18
よろしくお願いします!
「スズ、正気に戻れッ!」
「ぐはっ――」
頭をスパッと切るイメージで横からチョップを繰り出す。威力は落としておいたから後遺症とかは無いだろう。
「はっ……!! あれ、ここは……楓様は!?」
「ここは調理場だ。手をアルコール消毒された事にも気付いてないとか」
「この距離からなら楓様を見ても平気……」
調理場から顔を覗かせて、楓ちゃんを凝視する変態。
それを横目にとりあえずロイヤルミルクティーの準備を進めていく。
「スズ、配膳は出来そうか?」
「やるっ!」
「今回はやるかやらないじゃない……出来るか出来ないか、だ」
よくある言い回しなら逆かもしれないが、今のスズを見るに楓ちゃんに近付けばどんな発作が現れるか分かったもんじゃない。
だから、可能か不可能かの話。溢したりしたら楓ちゃんに要らぬ心配を掛けるだけだ。
「大丈夫だ。今、楓様を見て慣らしているから」
「どんだけ好きなんだよ……」
楓ちゃんのいつものやつを作り終えて、後は運ぶだけの状況。
それを前にして、俺は静かにスズを見守っていた。
腕をプルプルさせながら、慎重に一歩一歩を踏み出している姿……これが、自転車の練習をしている娘や息子を見守る様な感覚だろうか。
「お、おお……お待たせしました」
「ぷ、ぷるぷるしてるよ? 大丈夫?」
「は、はいっ! 大丈夫です」
どうにか運ぶことは出来たが、結局は楓ちゃんにめちゃくちゃ心配されていた。
無事にやり遂げてホッとしたのか、安心しきった顔をしていた。
「そっかそっか! でもまだ、緊張してる感じなのかな?」
「す、すみません……」
「ううん! 大丈夫だよ! 初めては緊張するもんね! 私もね? 初めてお店に入ろうとした時は緊張したんだよ」
「ひゃわ、可愛い……」
たしかに、あの時は可愛かった……。
店の前をウロウロしたり、店内を窺い見たりと怪しかったが、正体が誰か分かって和んだのも懐かしい記憶だ。
「何してんの? 覗き?」
「はぅわ!? の、覗きじゃないけど?」
背後から掛けられる母さんの声に驚く。
たしかに覗いていたけど、これは見守りだ。覗きと言われるとちょっとイヤらしい感じが出るから訂正しておかないといけない。
「じゃあ、お母さんは休憩に入るからアンタ達でどうにかやりなさいよー」
手を振りながら二階へと上がっていく母さんを見送る。
スズは緊張しているみたいだが、問題も無さそうだし放っておいても大丈夫だろう。レジ裏に座って、一息入れる事にした。
一息入れる時の必需品はコーヒーではなく、勿論ゲーム。女の子を攻略していく。
(新しく買ったやつだけど……どの子から攻略していこうかな! やっぱり幼馴染? いや、ギャグ要因から進めていくのもアリだな)
とりあえず共通ルートを進めていく。そこまでの流れを見てから選んでも遅くは無い。
選択肢でルートは変わっていく。それは間違いない。ただ、他のルートを読んだあとに別の攻略に進むと『前の子とは何も無かった事に……』みたいなうら寂しい気分にちょっとなってしまう。
でも、何も選ばない訳にはいかない。ハーレムルートが無い故に一人しか幸せに出来ないが、運命が繋がったなら……ぜぇっっっっったいに幸せにしていきたい所存である。もちろん、主人公がだけども。
(ふふ、今回はどんな運命が体験できるのか楽しみだぜ)
ポチポチとストーリーを読んでいく。だが、意識は常に周囲にも向けている。
お客様が来た時や呼ばれた時にすぐ反応できる様に。
「りょーいち君~」
「はい、ただいまっ!」
特に楓ちゃんの反応にはいち早く反応する。待たせるのも申し訳ないし、常連だし、後回しになんてすると悲しむだろうからな。
一般的に人は、楓ちゃんの悲しい顔をみると寿命が縮むと言われている(※諸説アリ)。
だから俺は楓ちゃんの為になら最大限のパフォーマンスを見せていくつもりだが、断じて『楓ちゃんを愛でる会』と同じではない。
「楓ちゃん、どうかしました?」
「んとね、時間があるなら、スズちゃんに飲み物をご馳走してあげたいんだよ! お姉さんとしてね! あと、ちゃん付けしないでっ」
お姉さんとして。その言葉が一番似合わないけれど、意図する事は分かった。
初出勤のスズを労ってあげたいという感じだろう。似合うかどうかはさておき、その心遣いは間違いなく歳上の余裕だ。
「い、いえ! そんな……申し訳な――」
「そういう事なら! 新名さん、なに飲む?」
「うんっ! 何でも頼んで良いんだよっ!」
謙遜は美徳とされるが、何事も時と場合だ。
特に、何かを買ってくれようとしている相手に対する謙遜なんてメリットが少ない。
相手の奢ってあげようとする気持ちを害すだけでもデメリットだし、謙遜の断りだとしても距離感がある様な雰囲気になる。
しかも、それを感じるのが奢る側であり断った側は申し訳ないのいう何にもならない気持ちを持つだけ――相手を本当に考えるなら、感謝の言葉と共に素直に奢られる甘え方をしなければならない。
器用だと思っていたスズだからこそ意外で、ちょっと割り込んでまで止めてみた。
おそらくは、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう。
スズは『愛でる会』の人間であり『愛でられる会』なんて組織は無い。楓ちゃんに何かをして貰う想定すらしていなかったのだと思う。
「えっと……」
まだ迷っている、というか悩んでいる様子のスズに提案してみる事にした。
「楓ちゃんと同じロイヤルなミルクティーはどうだ?」
「ふーふーしないと熱いんだけど、美味しいんだよ?」
「じゃ、じゃあ……それで。綾織先輩……本当に良いんですか?」
(こいつ、本人の前じゃ綾織先輩と言うのか……。そりゃ、楓ちゃんも奢りたくなるわな……)
俺も人前ではスズを新名さんと呼んでいるし、呼び方を変えるというのは多々ある。……と思う。
今回はそれが功を奏して、スズは楓ちゃんに気に入られた訳だけど。
「んふふぅー、良いんだよっ」
「では作って来ますので。新名さん、お客様優先なのは忘れずにお願いしますよ」
踵を返して調理場へと戻ろうと思ったタイミングで、店に人が入ってきた。
「いらっしゃ――なんだ、千夏か」
「はいはい、千夏ですけど……っと。鈴乃さん、様子見に来たよ」
来ると言ってきた千夏が来ただけで、驚くことは何も無い。飲み物を作りに行く。
千夏も千夏で慣れた足取りで席に着き、女の子が三人寄れば姦しいとは昔から言われていること。勝手に楽しくやるだろう。
むしろ女の子だけの集団に男が要るか? ――いや、要らない。
飲み物を提供した後は、ゲームしながらちょいちょい楽しげな様子を見れれば個人的には大満足だ。
(スズが居ることによって、今までよりもレベルの高い女子集団が形成されているからな。街に出ればナンパされること……楓ちゃんはどうなるか分からないけどな)
パパッとミルクティーを作り、ついでにバニラメロンソーダも作って二人の元に運んで行った。
「椋一、鈴乃さんに厳しくしてないでしょうね?」
「してないよ」
「鈴乃さん! 椋一に何かされたら遠慮なく言ってね。私が代わりに殴ってあげるから! デュクシデュクシ」
拳をシュ、シュ、とやってスズにアピールしているが、既に二発ほど俺を殴っている当人は何とも言えない困った表情を浮かべていた。
シュ、シュ……で思い出した。ついでに千夏にもシュシュを買ってきた事を。
スズですら腕にしか着けてくれ無かったし、より男子に近い感性を持つ千夏はストラップ代わりに鞄に引っ掻けておくくらいが関の山だろう。
まぁ、それでも日頃から売上に貢献してくれてる感謝としては十分だと思う。安いが気持ちは込めてるからな。
「二人は仲良いんだね?」
「うん! とっても仲良しさんなんだよ!」
「か、楓ちゃん!? 別に仲悪くは無いけど……とってもとか言われると……ねぇ?」
千夏から「そうでしょ?」との目線が流れてくる。そういう目線を送られてくると、どうしても心がざわついてくる。
――やらなきゃ、と。
「めちゃくちゃ仲良しですっ!」
「すぐにノせられるなっ!!」
「うんうん! やっぱり仲良しなんだよっ」
「はは、はー……」
俺と楓ちゃんは笑顔で。千夏は怒り顔で。スズは困り顔。
四者三様の表情を浮かべて、他にお客様が居ないのを良いことに盛り上がっていく。
流石にいつまでもこのパワフルな女子トークに付いていく余力は無く、俺は先に離脱してレジ裏へと逃げ帰って来た。
(止まらないよね、女子のトークって……)
楓ちゃんは勉強道具を出しただけで一向に進んでいる様子は無く、ちょっと心配だ。
スズは時間が経つにつれて緊張も解けてきたらしく、それは良いけれど仕事は何もしていない。今する事は特に無いんだけど。
千夏はいつも通りただの暇潰し……ここは暇人の溜まり場みたいになってきた気がする。
それを横目にただゲームしているだけの俺。とやかくは言えないけど、母さんは上でドラマでも観てるだろうし……この店は大丈夫なのかとたまに不安になってくる。
「……やはり、こういうキャラも必要か」
画面の中で、主人公をしっかり怒っているキャラが居る。
たぶん俺にも、もうちょっとしっかりしてる人かちゃんと怒ってくれる人が居ないと駄目人間直行コースな気がする。
千夏はなんだかんだ怒らないし、スズはしっかりして無いし、楓ちゃんは可愛いだけだし。
足りてない人材は怒ってくれる人だと、今になって気付いた。
決して怒られたい訳じゃない――ただまぁ、怒られるならジト目で罵倒する感じを希望する――が、とりあえず怒ってくれる人が必要な気がする。
鳳千歳はイイ線言っているけど人を怒るとなると厳しそうだし、楼王院麗華は基本的に笑ってしか居ないだろう。ノアちゃんも可愛い担当だしな……。
「無い物ねだりは駄目かぁ……やっぱり」
「椋一、なにブツブツ言ってんのよ? あぁ、またゲームなのね」
「あっ……そうだ」
「ん?」
「机の引き出しの一番上にさ、ケンゾーと遊びに行った時に千夏に買ってきた物があるから」
「なになにぃ~? プレゼント~?」
「まぁ、新名さんにツインテールをして貰おうとして買ってきた物の……ついでに? ついでで悪いけどな」
千夏は一言「ツンデレね」と的外れな言葉を残して俺の部屋へと向かった。
普通なら『ついで』という言葉で良い気分にはならないだろうけど、千夏の為では無い時に例え嘘でもそうだとは言えない。千夏も俺に悪気が無いと分かってるだろうし、俺も千夏が分かってくれていると信じている。
メールやチャットでは無い生の声、言葉、口調ならば、相手を怒らせるつもりが無いことくらい読み取れる。幼馴染だからな。
――タンタンタンと階段を降りてくる音がする。どうやら、もう取ってきたらしい。
驚くか、困るか、はたまた喜ぶか。
簡単な気持ちであるとしても、人に贈り物をしたら反応が気になってくる。
「椋一? これ、間違ってない? 間違ってると思うわよ?」
お店の人に包んで貰った袋を持って、千夏が戻って来た。
どうやら困惑している様子だ。間違っていると千夏は言っているが、包みを見る限り間違ってはいない。中身はピンク色のシュシュだ。
やはり喜んで貰うのが一番良かったけれど、これはこれで新鮮な反応と受け取っておくか。
「間違って無いよ。千夏に似合う……かは分からないけど、千夏に買ってきたやつだ」
「そ、そう? そう……なの? ふーん……そうなんだ」
「ちなみに、俺に使い道は無いから返品は受け付けてないぞ?」
「ふふっ。ありがたく貰っておく!」
「あれ、意外とすんなり受け取るんだな? もっと文句があると思ってたけど? 『せっかくならもっとイイ物にしなさいよっ』みたいな」
「そう……椋一には普段のアタシがそう見えてる……訳ね?」
あ、やばい……やぶ蛇だ。
ゲームをしながら冷や汗を掻く俺に顔を近付けて、千夏が威圧感を出してくる。何故に女子の笑顔には可愛いと怖いが同居しているのだろうか。
今はとてもじゃないが振り向けない……このまま黙ってやり過ごすしかない。暗雲が立ち込めてしまった時は、沈黙が金だと思う。
思うのだが……そんな胆力が俺には無かったらしい。割りとすぐに屈してしまい「すまん」と一言だけボソッと口からこぼれ出てしまった。
「よろしい。今度、私も椋一に何か買ってあげるわね! ふふふ……」
「あははー……そりゃ、ありがたく」
――誰か助けてくれぇ! お願いですからぁ!
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)




