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よろしくお願いします!
「……来たか」
「まぁ……なんていうの? その、今日からお世話になる」
ドアを開けて入ってきた無愛想な少女――新名鈴乃。通称スズ。
相対するのエプロン姿の少年こと俺――北上椋一。通称リョウ。
スズなりに丁寧に接するつもりがあるのだろうけど……俺に対して思うところがあるのか、言葉も顔も愛想が足りない。
ただ、落ち着きのあるカジュアルな装いが見た目と相まって、そのビジュアルのレベルが高い。本当に同級生かと疑ってしまう。
顔面偏差値の違いに、親族というのは未だに半信半疑……いや嘘とすら思っている。
「よろしく。で……その荷物は?」
俺の問い掛けに、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔をスズが決めてくる。
スズの肩から下げているバッグは少しだけ膨らんでいた。女の子の私物はコンパクトな物が多いと思っていただけに、その中身の想像がつかない。
「ほら、持って。ちょっと重いのよ」
「――うぐっ。ちょっとの重さじゃないぞ? おま……スズ、仕事場に何持って来てんの?」
「いや、リョウが暇って言うから……その、暇潰し道具? ほら! 毎回ゲームとか持ってくるくらいなら、最初に持って来ちゃえば良いじゃない?」
バッグの中身は分かった。どうりで重いはずだ……。
面倒事を最初に終わらせておく考え方は嫌いじゃない。
たしかに暇な時は暇だし、趣味をする時間はある。でもそれは、ある程度の作業をやれる様になってからだし、ことスズに関しては、友里乃さんからの言伝てがあるから最初の内は無理だと思う。
『ごめんねぇ、僕くん。簡単でいいからウチのスズちゃんに料理を覚えさせてあげて』――と言われているからな。
喫茶店に関して覚える事に加えて料理。家事初心者のスズにはゲームしている余裕はきっと無い。
「それで……俺の部屋に置いておけ、と?」
「そーゆーこと。話が早くて助かる」
「先に言っておくが、今日はいろいろ覚えて貰うから遊んでる暇とか無いぞ?」
遊ぶ時間が無いと知ってガッカリするかと思いきや、意外にも表情に変化は出ていない。
むしろ、分かっていると言わんばかりに平然としていた。
「ま、それくらい覚悟してるし。それより、リョウの方こそ覚悟は出来てんの?」
(……え、な、何に!?)
――どうなの? と面と向かって問われても、頭の中に浮かぶものは何もなかった。
何か覚悟しておく必要があった事を探っても、思い当たるナニかは出てこない。
まずはちゃんと覚悟を持って来てくれている事を褒めるべきなのだろうが、その褒める側である俺に覚悟が足りてないと褒めるに褒めれない。
何かしらの覚悟を持っていな奴が褒めても、きっとスズは冷めるだけだろう。
そして何より、覚悟が無いとか思われたら男としても格好が付かない。
いきなり『覚悟』という、難しくてはた迷惑な質問が早速やって来た訳だが……残念な事に、いつも通りのんびりとしたリズムでやっていこうと思っていたから、何もピンッと来ない。
(ひとつ挙げるとするなら……スズのミスした事の責任は全部俺にあるということだ。お客様に頭を下げる回数を覚悟しろと言われてるのだろうか?)
もう分かんないし、とりあえずソレを覚悟として乗り切る事にした。これだけはハッキリと言える――もう、考えるのが面倒になってきた。
今は自分なりの神妙な顔付きで時間を稼いでいるがもう限界が近いし、新しく何か覚悟する内容も思い付かない。
例え、間違っていても覚悟は覚悟のはずだ――スズのミスは俺が責任を取る。バイトリーダーとして、それなりに立派な覚悟には違いない。
「スズ、あまり舐めてくれるなよ。覚悟ならとっくに出来てるッ!」
「そ、良かった。あたしみたいなのは面倒なタイプでしょうけど、頑張れる様に頑張りなさいよ?」
…………ん? 今の、日本語的に正しかったか?
俺の耳がおかしくなったのか、嘘みたいに他力本願で受動的な言葉が聞こえた気がした。
それはまるで、美しい花に「私が育つも枯れるも、全てはあなた次第よ?」と脅されているみたいであり、母さんに「最近太ったのは椋一の責任だから、これからは痩せる食事を用意して」と言われた時みたいでもある変な感覚。
何故か、関係ありそうで無い部分の責任の一端を背負わされているという不思議な感覚。
スズから想像してたより倍以上の責任が重くのし掛かって来たっぽくて、ちょっと怖い。
自分からは何もしない可能性を示唆している気がして、一抹の不安が残るけど……ただ、俺の頑張り次第でスズも頑張るという一縷の望みがあるようにも思える。
「……面倒という自覚はあるんだな」
「勘違いしないで。リョウには迷惑は掛けるだろうから、あえて謙った言い方をしただけ。普段はもっと上手く生きてるつもり」
「そ、そうか……。とりあえずさ、俺達は今日から同じ店の仲間になるだろ? だから母さんにも、もちろん俺にも、迷惑を掛けてくれて構わないから」
「……アハハッ! なに、リョウのくせに格好付けちゃってんのよ! ま、そこまで言うなら……迷惑は全部リョウに掛けてやるから楽しみにしてなさい!」
初仕事に対する緊張もあまり無いようで、そこは安心した。
「あら、スズちゃん! いらっしゃい」
「よろしくお願いします、恵里さん」
「うふふ、今は店長と呼んでちょうだい?」
「店長……はい、分かりました! じゃあ、ちょっと荷物置いてきますね!」
「やっぱり女の子が居ると良いわねぇ~。椋一、スズちゃんの着替えが置いてある場所は?」
「大丈夫、知ってるよ」
スズを連れて、荷物と共に俺の部屋へと移動する。
その途中で、家のトイレや冷蔵庫に軽く話しておいた。
店のトイレはあくまでお客様用として、従業員用とは別にしている。というかまぁ、家のトイレなだけだけど。
二階は、寝るための自分部屋、リビング、空き部屋、風呂とトイレがあるくらいで、食事も基本的に喫茶店スペースで食べる事が多い。
「……で、ここが俺の部屋」
「ほへ~」
スズはあちこち視線を向けて、家の中を見渡していた。
初めて訪れる家の中を、キョロキョロと見てしまう気持ちはよく分かる。
自分の家とは違うセンスの物があったりして、珍しくて飽きない。ただ、自分の家とは違う家具の配置で、飽きないが落ち着かなくなったり……スズも今はそんな気分かもしれない。
「とりあえず入ってどうぞ?」
「ちょ、ちょっとリョウ? ……女の子を部屋に入れるのに抵抗とか無いの?」
「――まったく無い。……と言えば嘘になるが、千夏が勝手に居る時もあるし、特に見られて困る様な物も(千夏に撤去されて)無いから平気だ」
気持ち的に、自分の部屋へと招く方がマシだ。
招かれた方がいろいろと緊張する気がする。
そういう意味でも、自分の立場がちょっと下という状態が、実は一番ラクで一番自分のベストな状態でいられるのではないかと最近は思っている。
(千夏はノーカウントとして……女の子の部屋に招かれた事とかないな。ある人とか羨ましいぃぃ!)
ただ、女子の部屋に入る事になれば、そのだいぶ以前から緊張するだろうし、そしたら顔に出るだろうし……すると「え? なに期待してんの?」とか冷めた視線と共に言われるに違いない。
精神が一撃で粉々になりかねない程、男子からすれば同年代の女子からの言葉というのは強烈なものだ。
だから、やっぱ(部屋に来て貰う方が気持ち的には気楽だ。さすがに好き勝手漁られたりすると、相手を変な奴と認定するけどね。
「あたし、自分の部屋に他人とか無理だわ……」
「……ナルホドー潔癖ナンダナー」
「汚いからですケド。こいつ分かってて……女子に言わせるなっての!」
「ごめんごめん。とりあえず荷物はベッドの下に置いておくから。あとは……ほれ、これが着替え」
ワイシャツと膝下まである黒のフォーマルスカート、それとモスグリーン色の腰から足までのエプロンをスズに渡す。
これは母さんが用意していた物であり、俺の趣味嗜好は入っていない。
母さんの趣味はとても良くて、流石のセンスだ。きっとスズはバッチリ着こなすだろう。
だから本来は、余計な物のかも知れない。付け足さなくとも十分なのかもしれない。
「それと、ついでにこれ。着けてくれると店が華やぐ」
「これって……」
最悪、要らないと言われる覚悟で、俺はポケットに忍ばせていたスズの為に買ってきた物を渡した。
どんな服装だろうと、スズには似合うだろうと思って――趣味が九割を占めるけれど――シュシュを買ってきたのだ。
渡すのは俺の勝手。だから、着けるかどうかもスズの勝手。それくらいは弁えているつもりだ。
「着替えたら、教えてくれ」
返事を聞く前に部屋を出てドアを閉めた。部屋の前でスズの着替えが完了するのをしばらく待つ。
そして少しして――部屋からスズがおそるおそる出てきた。その腕の中にウサギのぬいぐるみが抱かれていた。
「それ……」
「ちゃんと持っててくれたんだ?」
「スズは覚えてたのか、それ」
「もちろんよ。たしか、あの日――」
スズが視線を明後日に向け、過去を振り返り始めた。
『りょういちくん。あのね、ぬいぐるみ、交換しよう? そしたら、遠くに居ても一緒でしょ?』
『うん、すずのちゃんとぬいぐるみ交換したい!』
たぶん。たぶんだけれど、スズは思い出を捏造しているのではないかと思う。人は過去を美化しがちだからな。
どういう記憶を振り返っているのかは分からないが、あれは良い思い出なんかでは決して無い――。
『ねぇ、いとこ。あんたのぬいぐるみも中々に良いわね! あたしのと交換してあげるっ!』
『えぇ……別にいいよぉ……』
『あたしが、この大切なウサギちゃんを交換してあげるって言ってるんだけど!』
『あぁ……取らないでよ、返してよぉ!』
『じゃあ、あたしを捕まえられたら返してあげるぅー! 逃げろぉー』
…………だいぶ苛められてるな、昔の自分。
これが新名鈴乃との最初の思い出となる。そりゃ、ぬいぐるみも封印したくなるくらいの忘れたい記憶だ。
今となっては受け入れられるというか、気にしてない過去ではあるけど……ぬいぐるみは要らないかな。返そうと思って机の上に置いていたのを忘れていた。
「それ、返すぞ?」
「なに言ってんの? これはあんたのなんだからあんたが持ってなさいよ」
「言おうと思ってたけどさ、このぬいぐるみを持ってた過去のスズ……センス無いよな?」
「はぁ? あんたこそ芸術的な感性が無いんじゃない? 可愛いでしょうよ。この顔とかバランスとか」
「(現在進行形でセンス無い!?)……分からんなぁ」
ぬいぐるみをスズが丁寧に机の上に戻した。
俺の感性じゃ怖い部類のぬいぐるみだし要らない。出来れば持って帰って欲しかったのだが、机に置かれたぬいぐるみに罪は無いから捨てはしないけど……。
誰か次の預り人が現れるまで喫茶店に置き場を移して飾っておこうかな。
スズが部屋から出てきて、ドアを閉める。
着替え終わったスズを改めて見てみると……言葉は上手く出てこないが、やはり美人でスタイルが良いと服はある程度似合うらしい。
「視線がやらしいわね……サイズは丁度良かったけど、似合う?」
「そ、そんなネットリは見てないぞっ! コホン……なんというか、美人は何しても美人なんだと再確認した」
「あら、素直じゃない?」
「褒める時は褒めるし、貶す時は貶すさ。俺は割りと素直だからな!」
自分でもひねくれた性格をしているとは思ってない。むしろ、思った事は素直に伝えるタイプだ。
……思った事を口に出さない事が結構多いから、伝えるタイプでは無いかもしれないけど素直なのは素直なはずだ。たぶん!
(まぁ……とりあえずサイズがピッタリなのも含め、本当に褒める相手は母さんかもな。これ以上無いというくらいに、スズにピッタリの制服だし)
一目で「ア、コノヒトゼッタイ喫茶店ノ店員ダー」と分かる服だし、男性客は二度見くらい普通にしてきそうだ。
ただ、髪型はゆるふわロングのままだ。一応、手首あたりに腕輪の様にしてシュシュを使ってくれてはいる……けど、やはり髪を結んで欲しかった側としてはちょっとだけ残念だ。
「そ。まぁ、褒めても何も出ないけどねっ。接客するのに変じゃ無いならそれで良いわ」
「やる気くらいは出ると踏んだんだが……何も出ないのか」
「ふふっ。まぁ、ちょっとだけ気は引き締まったかな」
「そっか。なら早速……仕事に行きますか!」
女子のエプロン姿に少しトキメキを感じつつも、オンオフの切り替えはしっかりと守っていく。これが意外と、働く上ではそこそこ大事なことだ。
ということで、ここからは仕事モード。一階へと戻り、スズに仕事を教えていくとする――。
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