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よろしくお願いします!
「それで椋一よ、何を買うんだ?」
「マグカップとタオルと歯ブラシは必需と書いてあるな」
ポケットに入れていた、母さんが書いたお買い物リスト。
マグカップは店のコップとは別に個人の物としてあった方が良いだろうし、タオルは水場での仕事をした時とかに必要になる。歯ブラシもまぁ、無いよりはあった方が良いかもしれない。
それ以外にもちょっとした小物がリストには書いてあった。スズの事は関係なく、シンプルに母さんからのお使いみたいな内容ではあるけど。
「なら、雑貨売り場だな」
「案内は頼んだぞ」
ケンゾーの案内でエスカレーターを使って三階まで上がっていく。
全体的にワイワイと賑やかな雰囲気があり、小さい子供達の姿も多く見掛ける。カップルは視界に入れない特殊技術を用いれば、とても平和な休日の光景だ。
ただ、そんな能力がある訳もなく……カップルが寄り添って歩いている姿をチラホラと見掛けると、冗談八割だが、それが歳上であろうと歳下であろうと恨めしく思えてくる。残りの二割は本気の羨ましいと思う気持ちだ。
「ここらが雑貨売場だ」
「ほぉ~、いろいろあるな? こう見てると……オシャレ砂時計とか必要無いけど欲しくなるよな」
無駄遣いは出来ない。それでも、売り物を見ている内に物欲がふつふつと湧いてくる。
木製の食器とか、小さい置物とか。
後ろ髪を引かれる思いだが、とりあえず必需品をカゴに入れて行く。予算をもう少し持ってくれば良かったと、今更ながらに後悔している。
財布にお金が無い訳ではないが、これはこの後のゲーセンやゲームショップで使おうと思って持ってきたお金。
今日という日を満喫させる為にも、ここで使ってしまう訳には行かなかった。雑貨店で欲しい物は記憶して、また暇を見付けて一人で買いに来れば良いだけだからな。
今日はケンゾーとの遊びも兼ねているという事を思えば……お金を使うタイミングはここじゃないと、どうにか諦められる。
「ふむ……この箸置きは文鎮に使えそうだな」
たしかケンゾーは書道部だったな……と思い出す。それほど大きくない箸置きを真剣に見詰める姿は、遊びや冗談とは思えなかった。
熱血漢な部分もあるから忘れがちになるが、ケンゾーは書道を小学生の頃から習っていたと去年の出会った頃に言っていた記憶がある。
野菜をモチーフにした箸置きを、紙を留めておく為の文鎮に使おうとするくらいには変人だが、達筆なのだ。
その実力は、たしか何かしらのコンテストで優秀な成績残したとか聞いた覚えがある。
近寄らないから知らないけど、普段から書道部の使っている教室の外にはケンゾーが書いた作品も飾られてあるらしいし、本当に凄いのだろう。
「真剣な所悪いけどさ、文鎮はちゃんとした物を使うべきだと思うぞ?」
「それがな、椋一よ。とある後輩に『先輩には遊び心が足りてないですっ』と言われたのだ」
「状況は分からないけど……遊びたいなら、墨でその後輩の顔に綺麗な文字で何か書いてあげれば?」
「……なるほどッ!! 人の顔を半紙に見立てる……か。悔しいが、それほどまでのユニークな発想は俺には無かったぞ! 椋一!」
またケンゾーの中で俺の評価が高まったらしい。ユニークな奴として。
物事はちゃんと考えて話さなければ、時として真面目な奴を変な方向に導いてしまうものと、知った。
(まぁ、面白そうだから言い直そうとは思わないがな)
ケンゾーがその後輩と少しでも距離が近付く事を陰ながら祈っておくとするか。
「ま、ここではこのあたりかな」
欲しい物が増える前にレジへと向かって会計を済ませた。受け取った品はすぐにトートバッグに入れて、店の外でケンゾーを待つことにした。
ケンゾーは種類を迷っているみたいで、結局は野菜の箸置きを買うらしい。本当に文鎮として使うのかは分からないけど、だとしたらハイセンス過ぎて他の書道部のメンバーが気を遣うだろう。触れて良い話題か微妙なラインだろうし、絶対に変ではあるし……。
「待たせた。それで、次は何を買うんだ?」
「シュシュだな」
「……シュシュだと? それはあれか? 女子が腕やカバンに着けている」
「そうだ」
「……どっちへの贈り物だ?」
「どっち?」
スズへの買い物の続きだからもちろんスズの為にだが、他の誰のことを言っているんだろうか。
とりあえず、女子中高生が好きそうなファンシーなアイテムのあるお店に案内して貰う。
「ほら、やっぱり喫茶店の店員といえばツインテールは必要不可欠だろ?」
「ツインテールはあざと過ぎないか? 今時、アイドルかメイド喫茶くらいじゃないと見ないと思うぞ? 行ったこと無いから知らぬが」
「はぁ? アイドルとかメイド喫茶って、そりゃ非現実の話だろ? ケンゾーよ」
「現実だがっ!?」
しまった、ナチュラルに間違った。
アイドルもメイドさんもリアルに存在しているものだが、会った事が無いし、例えとして出されても別世界の話かと勘違いしてしまった。
ケンゾーの言う通り、ツインテールに関してはたしかにあざとさ問題がある。子供っぽく見られるし、歳を重ねていくとやらなくなる髪型一位な気がしないでもない。
残念な話だが、ツインテールにする人は少ない。学校の女子生徒も髪を結んだとしても一つ結びが大半である。
二つ結びでパッと思い浮かぶのが、楼王院麗華と休日の楓ちゃんの時点で……もうツインテール規模はお察しだ。
(だが俺は負けない! ツインテールにする人が増えるまでッ!)
心の中でそう誓う。せめてゲームと同じ中高生の五人に一人……ここまでは規模を上げたい所存である。その後はお好きにして貰って構わないけど。
その為の一歩として、やはりスズにはツインテール……もしくは、二つ結びをして貰う必要がある。
アイドルやメイドさんみたいな可愛い人達のツインテールも増えれば良い……とは思うけど、俺がお願いしたとしても髪型を変えれない人達はどうしようも無い。
大人の事情や趣味があるだろうし……何よりそういう人達は、髪型をも自分の個性の一つとして扱っているだろうから素人がアレコレ言ってはいけないだろう。ファンでも無い限りは。
やはり、自分の行動範囲外のプロ達のことは非現実と見ておくべきで、ツインテールを増やす事への期待は出来ない。
――だからこそ、まだ説得の出来そうなただ可愛いだけのスズに、期待するしかない。
「ふむ……だがしかし、何はともあれ椋一が女子へのプレゼントをするとはな」
「なんか、引っ掛かる言い方だな?」
「相手が柏なら驚きはしないが、それ以外となると意外でな」
「そうか? プレゼントする相手が少ないだけで、よく楓ちゃんには新しいお菓子作ったりしてるぞ?」
「それはまた別問題だろうよ。それより大丈夫か? 新名さんが椋一からシュシュを貰ったなんて柏が知れば……」
――想像してみる。
……なるほど、自分だけ何も貰えてないとなれば千夏は怒るかもしれない。ズルい! と言って地団駄を踏む姿が目に浮かぶ。
流石はケンゾー、そこまで先読みのスキルがあったとは。伊達に眼鏡を掛けている訳じゃないな。
しかし、理由もないし予定もなかったから何を買えば良いのか思い付かない。
スズへのシュシュも個人的に着けて欲しいだけであって、実際に着けてくれるのかもまだ分からない。千夏にして欲しい髪型がある訳でも無いし、今何が欲しいのかも知らない。
(ま! テキトーに売ってるやつで良いか!)
タダで貰って文句言う奴でも無いし、考えるのは止めて、千夏へのプレゼントはノープランで行くことにした。シュシュと同額くらいか、少し安めの品という事は決まっているけど。
「俺は……この先も誰かにプレゼントをする時は千夏にも買わないといけないのか……?」
「誰かの誕生日みたいな……ま、時と場合によると思うが概ねそうだな。幼馴染とはそういうものなのだろう? 朝起こして貰うというたった一つの為に、男は多大な犠牲を払う義務が付いて回る……うむ、俺は払うぞ!」
やはりケンゾーも幼馴染というものに、ちょっとだけ夢を見ている様だ。というか暑苦しいまである。
どんだけ朝起こしに来てくれる幼馴染が欲しかったのだろうか? そのうち目覚まし時計を幼馴染とか言いそうで怖いな……。
まぁ、たしかに俺も夢は見ている。ただ、ゲームの中の幼馴染にだけど。
「いや、うん。それは違うぞケンゾー。幼馴染という関係性に期待するのは、幼馴染の居ない奴か、ギャルゲーをしている奴かだけだ」
「でも、買わないとダメなのだろ? 幼馴染には」
「そうなんだよ! 当然の様に自分の分もあると思っているから『私のは?』とか聞いてくるんだよ!」
無いと怒るし、用意したとしても当然と思っているから感謝の気持ちは薄い。ただ、無い時の怒りは濃い。
起こり得る未来の災害に対して準備しておくことは大切で、ちょっとした出費で回避出来るならそうした方が良いに決まっている。今回もそういう事として、割り切らなければいけない。
何事も割り切るって大切だしね。精神的に……。
バレるのかすら分からないが、シュシュの件が千夏にバレたらどうせ何かを買わされるのが目に見えてるし、今回は我慢の出費という事で……我慢しよう。
(バレた時の出費は……おそらく、今買う時より高く付くだろうからな。それなら今買っておく方がマシだもんな)
「はぁ……」
小さなため息をそっと吐く。
そして、思ったより入りづらい雰囲気のあるファンシーなショップへと、俺達は足を踏み入れて行った。
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