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お待たせです!
よろしくお願いします!
ちょい長め
――千夏へメロンソーダフロートを提供して、そのまま速やかに、自然に、流れる様にカウンター裏へと移動していく。
冷蔵ショーケースに入っているケーキ達はまだ全然減っていないが、多く作っている訳じゃないからきっと無くなるとは思う。作った分無くなって欲しい……。
ゴールデンウィークは売れ行きの予想が難しく、作り過ぎても作らな過ぎてもいけない。
廃棄を考えると余るくらいなら足りない方が良い気もするし、お客様の事を考えると足りないくらいなら少しくらい余る方が良い気がしてくる。
カウンター裏の椅子へと座り、ふと思った。
昨日少し余ったのを無理やり食べたのが、思ったより胃に来ている。だから、ケーキを作った早朝も今見ている時にもそんな事を考えてしまう。
(ゲームでもしてよ)
スズや友里乃さんが来るまでやっていたギャルゲーの続き、ツインテールの子の攻略を再開させる。
主人公へ心を開き始めてからより可愛さの増したキャラ。はっきり言って萌える。
現実にもこんな子が……と考えても仕方のない事を、いったい俺は何度考えた事だろう。
カランコロンカラン――。
「いらっしゃいませ! 店内をご利用でしょうか? それともお持ち帰りでしょうか?」
「あ、はい。カフェでお茶でも……と」
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
カフェをご利用というお客様を、なるべくみんなが居る席から遠い席にご案内していく。
大学生か社会人か……若い女性の一人客は珍しい。もしかしたら近所の人という可能性もある。
ならば、通って貰える様に良い接客を心掛けないと。売上の為にも。
「こちらの席へどうぞ。椅子をお引き致しますね」
「ありがとうございます」
ここでもう一人居れば、席まで案内したタイミングでお冷を持ってきて貰えるのに……といつも思っていた。
別に問題となる程の事では無いが、居てくれればスムーズだとずっと思っていた。
「只今お冷をお持ち致します。メニューがお決まりになられましたらお呼びください! 当店は融通が利きますので、メニューに無くともご要望がありましたらお値段をご相談の上、お作り致しますよ」
「あ、はい」
なるべくフランクに、堅くなく居心地の良さを感じて貰える様に接客をしていく。
本当はメニューに無い物を作るのは面倒だし、材料が無ければそもそも作れない。所謂これはリップサービスに近いものだ。
もちろん、本当に材料さえあれば作るから嘘では無い。ただ、なるべくはメニューから選んで貰う方が嬉しい。
「お冷お持ちしました」
コップに入れた水をソッと置き、メニューを眺めているのを確認してからやや遠ざかった。
気が散らない程度の距離を保ちつつ、顔を上げれば見える範囲には居ておく。忙しく無い時専用の心遣いだ。
それもこれも、全ては楓ちゃんがいろいろと意見を出してくれるから身に付いたものでもある。
この店に呼鈴みたいな物は無く、手を軽く挙げて貰うか声を掛けて貰うかの二択しかない。
女性客だけではなく、男性客の中にも声を出して店員を呼ぶ行為に恥ずかしさを感じる人はそこそこ居るらしい……と楓ちゃんが教えてくれたのだ。
だから、こうしてまだ忙しく無い時にはお客様をチラチラと確認しつつ――合図があれば、すぐに対応出来るように準備をしている。
「はい、お待たせ致しました。ご注文ですか?」
「はい。えっと……『カフェオレのアイス』と『苺のショートケーキ』をお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
軽く頭を下げて、すぐ調理場へと向かう。
その途中で、俺の接客を見ていたのかスズと目が合う。
すぐに視線は逸らされ、何事も無かったかの様にスズはお喋りの輪に戻って行った。
(自分に出来るか確認してたのか? それとも俺のレベルを計っていた?)
少し考えたが、まぁいいか……と結論付けた。
すぐに視線が逸れたのもあるし、特に気にしない方向に決めて、調理場へと向かって早速ドリンク作りに取り掛かった。
ウチが少しだけ珍しいのは、ドリンク用の氷を作っている事だろうか。
最初は自分の趣味として作っていた物だが、今となっては当たり前の様にお客様にも提供している。
……とは言ってもまだ種類はそれほど多くはなく、用意してあれば注文された時にひっそりと提供しているだけで、ゆっくり過ごしているお客様には気付かれない事も多々ある。
コーヒー、カフェオレ、ココアなど……普通の氷で味が薄くなるのが嫌だったから作った趣味が始まり。だから、ソフトドリンク系の氷は今のところ作って提供する予定は無い。
どうせソフトドリンクで作るのなら、シャーベットとかの方が売れそうだし。
(さてさて……レッツ、ドリップだな!)
オリジナルブレンドコーヒーを注文された時は買ってきた豆をパチパチと焙煎するところから作り出すのだが、普通のアイスコーヒーの場合は買い置きしてある既に粉末になっている物を用いて作る。
この喫茶店では、エスプレッソマシンとドリップの二通りの作り方をするが、実は――作り手の気分でコロコロと変えている。内緒の裏事情だ。
コーヒーに拘りを持っているお客様はそもそもこの店に来ないし、待てる人なのかも判断しているから今のところクレームは無い。
前回飲んだコーヒーの味や香りを覚えている人は、常連の中にも居ない。だから、勝手気ままにやったとしてもセーフとなるのだ。
そして今回はドリップコーヒーを作っていく。お客様の見た目から、多少待ったとしても怒らなそうだからだ。
コーヒーフィルターに粉末を入れ、八〇度以上のお湯を『の』の字に回しながらドリップしていく。
そして、ゆっくりと抽出されたコーヒーに普通の氷を投入して一気に冷やしていく。
そうして出来たアイスコーヒーと牛乳とを半々で混ぜていき……最後にカフェオレ氷をポンポンと入れれば、あっという間にアイスカフェオレの完成だ。
ケーキの入っているショーケースから、苺のショートケーキを取り出して皿に乗せる。それをアイスカフェオレとフォークを乗せておいたトレイに乗せ、お客様の元へと運んで行く。
注文を受けてからそれほど時間は経っていないし、イイ感じだ。
「お待たせ致しました。アイスカフェオレと苺のショートケーキになります」
「ありがとうございますー」
「では、ごゆっくり」
一礼して、お客様の前からすぐに下がっていく。
お客様にはゆっくり過ごして貰えば良いし、俺もゆっくりとさせて貰いたい。
だから、母さんとは違ってあまりお客様に絡む様なことはしない。
この先俺も、いつかは歳を重ねれば知らないお客様と喋る事の楽しさを知るのかもしれない。
でも今は、まだちょっと人見知りがあるし、ゲームしている方が楽しい。
カウンター裏へと戻り、攻略の続きを進めているといつの間にか……時刻は十二時に差し掛かろうとしていた。
(もうお昼か……)
先程の女子大生は、入店からおよそ三〇分程でお会計まで終わってお店を既に出発していた。
その後に来た、お持ち帰りでケーキを買っていくお客様を何名か対応していたらもうこんな時間である。
欠伸が出そうになる程、仕事中が嘘と言わんばかりに暇だ。
「椋一、そろそろお昼でしょ? 何かみんなの分を作ってきなさい」
「何かって……雑なオーダーだなぁ」
暇だから……そんな母さんからの急な注文を受けるのだって、嫌という訳ではない。
ただ、どうせならジャンルや食べたい料理の意見を纏めてから言って欲しかったとは思う。
何でも良いが一番困るのは本当で、どうも相手に力量を試されてる気分になってしまう。例え、相手が本当にテキトーに作った物で良かったとしても……。
「千夏、何か食べたい物とか無いのか?」
みんなが同じ料理を頼んでくれるなら必要は無いけど、念のために伝票を持ってみんなの居る席へと注文を取りに向かった。
最初に千夏に聞いたのは、単にここのメニューも食べ慣れているからだ。
メニューに載って無くても材料さえあれば作れる事だって知っているし、スズや友里乃さんから聞くより先に聞いておいて損はない。
「そうね……。昨日はチャーハンと甘ダレ肉団子だったから、今日はパスタとか良いかも!」
「はいはい、パスタね。新名さんとか、友里乃さんはどうしますか?」
「千夏ちゃんと同じやつをお願い出来るかな?」
「私も同じで大丈夫よぉ」
パスタと言っても千夏はスパゲッティのカルボナーラが好みだからそれで良いとしても、他の二人もそれで良いのだろうか? パスタはジャンルであって、そこから細分化されていくものだ。
好きな味や好きなパスタ麺の種類は人それぞれで、意外と好みがバラついたりするのが普通だ。
カルボナーラの香りが苦手な人もいれば、魚介系が苦手な人も、ナポリタンの具材として使われるピーマンが嫌いな人だっている。
女性はなんとなくカルボナーラかペペロンチーノが好きという偏見に近い意見を持っているが、ここはやはり、聞いておいた方が無難だろう。
「味はどうしますか? 千夏はカルボナーラですが、好きな味を言って貰えれば作りますよ?」
「……なんか、料理を作れる北上はムカつくわね」
「分かる! 鈴乃さんもやっぱりそう思うか~。たぶん、アタシの料理の才能を椋一が持っていっちゃったに違いないのよね」
ちょっと素が漏れ出たスズの事よりも、俺への当て付けに共感している千夏。うんうんと深く頷いている。
料理を作れない同士――千夏はスズが出来る方と思っているかもしれないが――で気が合うのかもしれない。
仮に俺が、千夏の料理の才能まで奪っていたとしてこの実力なら……俺達は二人揃って普通以下だったという事になりかねない。
それなら、うん。奪っていたとしても問題は何も無かったかもしれない。代わりと言ってはなんだが、運動能力は千夏が奪っていったのだろうしな。
「ムカつくとか言ってくれるな……で、どうします?」
「あたしは……そうね。北上のオススメでお願い」
「オススメねぇ……」
俺を試しているかの様な表情でオススメとか言ってくる。残念ながら、何を頼もうと味は普通だ。
特別美味い訳でも特別不味い訳でもなく、値段の割りには良かったと思われる程度の味。
だから、オススメとかは無い。
言うだけ無駄で……そんなオーダーをすれば、俺から提供されるのはシンプルに作りやすい料理になる。
「私はナポリタンにしようかしら。僕くん、千夏ちゃんとスズちゃんのを先に作って大丈夫よ」
これぞ大人の気遣いか……と頭の中にメモをしておく。
ゆったりとした雰囲気ではあるが、子供の事を第一に考えてる友里乃さんは外見も含めてとても素敵な女性だ。呑んべぇだけど。
呑んべぇは人によるけど余りよろしくない……理由は単純。酒で普段は抑えられてる人の本性とか出てくる可能性があるからだ。
(呑んでも『酔い方』は人それぞれだから何とも言えないが……どう転んでもギャップ地雷しか無いからなぁ)
それに俺が耐えれるかは分からない。
きっと大人になれば少しくらい耐性も付くのだろう。その点で、未成年が飲酒可能じゃないのは俺にとっては救いと言える。
(母さんみたいな笑い上戸なら……周りも楽しいんだろうけど)
呑み過ぎて吐いたり、傍若無人になったりする人が居る事は知っている。
自分がお酒に強いか弱いのかは今は分からないけど、醜態を晒すくらいなら……この先も必要最低限しかお酒は呑まなくて良いと思っている。ソフトドリンクのシュワシュワの方が美味しいだろうしな。
「わ、分かりました。母さんもナポリタンでいいよね?」
「ううん、お母さんは……ジェノベーゼよっ!」
(ジェ、ジェノベーゼとな! いや、きっと母さんの事だから格好良さげな名前を言いたかったに違いない……)
前もスパゲッティを作ろうとした時に、ペスカトーレと注文してきたから出してみれば「思ってたのと違う」と言い出した前科がある。
トマトと魚介で結構面倒だと思いながらも作ったのに、よくよく話を聞いてみれば、ミートソースの元とも言われる平たい麺を使うジェノベーゼが食べたかったらしい。
どうして母親とは、うろ覚えからの変な記憶違いをたまに起こすのだろうか……。
「ジェノベーゼで……良いの? いや、材料を確認しないと作れるかも分からないけど」
「あと、ジェノベーゼに合うワインもね」
「あらぁ、なら私もワインを貰おうかしら」
「まだお昼ですよ!? 出しません!」
従姉妹でもあり、呑み友でもある二人。一度酒を摂取してしまえば止まらずに夜まで呑む可能性だってある。
巡り巡って面倒な予感しかしないことは避けて通るに限る。とりあえず注文は聞き取ったし、さっさと調理場へと逃げるべきだろう。
酒も飲んでないのに絡みが凄いからな、母親と親戚というのは。
「なにか?」
「イエ……ツクッテキマス」
もしかするとスズも将来はこうなるのかと思ったが、友里乃さんとだいぶ雰囲気は違うし案外呑んべぇにはならないかもしれない。
まぁ、大概の人は二十歳から呑み始めてハマっていくから今の段階でどうこう言えないけれど。
(そういえばバジルは買ってあったかなぁ~。ふむ、オススメが逆に面倒だなぁ)
スズに睨まれ、さっさと逃げながら考えを料理に戻していく。
カルボナーラとオススメ、ナポリタンとジェノベーゼ。
手順を思い描きながら調理場へと入り、材料を確認してる最中にバジルを発見してしまい、タメ息を吐いた。
ジェノベーゼだけは普段から作り慣れてないから手順を先に確認しなければならず、その億劫さから最後に作ろうと決めた。
(その前に久しぶりのアレをやっておくか……)
四人分を一人で作るのにはそれなりの時間が掛かる。
その為、時間が掛かりそうな時に限りちょっとしたサービスを提供している。
それは、先に軽く摘まめる物を無料で出しておいて、待ち時間を少しでも誤魔化すというサービスだ。
サービスで赤字になっては元も子もない。それは当然である。
だから、使う材料から出そうな余り……ベーコンやウインナー、野菜の余りを簡単に炒めたのを提供するから店的にも痛くは無いサービスとなる。
とは言っても、四人以上で来るお客様はほとんど居ないし、三人程度なら母さんと二人でそこまでお待たせする事も無いから頻繁にやっているサービスという訳ではない。
「……ベーコンとか焼いちゃうとまたワインとか言い出しそうだな」
杞憂に終われば良いが、母さんの事だし油断は出来ない。
だがまぁ、調理場へ立ち入れさせずとも、母さんは自室に酒を置いているみたいだからそこから持ってこられたらどうにもなら無い。
(スズの仕事に付け加えておくか)
スズには、母さんが酒を飲み過ぎない様に見張っておくのも仕事の一つとして教える。そうすれば、俺から言うよりも多少は効果だって期待はできるだろう。
でも実際、それで止まるかは怪しい。今はただ……母さんの肝臓が強い事だけが唯一の救いだろうか。
そんな諦めを過分に含みながら、俺はコンロに火を点けて昼飯の調理を始めていった――。
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