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お待たせしましたぁ~
よろしくお願いします!
「千夏、起きろ。今日はちょっと急いだ方が良いぞ」
「いちばん、ちなつ、飛びマース……むにゃむにゃ……」
雨という事で早めに起こしに来たが、時間が掛かることには何ら変わりがない。
早く起こそうとギリギリで起こそうと、千夏の朝はいつだって夢見心地のままである。
「二番、椋一、布団を剥ぎまーすっ!」
「うぅ……しゃむい……しゃむい……ぅん?」
布団を求めて彷徨わせていた手が止まり、千夏がゆっくりと目を開け始める。ようやくお目覚めだ。
時間がギリギリで、無理矢理起こさないといけない時なら話は変わってくるが、丁寧に起こすと毎回ここで十数分近くは掛かるのがちょっと勿体無く思う。
何度かぱちぱちと瞬きをした後に、猫みたいな伸びをして千夏はベッドに座った。
「あれ……なんか暗くない? 夜?」
「雨降ってるからな。寝惚けてないで、はやく準備してくれよ?」
「雨かぁ……髪、結んでいこうかな」
千夏は髪を結んでいない時の方が初期設定みたいなのだが、雨の日は別だ。
湿気で髪がうねったり広がったりするのを嫌って、いつも結んでいる。
「玄関で待ってるからなー」
「すぐ行くよ」
部屋を後にして、玄関口で座って待つ。
着替えて、いろいろと整えて……たぶん十分以上は待つ事になるだろう。それを別に長いとは思わない。いつもの事で、慣れた事だから。
「椋一くんじゃなきゃ駄目ねぇ……」
「そろそろ自分で起きて貰わないと……」
「お待たせ! お母さん、サンドイッチ貰っていくね!」
「食べながら歩くのは駄目よ? 椋一くんの分もあるから、お腹空いたら食べてね!」
千夏のママさんからの圧力を今日も華麗に回避していると、ポニーテールに髪を結んだ千夏がリビングから現れた。結ぶのに使っているアイテムは……俺がプレゼントしたピンク色のシュシュ。
贈った物を普段使いしてくれるのは、嬉しい気持ちになる。
「ありがとうございます。いってきますね!」
「いってきまーすっ」
作ってくれていたサンドイッチのお礼を伝えて、傘を手に俺と千夏は学校へと歩いて行った。
◇◇
――月曜日と雨、学生や社会人とかに関わらず、その二つだけでも十分に憂鬱になる要素だろう。
でもそこに、ママさん特製のサンドイッチがあると思えば少しは気分が明るくなる気がしてくる。
教室に着いた俺は、千夏から受け取ったサンドイッチを昼にでも食べようと鞄に入れ、自分の席でボーッとしていた。
千夏は教室に着くなり友達とお喋りし始めたし、他のクラスメイト達も何かしらをしている。
ただボーッとしているのは俺くらいじゃないだろうか。
みんなは起きてから一時間……早い人で二時間くらいは経っているだろうが、俺は四時起きでみんなよりも朝が早い。だからこの時間帯から、もう既に俺は一日に疲れ始めているのだ。
(暇だなー、いやそれは俺が悪いんだけど……。眠いなー)
頬杖の状態で、ただ最後列の席から何も書かれていない黒板を眺める。
HRまであと十分弱はある。次々に教室へと入ってくる同級生達と挨拶を交わす訳でもなく、時間が過ぎるのをただ待っていた。
すると、前の方の入口から学園のアイドル(仮)――ミステリアス・ビューティフル・クイーンこと新名鈴乃が登校してきた。
「――――(キッ!!)」
「――――(き、気付かれた!?)」
ほんの一瞬。一秒にも満たない間に目が合い……睨まれた気がする。
勝手に面白いレッテルを貼り付けていた気配が、第六感とかで悟られたのだろうか。
一秒後には澄ました顔をして、自分の席へと向かっていた。とりあえず暇だし、学校でのスズを面倒じゃない範囲で観察してみるのも一興かもしれない。
話し掛けるなとは言われているけど、見るなとは言われていないからな。距離を開けて盗み見るくらいなら他の人に怪しまれる事も無いはずだ。
(ふむふむ。さっそく頬杖をして窓の外を眺めてる……ミステリアス感出してるな)
新名鈴乃は他の女子と比べて一人で居る事が多い、と思う。そこまでは俺と同じだが、違うのは彼女には普通に友達が居る事だ。
話し掛けられれば対応しているし、移動教室なんかでも誰かと移動しているのも見掛けるし。
(おっ……橋本の奴が話し掛けに行ってるな)
クラスメイトのイケメン橋本。アダ名はもちろん『はっしー』だ。俺は呼んだ事はないけど、みんなからはそう呼ばれていた。
何回か言葉を交わした事はある程度だが、特別チャラついてる訳じゃないから話しはしやすかったな。
(まさかの橋本サンもスズ狙い……というのは安直過ぎるかね)
会話が聞こえて来ない為、テキトーにアフレコを付けておいた。絶対に合っていない、むしろ合わせにいってないアフレコを一人で楽しむ。
一人のメリットは、自分の面白いと思う事だけを出来る事にある。興味の無い話に頷く必要も無ければ、場を気にして会話を回す必要も無い。
「はい、席に着けー」
ガラガラガラ――と教室のドアを開けて入ってきた山岡先生の言葉で、動いていたクラスメイト達が一斉に着席をし始める。
俺もアフレコを中断して、視線をスズから山岡先生へと向けた。
「はいはい、おはよう。えー、欠席は無いな。ゴールデンウィーク中の課題は各授業で集めるからな、忘れた者は……」
簡単な挨拶から始まる軽い山岡先生のスタイルは、人気がある。
厳しい担任よりもちょっとユルい担任の方が、やはり生徒には好かれやすい。
かくいう俺も、山岡先生のラフさは嫌いじゃないしな。特別好きという訳でもないけど、帰りのHRが他のクラスよりも早く終わるという点を考えれば……やっぱり少し好きな先生かもしれない。一位は養護教諭の安田先生だけど。
「――という訳で、HRは以上だ。今月は中間テストもあるから授業の復習に力を入れてやるように」
そう締めくくって、山岡先生は教室を後にした。
中間テスト……いや、テストという言葉一つでも生徒側からすると嘆息してしまう。中間が終われば、次は期末に向けてすぐに切り替えないといけない。
……二年生の内容を思うと油断なんてしていたら、あっという間に置いてけぼりになりそうで怖い。
(スズなんて観察している場合じゃないな……隙間時間でコツコツ復習しておかないといけないし)
学生は勉強が仕事。残念ながら、それは我が家の考え方ではない。
『学生は手伝いが仕事。ただし、勉強も怠らない様に』――が正しい。母曰く、だけど。
勉強も家の手伝いもちゃんとやりなさいという事。つまりは、母さんと世の中は甘くないという事だ。
(授業はちゃんと聴くとして、雨だから……今日は人が多くなるだろうし、テスト前は一時間くらい睡眠を削るかね)
雨――という事は。
客足は遠退くかと思いきや、意外と、雨の日だから逆に、喫茶店に訪れるというお客様も少数だが存在している。
雨、喫茶店、勉強。
雨、喫茶店、読書。
雨、喫茶店、雨宿り。
雨、喫茶店、窓ガラスの外を見詰めるワタシ/ボク。
……などなど、シチュエーションに溺れ、雰囲気に浸りたい様な人が来店してくるのだ。
売上に貢献してくれるから嬉しい事には嬉しいのだが、そういう客は意外と長時間居座るし、俺の隙間時間勉強に集中出来ない要因になるのが少しばかり厄介に思ってしまう。
(今日みたいな日にスズには手伝って欲しいけど……帰りの時を考えるとなぁ。夜も雨で母さんが酒を飲んでしまったら車は出せないし、友里乃さんに迎えに来てもらえば良いんだろうけど……しかし)
自分の都合と、スズの都合と。何が最善手か考えてもなかなか正解が見付からない。
どんな方法でも第三者に迷惑を掛けてしまう気がしてくる。
雨は嫌いじゃないんだけど……雨によってもたらされる弊害はそこそこ面倒臭い。
考える期限は放課後まで――スズと今日の予定を相談出来たら早いのに……そう思いつつ、話し掛けるなオーラを出しているスズを一瞥する。
そして、そのまま千夏へと視線を移動させた。
(こういう頼り方はなんか嫌だけど……仕方ない、か)
後で、千夏経由でスズにそれとなく予定を聞いて貰う。
休み時間あたりにどうにか伝えれば、あとは上手くやってくれるはず。問題は、千夏の近くには基本的に女子が集まってくるからその伝えるのも難しいという事だ。
スマホでパパッと送れば済むのだが、千夏は昼休みの長い休み時間までは使わないタイプ。
どうにか隙があれば良いのだが……。
(まぁ、昼休みに直接頼むか。一応、チャットも送っておこう)
とりあえず全部、今じゃなくても良い予定。ならば、迫りくる一時間目の授業の準備をさっさと済ませ、頭の中を空っぽにして気を休めた方が有意義。
教科書とノートを机の上に用意して、俺はまたボーッとしていく。
◇◇
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