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昨日今日と……謎のプレビュー数の増加が……ありがたいっす!
ではでは、よろしくお願いします!
白のニットワンピースに濃い青色のカーディガンを羽織り、黒のストッキングも相まって、今日のノアちゃんはなんだか大人っぽい。
ただ――。
「パイセーンッ!」
そう言って、広げた両腕の中にスッポリ収まってしまうノアちゃんはとても子供っぽく可愛らしい。
ノアちゃんの抵抗の無さを考えてみるに、お嬢様界隈……もといお金持ち界隈で抱擁は挨拶みたいなものなのだろう。おそらく。
さすがに俺も他の人との抱擁は気恥ずかしいが、ノアちゃんならあまり抵抗が無い。きっと自分より頭一つ以上小さくて、歳下だからだと思う。
そういう意味では楓ちゃんもあまり抵抗は無いかもしれない。
「北上ィ! 羨ま……じゃなくて、いつまで抱きついてんだ!」
「ふっ……ノアちゃん、こっちのツンケンしてる人は新しい従業員の新名さん」
挨拶という名の抱擁を解いて、スズの紹介を軽くしておく。
「ほー……っす! お姉さん、よろしくお願いするっすよ!」
「あぁぁぁ可愛いぃぃぃ!! 撫でていい? 撫でても良いの? というか持って帰って良い?」
「楓ちゃんが見てるぞ?」
「――ハッ! 駄目よ、自分を見失わないのよ新名鈴乃! でも、この子も可愛い……」
いくつかの悩ましい問題の狭間で葛藤しているスズは置いておいて、ノアちゃんに向き合う。
「ノアちゃん、いらっしゃい」
「はいっす! あのですね、でもですね、今日はすぐに帰らないといけないんすよ」
制服じゃない時点で何となくは察していたが、旅行帰りか何かなのだろう。
「そっか。そりゃ残念……」
「はいっす……。でもでも、お土産は千夏先輩に渡しておきましたので!」
「ありがとう。あ、そだ……少し待っててくれる? 五分も掛からないと思うけど」
「はいっす?」
急いで調理場へと向かい、コンロに火を点ける。
まだ改良の余地はあるだろうし、いつも通りめちゃくちゃ美味い訳じゃないけど、お土産のお礼としてノアちゃんにクレープをに作ってみようと思う。
冷めた生地はあるけれど、やっぱり出来立てを食べて欲しいからな。
(中身はどうしようか。生クリームは確定として……餡子とか入れてみようかな?)
迷っている時間は無く、思い付いた物をとりあえず試す事にした。
好みはあるだろうけど、一般的に餡子と生クリームの相性は悪く無いと思う。それでも、一応の保険として「まだ試作段階だけど」とか言っておけば、きっと大丈夫だ。
「よし、ちょっと端の方がパリパリな生地になったが、良しとしよう……あぁ! ヤバい! 包む紙が無いぞっ!」
生地を取り出して火を止めて、中身を乗せたところで作業が止まった……。
クレープの良いところである食べ歩きの出来る部分。それを支えているのが、クレープを入れる包み紙だ。
それがあるとないとでは、クレープの魅力にかなりの差が出てくると個人的には感じている。たまにオシャレな店では皿で出てくる場合もあるけど、やはりクレープは手持ちこそ王道だろう。
料理以外の部分にまで気を配る。新しい料理を作る時に気を付けなければいけない事だったのに……ミスったな。
「仕方ない……か。春巻みたいに巻いてラップで対処しておこう」
苦肉の策として、形を崩す。自分のミスだから断腸の思いで王道をやや外れる。
餡子を乗せ、生クリームを乗せて、そこから本来なら円から半円にして端からクルクル巻いていくのが王道だが――今は仕方なしに畳んで畳んで畳んでいく。
生地が破れない程度に折り畳んでラップに包み、火の確認だけちゃんとして調理場からフロアへと戻った。
「――愛理っす」
「だって、あいつはノアちゃんって……」
「愛理と呼んでくださいっす!」
「じゃ、じゃあ……あたしともハグを……」
二人で何やら言い合っている様子だったが、タイミングを見る事はせずにスズの背中側から割り込む様に声を掛けていく。
「お待たせノアちゃん!」
「あっ、パイセン!」
「ちょ、ハグ……ンググググ、北上ィ~」
スズの陰から出てくるノアちゃんは笑顔で、振り返ったスズは対照的に鬼の形相をしていた。
「ゴメンね、こんなものしか作れなかったけど」
「やった! ありがたいっす!」
「試作段階のクレープだから……とりあえず裏メニューみたいな感じでね。お土産の代わりにどーぞ」
「えへへ、来て正解だったっすね! ……っとと、そろそろ時間なので……」
「うん……残念だけどまた今度だね。楽しみにしておくよ」
「はいっす! パイセン、皆さん、また今度!」
ノアちゃんがペコリと頭を下げて、千夏も楓ちゃんも軽く手を振ってノアちゃんを見送った。
ノアちゃんが去るとまたお店に静寂が訪れるが、対処すべき案件が一つ残っていた。そう――スズである。
「ねぇ、何であんな可愛い子と知り合いなの? 誰かの妹? あんた、学校で可愛い子の知り合いとか居ないわよね? 親しげなのがちょっと許せないんだけど」
「どーどー……。聞きたかったんだけど、新名さんって女の子が好きなの?」
「はぁ……。やれやれ。愚問の中の愚問ね。あたしはちゃんと二次元レベルのイケメンが好きよ。楓様やさっきの子は……ほら、好きとかじゃなくて愛でる感じでしょ? 楓様の場合はもはや崇拝だけど」
ふむ……これが人それぞれの価値観というやつか。
可愛い子を愛でる。たしかに言わんとする事は分かるが、スズはどこか熱狂的すぎる気がしないでもない。その理由としては、俺に対する突っ掛かりが物語ってるだろう。
……というか、二次元レベルのイケメンが好きなのをあくまで普通といった感じで話すスズも大概ヤバい。さすがは乙女ゲーをやっているだけはある。
隠さないといけないスズの乙女ゲーの趣味。聞く人が聞けば、会話の内容から気付く可能性があって危険だ。
危機管理能力が低いというか……気持ちが高揚するとうっかり出てしまう感じみたいだ。だから普段からクールミステリアスを装ってるのか。
「可愛い子は愛でる……それは分かる」
「ま、当然よね」
「そして、お馬鹿な子の方が可愛い」
「分かる! こう……自分が面倒みなきゃ、と思わせられるのよね……じゃなくて! さっきの子とはどういう関係な訳!?」
「ワッハッハ、秘密デス」
誤魔化しておこう……。もう楓ちゃんがスズに取られてしまう可能性がある以上は、ノアちゃんを俺の最終的な癒しの砦にしておきたい。
(ふっ……ゲームだけでは補えない癒しの確保は必要だからな)
スズの問い詰めをなんやかんやと回避していると、千夏が勝手にお土産を開けているのが横目に見えた。
楓ちゃんも小休憩を取ったのか、ペンを置いてお土産のお菓子に手を伸ばしていた。
「楓ちゃん、千夏、飲み物のお代わりは?」
「んとねー、まだ大丈夫だよ!」
「アタシはそうだなぁー、甘くないのよろしく!」
「はいよ。新名さんも休んでて良いよ。あと、一時間もしたら徐々に忙しくなるだろうから」
夕方くらいからは家路のついでに立ち寄る人が増え、更に少し時間が経てば晩御飯を食べに来るおっちゃん達が来店してくる。
今は暇だとしても、本番はこれからなのだ。まぁ、主に飯作りを担当する人が忙しいのだけど。
「……ずっと休んでる気がするんだけど?」
ポツリと言ったスズの言葉には実感がとても込められてあった。
最初に暇だと教えておいたとはいえ、想像以上だったのだろう。ゲームを集中してプレイするには短いぐらいでお客様が来店し、何もしないにしては暇が過ぎるのだろう。
俺はずっとクレープ作りをしていたから暇とは思わなかったし、フロアには千夏と楓ちゃんが居るから平気と思っていたけど……やや放置し過ぎたのかもしれないな。
「千夏のドリンク作るか?」
「暇だしやってあげるわ」
「ふっ、そこまで言うのなら――初日だと遠慮してたが、ドリンク作りを完璧に覚えて貰おうかァ!」
「……うん! そこまでのやる気は無いケドね?」
スズに対する丁度良い『感じ』というのが見付からない。
俺がテンションを上げれば、スズのテンションは思った程じゃなくて。
スズのテンションが高い時、俺のテンションはそう高くない。
その間、二人のテンションが丁度良い部分というのが中々どうして見付からない……絶妙に合わない。分かっていたけど。
ひとまず、調理場へと移動する。今日は行ったり来たりと移動が多く、いつもより人は少ないはずなのに、何故か気分的には忙しく感じてくる。
「千夏の甘くない飲み物は、アイスカフェラテだから。一回作ってるし、作り方は大丈夫よな?」
「たぶんね。ミスってたら遠慮無く止めてよね?」
「おうよ」
スズには千夏のドリンク作りを任せて、俺はチラチラとスズを確認しながら自分の作業も進めていく。
クレープ生地と生クリームを交互に重ねるミルクレープ作りの作業だ。売り物じゃないから材料費は完全に自腹となる。
自分のお金だからこそ、とても丁寧に作っていく。満遍なく生クリームを塗りたくり、生地をズレ無く重ねていく。ポンポンポンと作っていく時とは一線を画す集中力を発揮していく。
重ねて塗って重ねて塗って――スズのドリンク作りの様子を見て――重ねて塗って重ねて塗って。
(ふぅ……出来、たな。我ながら頑張ったなぁ)
ミルクレープとは『ミルフ』と『クレープ』を合わせた造語では無いとさっき作り方のコツを調べた時に見た。何やら『千枚のクレープ』という意味らしい。
今回俺が作ったのは本来の意味に到底達しないが、約二十層になったミルクレープ。
生クリームを塗った生地一枚が一層で、それを二十枚。かなりの労力を使ったと感じる。始めて作ってみたにしては高さと大きさは誇らしいけど。
「ふっ、これは四等分にして楓ちゃんと千夏とスズのお土産にでもしてあげるか。中々に優しいな、俺」
「自画自賛も甚だしいわね……」
「き、聞こえても聞こえないフリとかしてくれませんかねぇ……」
「お互いに遠慮は無し、でしょ? 二人の時は気を遣わないという約束」
「……それならありがたいけどさ、本当に怒らない?」
「時と場合、ね!」
笑顔で言われると、何か裏があるのだろうかと勘繰ってしまう。
時と場合によりけりは、基本的に怒ると思って行動した方が良いだろうな。まぁ……怒られるのを前提として、それを気にしない事にして、その上で遠慮しないという手もある。
(面倒な……面倒という顔を出しておこう)
「ふんっ!」
「痛いッ!?」
女の子からのビンタをご褒美と言えるレベルになれば、もう少し人生は楽しくなるのだろうか?
その疑問が解ける様になるには、まだ俺のレベルは足りてないみたいだ。嬉しい感情は微塵も無く、シンプルに痛いとしか思えなかったからなぁ……。
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