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お待たせしました!
よろしくお願いします!
「ちょっとー、椋一ぃ? 楓ちゃんがそろそろ帰るってよー?」
調理場に届いた千夏の声に、先に反応したのはスズだった。
シュパッと効果音が聞こえてもおかしく無い動きで、楓ちゃんの元へと走っていく。
すぐに見えなくなるその背中に向けて、俺は簡潔に用件を伝える。
「会計だけやっといてくれ。あと、お土産あるからって!」
「りょ!」
スズの外見とは似合わない若者らしい返事。
もう、見た目や最初の印象でスズを判断するのは止めよう――そう思っているのに、あまりに似合わない事をされると一瞬だけ自分の中でズレが生まれてしまう。
実際若者だし、今をときめく女子高生なのだから返事が二文字、それも意味の分かる言葉であっただけマシなのだが……ミステリアスな雰囲気を持っている人の返事では無いはずだ。
(おっと、早く箱に詰めないとな)
四等分してあるミルクレープ。楓ちゃんの分と千夏の分をそれぞれ小さい箱に一つずつ入れて、俺もフロアへと向かった。
「あのぉ……綾織先輩は次、いつ来るのでしょうか?」
「う~ん……そうだなぁ。休みの日には来ると思うよ!」
「――分かりました。休日ですね」
何が分かったのかはとりあえず置いておき、既に会計は済ませてあるみたいだ。心配なのは、次に来た時に今日覚えた事を忘れていないかという事……だが、その時はその時でまた教えれば良いことだ。
今は一人で出来る様になった成長を嬉しく思っておこう。
「楓ちゃん、これどうぞ。試作品です」
「わぁ、ありがとう! でもりょーいち君、ちゃん付けはダメでしょ!」
「すみません楓ちゃん」
「分かったなら……って、分かってない!?」
プンスカする楓ちゃんにお土産を渡して、入口まで付き添う。
「じゃあね、りょーいち君! すずちゃん! また明日学校で会えたら!」
「はい。気を付けて帰ってくださいね」
「お、おい北上……誘拐とかされないよな? だ、大丈夫か?」
「もぉ! 大丈夫だよ! 子供じゃないんだからっ」
まだ夕暮れ。されど夕暮れ。変態に時間は関係ない事を思うと不安にはなってくるが、この辺りの治安を考えると大丈夫だとは思う。
楓ちゃんは人通りの少ない道は通らない様に気を付けていると前に言っていたし、不良に絡まれる系統でも無いからな。
トコトコと歩いて遠ざかっていく楓ちゃんを、見えなくなるまで見守りそうなスズを店に引っ張り戻した。
「あぁ~楓様を見守らないと何があるか分からないし、これは追い掛けて家まで送った方が良いとすら思えてくるんだけど、ちょっと行ってきても良いかな? 良いよね? どうせ暇だしね!」
「こ、こいつ……」
「何を言い争ってるのやら……。椋一、アタシもそろそろ帰るわ」
「おう。ミルクレープ、晩飯後にでも食べてくれ」
楓ちゃんに続いて、千夏も帰るみたいだ。
お土産のミルクレープを持って、俺とスズの攻防を呆れながら見ている。
「椋一、鈴乃さんをあんまり困らせない様に」
「現状、困ってるのは俺なんだが?」
「……楓様が遠ざかっていくぅ」
まだ意識を入口に向けているスズ。毎回帰るタイミングでこのやり取りをしないといけないのかと思うと、先が思いやられる……。
「おい、新名さん? そんな行動してたら新名さんが『楓ちゃんを愛でる会』の一員だって事がバレるぞ?」
「えっ……もしかして鈴乃さんって……あのメンバーなの?」
「北上ィィ――!?」
「――くっ、千夏! どうしてそれをっ!?」
「今、自分で言ってたじゃん!? まぁ……どうりであんなに楓ちゃんを見詰めてた訳ねぇ。ようやく納得したわ」
うっかり口が滑った……。悪気があった訳じゃない。じゃないが、普通に喋ってしまっていた。
ただ俺は、そんなに楓ちゃんに執着していたらすぐにバレるぞと伝えたかっただけで他意は無かった。
結果的に千夏にはバレてしまったが……千夏で良かったと思える。あの熱狂的過ぎると噂の一員だとしても、楓ちゃんを知り、スズを知っている千夏ならダメージはまだ少ない方だろうし。
「千夏……悪いが本人のイメージの為にも内緒にしておいてやってくれ」
「北上ー? 楓様を敬愛してると駄目みたいに言うなー?」
フォローしてやってるのだから、少しは静かにして欲しいのだが。
それに楓ちゃんを敬愛している事について、俺は特に思うことは無い。誰を愛でるにしても人に迷惑さえ掛けていないのであれば、構わないと思っている。
愛でる会のメンバーは熱狂的とはいえ、それは内に秘めた『想い』の話。実際に、ほとんどのメンバーは楓ちゃんに対して何もしないらしい。あくまで噂でしか知らないが、楓ちゃんに対して迷惑行動を取れば粛清させるとかナントカ……。
「いや、もう……そうねぇ。今日で鈴乃さんの物静かってイメージはだいぶ消えてるけどね」
「ち、千夏ちゃん? それって……私のイメージが悪くなった……ってコト?」
「ううん! むしろ、前より親しみやすい……かな? 学校じゃ自分から話し掛けに行くタイプじゃなかったし、頻繁に話し掛けられるタイプでも無かったじゃん?」
「そ、そう……それなら良かっ――」
「いや!! なんにも! 良くないケドなっ!!」
話が纏まりそうだったが、思わず口を挟んだ。いや、挟まざるを得なかった。
学校じゃ物静かで話し掛けられるタイプじゃないのに、学校の外だと親しみやすい?
――違う! そうじゃないだろ!
むしろそのまま、学校のままでいて欲しいとずっと思ってた。
俺はスズに対して、ミステリアスでクールで静かで澄ましていて欲しいと面接に来た時からずっと思っていたんだ。
(つまりは、まんまギャップって事じゃないかっ! チクショウめ……)
「また始まったわキモキモ状態が……。鈴乃さん、椋一の事は気にせず自分のしたい様に振る舞って良いんだからね?」
「千夏ちゃん……。ありがとう」
「言いたくない事は言わなくて良いし、抱えるのがツラくなったら吐き出してくれて良いんだから……だって、友達でしょ」
「イ、イケメンか……じゃなかった。じゃあ……千夏ちゃんさ。夜に連絡して良い?」
「もちろん!」
俺が口を挟んだところで何かが変わる事なく、良い感じに話は纏められて終わり、千夏は帰って行った。
「ねぇ、リョウ?」
「どうした?」
「千夏ちゃんが女子人気高いのが分かった気がする……私の愛でる範囲内じゃないけど、惚れそうになったもん」
「まぁ、優しい奴だからな。ただ――いや、何でもない」
「……?」
ただ、その優しさが向けられているのは基本的に女子のみだと思う。
颯爽とした雰囲気で店を出て行った千夏。きっとスズもそれに騙されていて気付いて無いのかもしれないが……千夏は、堂々と無銭飲食をしていった。
使っていたテーブルの上を確認してみると『椋一、今月は厳しいから今日はツケで』と書かれた紙ナプキンと伝票が、無駄にピッチリと並べて置かれてあった。
「千夏ちゃん……か」
「おい、スズ? あんまり遠目しながら呟くなよ? ガチっぽさが出るぞ?」
「――決めた。あたし、千夏ちゃんの前ではなるべく素直になる!」
「そりゃ……好きにしたら良いと思うけど」
「正直、気を遣って千夏ちゃんの前ではリョウを『北上』って言ってたけど、面倒だから中止!」
それはつまり……俺もそうする必要は無いという事だろうか。
何となく人前では新名と苗字で呼んでいたけど、いちいち切り替えるのもうっかりがありそうで怖いと思っていた。
学校でスズ呼びはあり得ないとしても、店の中で呼び方を統一出来るのならありがたい話だ。
「じゃあ、店ではお互いにスズとリョウでオーケーなんだな?」
「おーけーよ。でも、学校で話し掛けない条件は忘れないでよネ?」
「何か、なぁなぁになっていきそうな条件だが……覚えておくよ」
学校で、俺からスズに話し掛ける事はおそらく無い。
クラスメイトになったのに、隣の席でも無い限りは接点という接点が無いからな。
だから何かあるとすればスズ側だ。だが、スズもおそらく学校で俺に話し掛ける用事は無いだろう。
何かあっても他の誰かしらで代わりは務まるだろうし、俺じゃないと駄目な用件がそうあるとは思えないし。
「……んん? というかさ、スズは千夏に対して何を気遣ってたんだ?」
「リョウ……あんたそれはもうあれよ? 察しの悪い男子と書いて『ムカつく』すら通り越して……いっそ『カス』ね!」
「『カス』――だと? な、なんでっ? 急に言葉が辛辣過ぎない?」
そう問い返しても答えてくれないスズ。
ただ、ちょっと汚い言葉を使っている時の方がスズはイキイキしている気がする。
女子としてはあるまじき特殊な性質だと思うが、スズネットゲームをしている事を思い出すと、何故だかちょっとだけ腑に落ちた。
完全に偏見だけど、罵り合っているイメージがあるからな、ネトゲって……。
「ふぁ~あ……ドラマ観てたらあっという間ねぇ。あら? ずいぶんと仲良しね?」
二階から母さんが降りて来るやいきなり、駄弁ってる俺達を見てからかってくる。
だが、そんな安いからかいに動じる息子ではない。
「母さんが来るって事は、もうそろそろか」
「そろそろ……何?」
「夜の時間に変わるって事だ。カフェよりも食事処って感じになるから客層も変わる時間帯で――」
カランコロン。
そう話している間に、さっそく常連のおっちゃんが一人やって来た。
初めて見る店員についてアレコレ。注文してもアレコレ。アルコールが入ればもっとアレコレだ。
賑やかになるのは良いことだけど、これから数日はスズの事で夜の時間帯はちょっと大変になりそうだ。
「……リョウ。私が調理場に入る」
「頑張れッ。それしか言えないが……頑張れッ!」
店が終わるまでスズは何度か愚痴を言いに来た。
パワフルでモラルもやや欠けているおっちゃん達の下世話な会話に巻き込まれるのが相当しんどかったのか、片付けの時間まで愚痴は止まらず……ついには、スズを家まで送っていく時も愚痴っていた。
「まぁ、最初だけだから……たぶん」
「しっかりフォローしてよ? 今日のじゃ赤点よ」
自転車でおよそ二十分。無事にスズの家に辿り着いた。綺麗な一軒家だ。
これでミッションは完遂したのだが、何だかすぐに別れるのも……という雰囲気の中、切りの良いタイミングが見付かるまで会話をしていた。
――ガチャリ。
俺とスズの気配が分かったのか、家から友里乃さんが姿を見せた。
「お帰り、スズ。あら、僕くん! 送ってくれてありがとね」
「こんばんは友里乃さん」
「あらあら、二人して立ち話かしら? 何だか青春の香りねぇ……」
「お、お母さんっ! ほらっ、リョウ、もう帰って大丈夫だから! 送ってくれてありがとう。あとミルクレープも! また明日!」
早口でまくし立てる様に言い放ったスズは、友里乃さんを押し込んでそのまま家の中へと消えて行った。
「また明日」
俺はそうポツリと呟いて、来た道と同じルートを自転車で走って帰った。
家に着く少し前から、ポツポツと雨が降りだして少しだけ髪や上着が濡れる。
強くは無いけれど、五月らしいちょっと重たくぬるい感じの雨。
雨の雰囲気は好きだけど、濡れるのは好きじゃない。湿度が高いと材料にもちょっと気を遣わないといけないしな。
(風邪引く前に早く風呂に入るか。明日の準備をしたら今日はもう寝てしまおう……)
この時期の雨はなかなか止まないのか、翌日もまだ弱い雨が降っていた。
今日の天気予報では、夜までずっと雨らしい。という事は……。
◇◇
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