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よろしくお願いしますぅ~!
少し長め
「あら、可愛いわねやっぱり! 息子じゃなくて娘だったかぁー」
スポンジケーキの焼き時間待ちなのか、店のテーブルに腰掛けていた母さんが、スズに近寄ってあちこち触れながら褒め称えている。
ただ、スズの喫茶スタイルを見た母さんの反応は、やや息子を傷付けた。
確かにお客ウケするのは圧倒的に女の子店員だろうと、客観的に見れてしまう自分が悲しい。納得してしまうから、反論する気にもならない。
「母さん、スズにいろいろ教えてくるからケーキ作っておいてよ?」
「はいはい。スズちゃん、なんにも気負わなくて良いからね」
「ありがとうございます。なるべく早く仕事を覚えられるようにしますね!」
「ふむふむ。なるほど……愛想は完璧だな」
「――ふんっ!」
「ンベッ!?」
笑顔のスズに脇腹をド突かれる。痛い。
脇腹を撫でながら、とりあえずはレジを教えようと移動した。
ウチのレジは簡単だ。お持ち帰りのお客様はショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキのどれかを買うだけだから、値段と数を確認して打ち込めは良いだけである。
カフェや夜メニューを利用するお客様のお会計も、伝票を見ながら打ち込めば良いし……値段を忘れてしまってもレジ横の小さい値段表を確認すれば問題が無い。
「とりあえずポンポンポンと値段を直接打って、小計ボタンを押すと合計金額が出るので」
「ふむふむ」
「それをお客様に伝えて、お客様からお金を受け取ったら次はその金額を打ち込んで、コッチのボタンを押すと……」
ガシャンと、お金が入っている部分が開く。
「――で、お釣があるなら渡して『ありがとうございましたー』で見送る。……オーケー?」
「何度か練習させて貰っても良い? 物覚えは悪く無いと思うんだけど……やっぱりやるなら完璧にしときたいじゃない?」
「まぁ、完璧に出来たら素晴らしいけどさ。失敗しても最初なら怒らないぞ?」
「そりゃ、ありがたい話ね。でも、嫌々働くとしても働くなら完璧にしたいのよ、あたしは」
思った通り仕事に対してはルーズだが、思ったより仕事に関してはストイックらしい。
それならば……やる気が無いと予想してゆっくり教えていく予定だったが、詰め込んで何度も繰り返してやって貰った方が本人の伸び代を考えると良いかもしれない。
難しい作業は調理の方だから、接客ならスズだってすぐ覚えられるだろう。
慣れるまで対人に緊張はするかもしれないが、迷惑な客はそうそう来ないし「いらっしゃいませ」と「ありがとうございましたー」と「かしこまりましたー」さえ使いこなしていれば大抵はなんとかなるからな。
「じゃあ、俺がお客をやるから練習してみるか」
「お願い」
まずはお持ち帰りパターンを試してみる事にした。
雰囲気を出す為に店を出て、来店した所から始める。コホン。
――カランコロン。
「あらぁ~、このお店は三種類しかケーキを置いてないのぉ~やだわぁ~、もぅ~、やだわぁ~」
「何よそのキャラッッ――!?」
「ちょっとぉ! 客に対してその態度はなんなのっ!? 責任者出しなさいよ!」
「あんたのその熱量はどこから来るの!? もっと普通の人やってくれない!?」
これは、『何となくカフェを見付けたから入って来たマダム』のイメージだ。
実際にそんな客が来たことはないが、このくらいパンチのある客の方が慣れる為には良いと思ったのに。どうやら不評みたいだ。
言われた通り次からは普通の人をやるけど……緊急時の対応力は△としておこう。
二十分程の練習をして、徐々にぎこちない動きも少なくなったところで次に移った。
次は、伝票の書き方と席番号の記憶だ。
手書きの伝票だから、なるべく綺麗に書いて欲しい。それは、調理担当の俺の為にもレジを打つスズ自身の為にも。
席順を覚えるのも、伝票に書く欄があって運び間違いを無くすため。ただ、基本的に埋まる程では無いし間違える事は少ないと思うけど。
「はい! これ、四番テーブルに」
「えっと……あそこね」
「じゃあ、次は十二番テーブル」
「それは……いち、に、さん……あっちね」
時計回りに数え、間違えずに答えるスズ。これも慣れの問題だから大丈夫だろう。はい、次。
「ケーキを頼まれたら箱に詰めていくんだけど、家までの時間を聞いて、保冷剤を入れるか判断して。あと、隙間が出ると思うから緩衝材を詰めて……これも練習しとこうか」
「ふぅ……ちょっとアレかも」
「……アレ?」
「レジ打ち忘れてきたかも」
そうか。うん。完璧とは? と聞きたいが……うん。少しずつ覚えていけば良いさ。
「俺も一回で全部は覚えられ無かったし……まぁ、何回も繰り返せば覚えますよ」
「開店時間って何時だっけ?」
「十時だぞ」
時計を見ると既に九時を回っており、着々と時間は迫っていた。
開店前に小休憩を取ってあげるとして、すると、もう少しレジの練習をするとして……ここからは大まかな流れを教えておかないといけない。
「時間が足りないわね……もう少し早く来れば良かったわね」
「どうせそんなに客は来ないだろうし、今日は近くに居て補助するから」
「なに先輩ぶっちゃってんのよ……」
「先輩ですけどっ!?」
素直に説明を受けていると思っていたのだが、心の中では俺を下に見ているのかもしれない。別にどう思おうと良いけど。
とりあえずレジのポンポンポンをもう一度やり直して、いい時間になったタイミングで休憩を取る事にした。
テーブルに腰掛けて、休んで貰う。その間に俺は、軽くホウキで掃き掃除をし始める。
母さんの作っていたケーキ三種類も完成して、ショーケースに入れられていく。それを、スズはジッと見詰めていた。
何か気になる所があるというよりは、ただ……仕事のひとつを見て覚え様としている感じだろうか。
「スズちゃん、何か気になる?」
「あ、いえ……美味しそうだと」
「ふふっ、レシピ通りだから可もなく不可も無くよ」
「あたしは料理したこと無いし、作れるだけで凄いと思います」
「大丈夫よ。スズちゃんもすぐに覚えられるわ! 椋一もすぐ覚えたしね」
今度は俺の方をジッと見てくるスズ。ちょっとだけ敵意が混じっている気がした。
俺がすぐ覚えたという事が気に食わないのかもしれない。すぐ覚えたというよりは、ちゃんとレシピ通りにやっているだけの話だ。むしろ、レシピ通りにしかやって無い。
「時間がある時なら、教えてやれるけど?」
「癪ゥ!」
「どんな言われようだ……」
「ふんっ。全てにおいてリョウに勝っとかないと何か落ち着かないのよ」
それが活力に変わるなら何も言うまい。ただ、それに託つけて何でも目の敵にされたんじゃ面倒臭い。
それならまだ、俺が追い抜かされて勝ち誇られていた方が、ムカつくかもしれないがマシと思える。
なるべく早く負けよう……じゃなくて、勝って貰える様に頑張って貰わないとな。
――あっという間に休憩時間は過ぎ、開店時間となった。
「ほら、来るぞ」
「……来る?」
「お前の初めてのお客様に相応しい人が、な?」
「…………??」
ピンと来ていない様子のスズだが、開店時間と共に店のドアが開かれてお客様がいらっしゃった。
開店時間に来る珍しいお客様は一人しか居ない。――我らが楓ちゃんだ。
「りょーいち君! お土産を持ってきたよ!」
「ほら、ス……新名さん」
「は、はひっ! ……ひらっしゃい! ませ!」
ちゃんと発音出来てない上に、声が上擦っていた。
これが楓ちゃんを目の前にした時の楓ちゃんを愛でる会の反応だとすると、相当に面白い。
「りょーいち君、その可愛い子はどなたなの? 何か見たこともある気がするんだけどぉ……」
「ウチの新しいバイトですよ。母さんと仲良い人の娘で……同じ学校の同じクラスなんで、見掛けた事くらいあるんじゃないですか?」
「なるほど! ふむふむ、じゃあさ! 私の後輩にもなるわけだよね?」
「えぇ、まぁ……ソウデスネ。新名さんには今日から働いて貰ってるので、楓ちゃんからもいろいろと店の事を教えてあげてください」
「あーっ、またすぐ楓ちゃんって言うんだから! でも、そういう事なら任せて! なんたって私は常連だからねっ」
挨拶代わりの軽いトークをして、ゴールデンウィーク中も特に変わりない事を確認しあう。
隣からブツブツと小声で何か聞こえてくるが、キモいので放置しておこう。
「ごめんね楓ちゃん。じゃあ、いつもの席にどうぞ」
「りょーいち君はそろそろちゃんと反省してっ! あと、これ! お土産だよ」
楓ちゃんから紙袋を受け取る。中身は旅行先で売っていたお菓子が数種類入っていた。
今日楓ちゃんが来たのは偶然ではない。実は、スズへのサプライズとして密かに呼んでいたのだ。楓ちゃんには「お知らせがあるので」と伝えてきて貰っていた。
お知らせとは勿論、新しいバイトであるスズの事だが……。
「か、楓様がこんなに近くに……しかも同じ空気を吸って……」
「スズー、そろそろ戻ってこーい!」
「……はっ!? リョウ、大変だ、ヤバいヤバい」
「驚いた? ま、驚かせようと思って呼んだんだけどな」
「驚くよ? そりゃ、驚くよ? 楓様だもん。でもね、そのせいでね……さっき教えて貰った事、全部……全部……頭の中から吹っ飛んだ……」
サプライズが何一つ上手くいっていない。それどころかマイナスになった。
シュシュはちゃんと使って貰えないし、楓ちゃんの件は驚きの余り記憶を飛ばすし……俺のサプライズ能力が低すぎるのだろうか。
「……仕方ない。とりあえず俺が楓ちゃんの対応をするから、隣で見といて」
「わ、分かった。ちゃんと見てる」
「……楓ちゃんを、じゃないぞ?」
「いや、あたしに見るつもりは無くても、自然と引き寄せられるんだからそれは仕方なくない? だって楓様が居るんだよ? 普通に考えたら見ない訳ないよね? むしろ見るのが自然であって、見ない様にするのはとても失礼なんじゃないかって思う。だってこんなに可愛いのにさ、ちょっとヤバ……今までは遠巻きに見てたから平気だったけど、この距離でもう心臓が跳ね上がってる。分かる。自分の鼓動が分かる。はぁ~、二次元に行きたいって言う人の気持ちも理解出来ない訳じゃないけど、やはり楓様の存在しているこの三次元があたしは良い~。あー、も、あーっ…………――敬愛」
ちょっとどころか、まったくもって何を言ってるか分かんない。楓ちゃんが来る店なのに、楓ちゃんを愛でる会の人間を雇うのがそもそも無謀だったのかもしれない。
少しテンションが上がる……ぐらいだと思っていたが、結果としてスズはおかしくなった。恍惚とした表情で、両手を頬に添えて乙女モード全開みたいな感じになっている。
「うん……そこそこキモいな」
「――フンッ!」
「――グハッ!?」
聴力は失われていないらしい……きっと、楓ちゃんの声を聞き逃さない様に発達しているか知らないけどそれも含めてキモい。
またしても殴られた脇腹を撫でながら、俺は楓ちゃんの座っている席へ向かった。
「叩かれてたけど大丈夫?」
「えぇ、まぁ……あの子は恥ずかしがり屋なもんで。それで、今日は……」
「いつものをお願い!」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
ただ突っ立ってるスズを正気に戻す為にも、俺はスズを連れて調理場へと向かう。
途中で休憩中の母さんに楓ちゃんからのお土産を渡して、後で三時のおやつ時に出してくれと頼んでおいた。
まずは楓ちゃんのいつものメニューを用意しなければいけないが、ポンコツ化したスズもどうにかしなければならない。
人が一人増えるだけでスムーズになる事と、スムーズには進まなくなる事があるのだと、ちょっとだけ勉強した。
◇◇
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