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よろしくお願いします!
「――――(もぐもぐ)」
「――――(むまむま)」
店のあれこれが終わって、母さんとの晩御飯。ちょくちょく食べている母さんの量は少なめに作っている。
「椋一、明日ちょっと買い物に行ってちょうだい」
「買い物?」
肉を焼肉のたれで焼いただけの物とキャベツの繊切りとをオカズにして白米を食べている時に、突然そんな命令が下された。
「ほら、スズちゃん用のマグカップとか歯ブラシとか……必要な物。お金は渡すから」
「あぁ、なるほど。それは良いけど……一日休み?」
「半休よ」
「ケチくない?」
「早朝と夜はどうせ家に居るんだから、いいじゃない」
たしかに朝の仕込みと夜の時間帯は家に居るだろうから、買い物に行く程度なら半休で事足りる。
まぁ、それでも無いよりはマシだ。夜までに帰ってくればいいなら遊ぶ時間もそれなりに確保は出来る。久々の休み……羽を伸ばしたってバチは当たるまい。
せっかくならケンゾーの奴を誘ってみるのもいいかもしれない。どうせ、暇してるだろうしな。
「ごちそうさま」
「あら、もういいの? 残ったお肉はお母さんの酒のアテになるわよ?」
「飲み過ぎない様にね……」
食器類は後で片付けるから置いておいて、取り急ぎ部屋に戻りケンゾーこと宮田健蔵にメッセージを送った。
『明日は部活も無いし、構わない』
『そうか。なら、駅前集合で良いか?』
『俺の辞書には不可能の文字など無いっ!』
『じゃあ、よろしく』
普段は冷静沈着で、理系らしく頭が良さそうな顔をしている(実際に頭は良い)のだが、変な勢いと熱い魂を常に持っている。
だからこそ盛り上がるタイミングには誰よりも先頭に立っているのだが……ケンゾーもケンゾーでだいぶギャップの強い男だったりする。
書道部で頭が良く顔も良い……だが、変人だ。どうしようもない変人なのだ。
口癖に『俺の辞書には不可能の文字など無い』とあるが、割りと出来ない事が多かったりするし、女の子への興味も俺に並ぶ程でかなりのモノだ。
だからこそ余計な気を遣わなくて良い奴で、付き合いやすい奴でもある。この喫茶店のことも知っているしな。
「うし、いろいろ準備して寝るか!」
明日必要な物を買うための店を幾つかスマホで調べ、予定を立ててから眠りに就いた。いつも通り、早めの時間にグッスリだ。
◇◇
――翌日のお昼前。俺は駅前ロータリーにある銅像の前に立っていた。普段はあまりカバンを持ち歩かないタイプだが、今日はトートバッグを肩に掛けている。
ゴールデンウィークでみんな遠くへ出掛けているのか、観光地が離れた場所にしか無いこの街は駅前でも人通りが少ない。
早朝から店の準備をして、約束の時間一〇分前に到着。そして、もうそろそろ時間だ。
カツカツと足音が近付いて来る。時間ピッタリの登場とは、いかにもケンゾーらしい。
「来たぞ、椋一」
「うい」
「実は五分前に来ていたのだが、時間通りに現れてみたぞ……どうだろうか?」
「そうか。まったくの無駄だが、その生真面目さに俺は尊敬の念を送ろう」
ケンゾーの言動に関して、深く考えてはいけない。
眼鏡の中央をクイッとして、知的感を出してくる。実際に勉強は出来るはずなのにどこか抜けていて、今日もケンゾーらしさが十全に出ていた。
「今日のプランはどうなってる? 貴様に任せているが……」
「とりあえず買い物だな。その後はゲームショップやゲーセン……久しぶりの休みだからな、急ぐぞ!」
「なるほど……な。どおりで駅前集合な訳だな」
目的地はここから二駅行った街。ここよりも栄えている街で、遊ぶにはちょうど良い場所である。
だが、休日に訪れれば他のグループと遭遇する確率が高いらしい。そして、変な雰囲気になるとか。
普段遊んでいるグループとは別の人と遊びに行った時とかに、いつものメンバーと遭遇でもすれば……その気まずさは計り知れないだろう。知らんけど。
「行くか」
「椋一よ、まずはチャージさせてくれ」
「安心しろ、俺もまずはチャージするからな」
久しぶりに遊ぶということもあってか、俺もケンゾーも少し変なテンションになっていた。
いつにも増して、ケンゾーが眼鏡をクイッとさせる回数も心做しか多い気がする。
早速、駅の中へと移動してICカードにお金をチャージしていく。それからすぐに改札を抜けて、タイミング良く来た電車に乗り込んでいった。
「椋一、こうしてお前と遊びに行くのはどれくらいぶりだ?」
「たしか……一年の最後の方だったよな? その時もたしか、母親にパシられて休みになったから誘ったんだよな」
「ふむ……忙しいな、お前は」
「そうでも無いぞ。これからは、な」
意味ありげな言い方をしたからか、ケンゾーは表情に疑問の念を浮かべていた。
さすがにスズの事が頭に浮かんで数秒くらい迷ったが、ケンゾーなら大丈夫と信じた。信じて、話す事にした。
たまに、というくらいの頻度だけど喫茶店に来ることがあるケンゾーだ。どうせ時間の問題だし、それなら先に話しておいた方が、俺としても隠し事をしていたと負い目を感じずに済む。
新しく入ることになったバイトについて――目的地に着くまでの間に、話せる部分に関しては話しておいた。
「――お、着いたな」
電車内のアナウンスが目的地に着いた事を知らせてくれる。電車はどんどん減速していき、停車して、開いたドアから俺達を含めて結構な人数が下車していく。
当然、話を聞いたケンゾーは激怒していた。
しかし、電車内で騒ぐ事はせず、心に溜めて溜めて降りた途端にそれが溢れ出した。それでも声量が抑えめなのは、ケンゾーが真面目な故にだろう。
新名鈴乃が親戚だった事に対してでは無い。新名鈴乃がバイトとして一緒に働く事に対してでも無い。
何に対して怒っているかと言えば、単純に俺だ。俺というよりか、俺にそんな話がある事自体にだった。
「ゆ、る、せ、ん! 貴様にだけ降って湧いた話が舞い込んでくるのが絶対に許せんッ!!」
「お、落ち着け。これは降って湧いた話じゃなくてな? いずれはこうなると決まっていただけの話だ。それが昨日で、突然だっただけの事」
「クソォ……俺には美人な親戚が居ないのか!? いや、俺の辞書には不可能の文字など無い! 居ると思えば居る!」
「いや、それはさすがにどうだろう……」
許容範囲を越えたのか、ついにおかしくなってしまうケンゾー。話をしたのは間違いだったかもしれない。
今更後悔しても遅いが、ちゃんと店の事情やらを説明しつつ、この話は内密にしておく様にお願いはしておいた。
ケンゾーは時々危なっかしいテンションになる奴ではあるが、二人だけの話は二人だけの時にしかしない口の堅い奴だ。そこは信用している。
「まぁ、別にただのバイトだし、学校では話し掛けるなって言われてるからな。これはもうアレだろ?」
「なぬ? それは……たしかに、なるほど。フフフ、それはもう完全に脈ナシだな。学校で話し掛けるなとか、もう脈ナシ過ぎて逆に憐れ……」
「……お、おう。まぁ、な? 結局はそういう事なんだよ。浮かれても、浮かれるだけ後々恥ずかしいってコト」
「椋一、元気出せよ? 俺は貴様の勇姿を忘れない」
何故か既にフラれたみたいな感じで慰められている……。
とても解せないが、ケンゾーが俺を憐れんだ末に落ち着きを取り戻したというのなら、今はその流れを汲み取っておいた方が面倒が少ない。
(やはりケンゾーから見ても脈ナシ感が出てるんだな)
あからさまな脈ナシというのも、それはそれでちょっとだけ悲しい。
たしかに、学校では話し掛けてはいけないという押し付けられたルールが、俺とスズの間には存在している。
それがどう考えても脈ナシという合図なのは、理解が難しくない。話し掛けてはいけないとか、よく考えたら普通に凹む言葉だ。
今更ながらズッシリと、言葉の重みを感じる。
勇姿なんて格好良いものを見せる前から既に、戦いは終わっていた。というか、始まってもいなかった。
(だから、お前の言う俺の勇姿とやらは忘れておくれ、ケンゾー。それ、マボロシだから)
そういう勇姿は、まだ立ち向かえる可能性を持っているスズを狙う他の男子にでも任せた方がきっと……マシだろう。
いつかはケンゾーにも俺の格好良い姿を見せてやりたいが、それはまた今度になるだろう。それも、だいぶ先になりそうだけど。
元より、学校でスズに話し掛ける予定も勇気も無かったから凹んだにしてもダメージは思ったより小さい。それだけが救いになった。
「新名鈴乃の件、他で知ってるのは千夏くらいだな。後は……常連さん達は自然と知るから、そこが一番の不安かな? 人の口に戸は建てられないって言うし」
「新名さんならすぐ口コミで広がるかもしれんな。ま、せめて学校の奴にバレないのを祈っておくといいぞ」
「そだな。はぁ……無条件でモテたい」
「椋一……俺は貴様のそういう部分に激しく同意するぞ」
三回連続して興奮気味に眼鏡をクイッとするケンゾー。感情が昂っているみたいだ。
俺のどうしようも無い意見に共感してくるケンゾー、変なところで気が合う。
気楽でいられるから、実はかなり感謝している。男同士だし……直接は言わないけど。
「さて、椋一の悲しい話を聞いた所で……まずはデパートよな?」
「悲しい話じゃないけど、そうだ。日用品を買いに行って、昼もそこで何か食べよう」
「了解した。では、他の世界に来慣れてない貴様に代わって俺がデパート内を案内しよう」
「ケンゾーにそんな事が可能なのか?」
「俺の辞書には不可能の文字など無い!」
俺からのネタ振りに対して完璧な返答が出来て、満足感でいっぱいなケンゾーはホームを抜けて改札を通ってもどんどん先を歩いて行く。なんだか足取りも軽やかに見える。
ケンゾーに追い付いて横に並び、一緒に駅から近い大型のデパートへと移動していった。
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