。
それは、俺が千夏の幼馴染であり、他の人よりも幾分か詳しいから意外と思っていないだけ――とそこは理解している。
だから、俺がすべき事とはとても簡単なこと。
(もっともっと、千夏に似合う色は沢山あるという事を広めていくことだなっ!)
つまり、俺が千夏に似合う色を広めて下地を作っておけば、今後は千夏がめったに身に付けない色の小物で着飾ったとしても意外とは思われなくなるだろう。
「旦那ぁ、旦那の意見さえ聞ければ割りと満足なんだよぉ~ウチらはさぁ~」
「うんうん。結局最後は男子の意見が重要だし、千夏とくれば旦那だしねぇ」
期待の眼差しを向けられると、ついつい応えなければと思ってしまう。
この二人から広めて貰えば千夏の意外性だって……。
「椋一、二人に付き合う必要ないからね? 余計な事とか言わなくて良いから。別に、どう思われたっていいんだから」
「…………そっか」
シュシュに触れながら、そう言う千夏。
それを聞いて、自分がまた余計なお世話を焼こうとしていた事に気が付いた。
千夏の為にと言いつつ……自分の中にある千夏を知って貰いたい欲を、ただ満たそうとしていただけだと。
俺が何と言おうと、広めようと、それに意味は無い。千夏が「違う」と言ってしまえば、それが嘘であれ本当になってしまうのだから。
当人が言わなくて良いというのなら、それに従うまで。
俺が持っておくのは千夏の『朝支度』を真っ当にするという『責任』であって、みんなに千夏を知って貰うとするみたいな『責任感』は要らないのである。
ついつい。本当についつい、千夏に関してみんなが知らない部分を教えようとしてしまう。幼馴染が故の衝動と言えるだろうか。
「ごめんな、千夏が言わなくて良いというなら言わない」
「はぁー……よく調教された旦那ですこと」
「間違いなく尻に敷かれるタイプね」
「ど、どことなく引っかかるな?」
話が途切れ、ようやくお弁当に手を付ける。ママさんのサンドイッチも食べて、気力を回復した所で昼休みも半分が終わっていた。
女子は本当によく喋る。喋るのに飽きる事は無さそうと思える程にトークをしていた。隣で聞いてる限り、内容はあって無い様なものだがそれもまた一興という事なんだろう。知らないけれど。
「千夏ちゃん、ウチらお花詰みに行ってくるけど?」
「成ちゃん、椋一が近くに居るからって気を遣わなくても大丈夫よ? そういうの気にしてない男だから」
「どーも、デリカシーゼロ男ですー」
「余計な事は言わんでよろしい……」
成田さんと羽田さんが教室を出て行き、千夏と二人になる。
「で、話があるんでしょ?」
「あぁ、うん。頼みたい事が」
声のボリュームを下げて、周りには聞こえない様に話していく。
スズの今日の予定を聞いておいて欲しい――という一言を千夏に伝えるまでに不必要な時間を費やしたが、ようやく伝えられた。
「バレない事が優先的にお願い。面倒かもしれないけど、よろしく」
スズは一人で居る事が多いとはいえ、休み時間は基本的に教室に居るしその周囲にはクラスメイト達だって居る。
切り取れば二人きりかもしれないが、声の響く範囲にまで拡げると完全な二人きりという状況は作り難いだろう。目立つ二人だし、教室が難しいなら廊下という選択肢が生まれる。
自分で言うのもアレなのだが……そこまでしてやる程の事じゃない。というか、そこまでやって貰ったとしたら申し訳なさが上回っていく。
「はいはい――……あ、もしもしスズ?」
一瞬にして、俺の懸念は解決された。
そうだよね、交換してたよね……電話番号。
スマホを操りスズに電話を繋いだ千夏は、あれよあれよと俺が半日悩んでいた事をあっさりと解決していった。
「椋一、今日って忙しくの?」
「え、あー……基本的に暇なのは変わらないけど、雨だと逆に少しだけ増えるかな」
「そう」
俺の言った言葉をそのまま電話口に向けて発してくれる。
それから千夏とスズだけで数回のやり取りをして、千夏は電話を切った。
「居て欲しいなら行くって」
「了解。ありがとう千夏」
「別に、礼を言われる程じゃないけどね」
「そっか、じゃあ……昨日のツケはちゃんと払って貰おうかね」
「アタシ的には礼を言われる程じゃないけど、椋一は感謝しなさい? 感謝の心を忘れるとかヤバいしね?」
感謝してるさ。いつも。
お陰様で困った時は千夏頼みだし、千夏様様だ。
「どーもですー(白目)」
「うん、おちょくってるわね?」
基本的には素直だけど、ちょっとだけ照れるし、それなりに遊びたいお年頃なのだ。
しばらくしてトイレに行った二人が戻り、俺は昼飯を食べ終わりしばしの休息を取った。机に突っ伏して、得意の寝た振りだ。
そして――午後の授業も乗り越えて放課後。
真っ直ぐ、一人で喫茶店へと帰っていく。
千夏とスズは少し時間をズラして店へとやって来た。予想通りに読書やタブレット端末を使って時間を潰すお客様が多く、いつもより忙しさを感じる仕事にそれなりの意欲を持って勤しんでいく。
スズはと言えば……。
「あっしたー……。らっしゃっせー……」
楓ちゃん、もしくはノアちゃんが居ないだけで別人の様なテンションである。ただ、ミスをしている訳では無いから何も言わないが。
「スズちゃ~ん? 今日もお疲れぇ~。椋一ぃ~、スズちゃんを送っていくのよぉ~?」
「雨は……止んでないかぁ。母さん、ちょっと片付けやっといて。先に送ってくるから」
「分かってるぅ~」
ベロンベロン一歩手前な感じで酔っている母さんには何も期待出来ない……と、帰って来た時の事を少し考えながらスズと喫茶店を後にした。
無事に送り届け、途端に止んだ雨に愚痴りながらものんびり帰宅していく。案の定何も片付いてはおらず、テーブルでスヤスヤ寝息を立てる母さん。
「やれやれ、三歳児だって眠くなったらベッドに行くっつーの」
肩を竦めるアメリカンチックな動きを意味もなく行ってから、風邪を引かれても困るし、母さんを部屋まで連れていく。
布団を掛けて寝かせてやり、店に戻って片付けを一人寂しく始めた――。
そんな日常を今週も火曜、水曜……と過ごしていき、週末がやって来た。
土曜日の朝。仕込みを終わらせて朝食を済ませた頃にスズが慣れた様子で店に入ってきて、部屋でエプロン姿の制服に着替えてフロアに戻ってきた。
「スズ、今日はスズの好みのタイプの女子は来ないと思う」
「はい、終了。本日の営業は終わりにしますー」
「モチベーション低くても良いから……とりあえず頑張ってくれ……」
晴れやかな顔……という訳でも無かったが、あからさまに表情筋が死んでいった。
ただ、変顔でもしない限りどんな表情であれ、美少女は美少女らしい。美少女を美少女たらしめるのは、やはり顔なのである。
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