④
「お待たせしました。ホットケーキです」
「わぁ~っ! とっても美味しそうなんだよ!」
皿は二つ、三枚のホットケーキがそれぞれ乗っている。俺と、楓ちゃんの分だ。
身体は小さいのに、甘い物はペロッと食べきる楓ちゃんである。
どうアレンジしようかと考えたのだが、可愛いイラストを描いてあげるみたいな……考えれば考える程、楓ちゃんがプンスカする様なアイデアしか思い浮かばなかった。
だから、バターとメイプルシロップ、絞り袋に入れた苺クリーム、抹茶クリーム、普通の生クリームと複数のアレンジを用意してきた。
自分でデコレーションしながら食べるという楽しさ、楓ちゃんにピッタリな感じだろうしな。
「う~ん……どれからいくか悩んじゃいますなぁ~」
「冷めたら美味しさ半減ですよ」
「わ、分かってるよ!」
うーん、うーん……と悩んだ楓ちゃんが最初に手に取ったのはバターとメイプルシロップで、一番上のホットケーキへたっぷりと塗りたくっていた。
俺は抹茶の生クリームをチョイスして、ケーキのデコレーションの様に円形の縁にちょこんちょこんと乗せていった。
ふんわりと焼けているホットケーキにナイフを通し、一口サイズに切って口へと運ぶ。抹茶の風味が丁度良い具合で、自分用に持ってきたカフェオレとも良く合う。
「ん~~っ! りょーいち君は凄いなぁ、とっても美味しいんだよ」
「お口に合った様でなによりです。まぁ、慣れれば誰でも作れますよ」
謙遜でも何でもなく、レシピ通りに作れば同じ味を作り出せるはずである。好みの焼き加減、砂糖や牛乳の量があるとは思うが、ホットケーキにそれほど難しい工程は無いのだから。
「そうだりょーいち君! もう二年生だから香華瑠に行くんだよね?」
「えぇ、まぁ。せっかくだし行こうと思ってますよ。楓ちゃんも去年行ったんですよね?」
行くか行かないかは自由。学校に残って自習を選ぶとしても、それは何度か訪れてからでも遅くないと思っている。
「うん! 凄い学校だったよ! 驚きが減っちゃうから詳しい事は内緒にしておいてあげるね」
「そりゃどうも……。あ、そうだ。楓ちゃんの時も校長先生からのお達しはあったんですか?」
「あー、あれはねぇ……良くないよ~、良くないんだよぉ? 本物のお嬢様には冗談が通じないからね? りょーいち君も変な事をしない様に気を付けるんだよ? 男子は盛り上がっちゃうみたいだけど……」
「なるほど」
楓ちゃんの学年にも、問題にならない程度だが、何かやらかした人が居たのだろう。
退学者が出たという話は噂でも聞いていないし、大事にはなっていないのだろうが……気を抜かない方が良さそうだ。
相手はお嬢様である。普段から接している人達とは育ってきた環境が違い過ぎるという事を、決して忘れてはいけない。
「まぁ、りょーいち君なら大丈夫だよね! お姉さんお墨付きの良い子なんだからっ」
「あははー……それはしっかりしないとですね」
口元に生クリームを付けた楓ちゃんがお姉さん、というのは少々どころか……かなり無理がある。
楓ちゃんがお姉さん振りたいのは今に始まった事では無いし、ツッコミは入れないでおこう。
(でもまぁ、楓ちゃんの期待は裏切ると罪悪感がスゴいからな。あまり下手な事は出来ない。ションボリさせたく無いし)
本人が気付いてないから代わりに、楓ちゃんの口元をテーブルに置いてあるペーパーナプキンで拭き取ってあげる。
「ん……ありがと! りょーいち君も後輩としての自覚がちゃんと出来てきたみたいだね!!」
「楓ちゃん……先輩としてのプライドとか大丈夫なんですか?」
あんな子供を相手にする様な行動を取ったのに、怒るどころかお礼を言ってくる辺り、楓ちゃんはやはりお姉さんになれないと思う。
楓ちゃんよりも下である俺達の学年でも、楓ちゃんに手を出そうものなら女子からの冷ややかな目が絶えなくなる……という話が出回っている。
ケンゾーから聞いた情報だが『楓ちゃんを愛でる会』というものが全学年を通して密かに存在しているとか、いないとか……。
だからもう自称なのだ。楓ちゃんが言う『先輩』や『お姉さん』という言葉は。
どれだけ楓ちゃんが歳上であろうとしても、俺を含めて楓ちゃん以外の人間が、みんな楓ちゃんを子供としてしか扱っていない。
「もぐもぐ……何も誇らなくたって、私がお姉さんという事実は変わらないのだよ。それよりも……年下の男の子が作るスイーツがこんなに美味い方が、女子的には問題なんだよなぁー」
「楓ちゃんは食べる専門で良いと思いますよ」
美味しいと言いながら食べてくれる姿に、作った側は満足してしまう。楓ちゃんにはそんな魅力があるのだ。
もはや、これは餌付けと言っても良いかもしれない。楓ちゃんにスイーツを出す瞬間、まるで懐かれた小動物のお世話をしている様な気分になるのだから。
楓ちゃんには、このままずっと何かを食べていて欲しいとさえ思ってしまう。
「そうかなぁー? でも、食べ過ぎると太っちゃうんだよねぇ」
「楓ちゃんも体型とか気にするんですね? 少し意外です」
「あーっ! それは減点だよりょーいち君!! お姉さんだって女の子なんだから気を使って欲しいところなんだよ? カロリーはいつだって女の子の敵なんだからね!」
その割りには、よく店に来ては甘い物を摂取して帰る気がするのだが……今だってかなり高カロリーな物を食べてしまっているけど、それは大丈夫なのだろうか?
ただ俺は、楓ちゃんと知り合ってから今日まで、楓ちゃんのシルエットが変わっているとは思っていない。
当然、横(幅)もだが、残念な事に上(高さ)もだ。
「――フッ。男子は女子の『太った』発言に対する最適解を、未だに見付けられていないんですよ。でも、傷付けたならゴメンね楓ちゃん」
楓ちゃんに軽く謝って、再度楓ちゃんの体躯を勝手に見させて貰う。
楓ちゃんと出会ったのは去年だが、やはりそこから体型が変わっているとは思えない。
もしかしたら、見えないところでダイエットを頑張っていたのかもしれない。楓ちゃんがランニングとかしている姿は、あまり想像付かないけど……。
男子からすると、多少の変化は気にならないというか、気にしない部分だ。でも、女子にとっては大事な部分であり、だからこそ変化に気付かない相手に怒ったりするのだろう。
(あれだな、ゲームでもツンデレ属性は特にそうだよなぁ。些細な変化や感情の機微に気付けないといけない。おや……これはもしや? 女子の基盤となる性質はツンデレというコトになる?)
全員が全員ツンデレだとしたら……気苦労が凄そうだ。
女子ももっと分かりやすい方が、世の男子達からするとありがたいだろう。俺がこう思うという事は、女子側もおそらく、男子がもっと察してくれれば……なんて考えているのかもしれない。
(まぁ……いいか。今はそんなこと)
どうでも良いことはすぐに頭から切り替えて、女子の『太った』に対する返しについて少し考えてみる。
見れば分かるくらいに体型が変わっていたら、流石に正解となる返す言葉は見付かるだろう。というかその場合、体型については触れない。
だが、ほとんどの場合は、パッと見たぐらいでは判断つかない程度での問いになる。もしくは呟きが急に降りかかってくる。
そんな女子に対して「そんな事ないよ?」は、更に面倒臭い会話に繋がるだけ。……千夏で何回か体験済みだからそう言える。
例えば――。
『太ったかもぉ~』
『ううん、そんな事無いよ。全然細いじゃ~ん』
『いや、でもぉ~、最近食べ過ぎっていうかぁ~』
『え~、食べてるのにその体型なのぉ? うらやま~』
……そういう会話を楽しみたいだけなら、最初から冗談チックに話して欲しいと思う。
しかし、難しいのが……相手が冗談で始めたとしても二言目に「たしかに」と肯定してしまった瞬間、空気がピリッとする事だ。
――これが、男が面倒と思う部分であり、女子にとっては必要な部分なのだろう。
楓ちゃんすら些細な一言を気にするお年頃ならば、他の同年代はもっと気にしている事だろう。
やはり……これを言っておけばセーフという答えは、まだ見付かりそうに無い。
「でも、難しいですよね。理想の体型が男女で違いますし。世の中には太ってる方が良い、って人も居ますし」
「そうかもしれないけど、りょーいち君。間違ってもお嬢様に失礼な事を言っちゃメだよ! 太ってるなんて言えば……ストイックに痩せようとするか、男子に言われたショックで寝込んじゃうからね!」
「マジですか……覚えておきます」
「うんうん! 年頃の女の子の事で困ったら、いつでもお姉さんに相談しなね!」
いつの間にか、ホットケーキを半分以上食べている楓ちゃん。そこに追い付く様に俺も食べ進めた。
そして、お昼を少し過ぎた頃。満足した顔をして、楓ちゃんはトコトコと歩いて帰っていった。
(よし、片付けて……今日は早めに夜メニューの準備に取り掛かるか! 学校からの課題も無いしな)
俺は食器を流しへと運び、制服を着替えに部屋へと戻った。
今日が特別なだけであり、平日はもっと時間に追われている。学校が終わって夕方に帰ってくると、着替えてからすぐに夜メニューの準備に取り掛かる。
お客様は多くないとはいえ、こちらも人手が少ない。と言うか、母さんが接客ばかりする為に俺が調理場で準備をしなければいけない状況だ。
だからこそ、早めの準備が可能ならそうするのが自分の為にも一番良い。
基本的に、夜の八時にラストオーダーで九時には店が閉まる。その辺はお客様の状況を見て早まる事もあるが、だいたいは同じ時間に店は閉める。
ただ、その後の片付けやら明日の準備で、本当に終わるのは九時三〇分ぐらいになってしまう。空いてる時間にちょくちょく片付けをしていても、その時間だ。
飲食店であるが故に、片付けにも気を付けていかないいけない。品質管理の面で、いろいろと厳しくやっていかないとすぐに潰れてしまうからな。
母さんと二人、どちらが負担を多く背負わないといけないかなんて、わざわざ言う必要は無いだろう。
だから、学校からの課題はお客様からの注文が無く、食器の片付けも無い暇な隙間時間でちょこちょこと進めている。そういう工夫……というか、効率良く動かなければ自分の時間というのが減る一方で、趣味に興じれなくなってしまう。
効率の悪さは、早寝早起きで学校もある俺にとって死活問題となっていく。ゲームの時間の確保……本当に死活問題だ。
「椋一~、お母さんちょっと買い物に行ってくるから、お店見といて~」
「あーい」
さて、着替えてさっさと降りていきますかね。客は片手で数える程度しか居ないし、とても平和だけど。
◇◇
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)