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お待たせしました!
よろしくお願いします!
――カランコロン
(おっ……やっと来たか)
千夏を呼んでから十数分。ラフな格好をした千夏が眠そうな顔のまま入口のドアを開けて入ってきた。
「あれ、千夏ちゃん?」
「……あん? んんッ!? ちょ、なんで鈴乃さんが居る訳!? ……椋一!!」
事情は今から説明するから座れ、と隣の席をちょちょいと指さして合図する。
眠気は一気に吹っ飛んだのか、千夏の足取りは軽やかでドサッと椅子に腰掛けた。
「んで、何で鈴乃さんが?」
「それは、ス……新名さんから説明してください」
「どこから話せば良いか分からないから北上にお願いしたい(任せるが、トチったら◯す)」
「そですか(擬態が凄いなぁ)」
意味のないようであるやり取りを経て、全権を受け持ってから千夏への説明に入る。
一応、許可を取るだけのつもりで話を振ったのだが、別の意図を密かに感じた。おそらく、学校とプライベートでの違いを少しも醸し出すなという事だろう。
今後も他の人が居る場では、ミステリアスな雰囲気を崩さない方針で、それに従えと目が語っている。
本人的に広まって欲くない事なら、わざわざ俺が広める理由はない。
「何から説明しようか……とりあえず再従兄妹だ」
「――は?」
「再従兄妹らしい」
「……誰が?」
指を自分とスズの間で行き来させ、千夏の問いに答える。そして、母さんと友里乃さんを交互に指さして従姉妹だと教えておく。
あくまで淡々とした声色で、嘘じゃないという事の印象付けも忘れない。
最初の説明からして二人とも静まり返っているが、その気持ちは理解できるものだ。千夏の『驚き』もスズの『驚き』も。
千夏の驚きは、俺とスズも通った『急な事実』によるものだろう。いきなり知った事とはいえ、産まれた時からそういう家系図になっていたのだから、疑っても仕方ない。
スズの驚きは、『バラさなくとも問題ない事』を俺がいきなり話したからだろう。
だが、千夏を見てやはり逆だと思った。
千夏に秘密にしておく方がきっとデメリットになる、と。
「ちょ、ちょっと待って……知らなかったんだけど」
「俺も新名さんも今日知ったからな。今まで接点という接点も無かったし、いきなりで戸惑ってる状態だ」
「そー……で、何でアタシを呼んだわけ?」
「そうだな。そうだよな。それはアレだ、新名さんがバイトに入る事になった」
だから、千夏には教えておかないと駄目だろ? と付け加えて、呼んだ経緯を伝えた。
「そ、まぁ……念願叶って良かったじゃない? アンタのサポートとか鈴乃さんにとっては役不足だろうけど」
くっ……千夏め、役不足をちゃんと使いこなしてやがる。
言いたい。とても言いたいが、言えない。でも、スズが本当は何にも出来ない奴というのを何とか少しでも言いたい。
(こういう時はどうすればいいだろうか……)
ちょっとだけでも言えば、俺の心は晴れる気がする。もう……これはただの八つ当たりに近いが、俺ばかり貶されるのも不公平な気がする。
痛み分けになりそうな情報を何とか探して……ピンッと来た。ひとつだけ、良いのを見付けた。
俺はスズにニヤリとした顔を向けて、隣に居る千夏へ聞かせる様に言葉を吐き出した。
「よ、よ、千夏さんよ。実は、新名さんって彼氏居ないみたいだぞ?」
「おまっ!? なんで今それ言った!? ……コホン。北上、人の秘密を話すとか最低だと思う」
ふっ……勝手に自滅したな。今の言葉遣いを聞いた千夏はさぞ驚いているに違いない。
普段はミステリアスで通っているのに、慌てた姿というのはボロが出たという事だしな。
「えっ……何か言った? ちょっとスマホ落ちたから拾ってた。で、なに?」
「なっ……聞いてない!?」
「あははっ! 北上ぃ~あんた……ぷぷぷ」
今日は天がスズに味方しているのかツイて無い。
ただ、スズが笑っているのも意外なのか千夏が少しビックリしていた。
そういう意図は無かったけど、これはこれで、思惑通りになったと言えるだろうか?
本当はもっと悪いイメージを植え付けたかった事を考えると……逆に株を上げてしまった今の流れは良くなかった。
「……ふん。それはさておき、とりあえず千夏にお願いしたいことがある」
「んー、それは断れる系? 面倒臭いのはイヤイヤだけど?」
「そんな難しい事じゃなくてな。新名さんがここでバイトしてるとバレたら厄介だろ? クラスメイトが押し掛けて来ても困るし……」
「つまり、いつもの様に何かとフォローしろって話ね。それくらいなら、まぁ……鈴乃さんはどうなの?」
「千夏ちゃんが一緒なら、遊びとかの誘いも断り易くになるかな?」
良かった。
とりあえず懸念していた案件のひとつは決着が付いた。
「それで……新名さんはさ、いつから働けるの?」
「そうね。それはとても難しい質問かもしれない」
俺の問いはそう難しくないはずだ。しかしスズはアンニュイな雰囲気でタメ息を吐いて、窓の外――遥か遠くを見始めた。
それから、流れる様な動きで仕草を変えて額をトントンとゆっくり叩きながら、更に悩んでいる風を強めた。
チラッチラッと、こちらに何かしらの意味を込めた視線を送ってくるが、何も分からない……親密度が足りてないな。
「(ねぇ、鈴乃さんの雰囲気ってあんな感じだっけ? 学校じゃないからかな?)」
「(そうかもな。ま、誰しも学校じゃ少しくらい気を張ってるだろ?)」
ひそひそ話で千夏の疑惑を軽く流す。
早めにいつから働けるか答えてくれないと、何かおかしいと千夏も気付き始めてしまう。
友里乃さんは今日からでも良いと言っていたけど、準備があるならもちろん待つ。なんだったら手伝うし、早めに時期を教えて欲しい。
「…………ふむ、悩ましい悩ましい」
コイツはほんと……羨ましい奴だ。
悩ましい姿を見せれば、何も考えていないとしても本当に悩んでいる様に見えてしまう。
そのカラクリをしらなければ、俺も騙されてしまいそうになる。
でも、知ってる。スズが考えているのはおおよそロクでも無いことだと。
どうすればなるべく働くまでの期限を伸ばせるか? そのギリギリの期日はいつだろうか? ――おおよそ、そんな感じだろう。
「千夏よ、あれをフォローするのだぞ」
「う~ん……なんかイメージが、なぁ? あんまり笑ったり悩んだりしない子って感じだったし。良くも悪くも感情薄め? みたいな?」
「そうなのか? その辺は全く知らないからなぁー。ま、頼むわ。新名さん、とりあえずゴールデンウィークの終わりくらいには出て欲しいかな。教える事もあるし」
ゴールデンウィークを指定したのは人が少ないから。最終日の日曜日ならそれに拍車を掛けるように人が少なくなる。
飲食店として最低限覚えて欲しい事もあるし、ここの喫茶店は他よりも圧倒的に忙しく無いとはいえ、働くストレスというのは感じると思う。
働いた事の無いというスズに、練習は必要であり必須だ。本当は今日からというのがベストかも知れないが、長い目で見ればそう焦らなくても良いのだ。
「終わり……日曜日か。ま、その辺からなら出れると思う」
「鈴乃さんは……接客とかドリンク? おじさん達の来店頻度が高くなりそうね」
「おっ、そこに気付くとはさすが千夏。夜は少し忙しくなるかもしれないが、昼の間は負担も減るからいい感じだ」
店員では無いけどこの店によく来ている千夏は内情をよく知っている。楓ちゃんは完全にお客様側の存在であるからして、やはりフォローを任せられるのは千夏しか居なかった。
「おっと、悪い。千夏は何飲む? 母さんの奢りだ」
「やった! ありがとうママさん! 椋一、シュワシュワ」
仕方ないという母さんのやれやれ顔と千夏の急かす声を聞いて、俺は調理場へと向かった。
今のタイミングを狙ったのはわざとである。
ここで一度抜けて、千夏へ飲み物を出して、また調理場へと戻る振りをしてカウンター裏でゲームをする為の技術。
(よしよし、会話なんてものは千夏に任せればいいしな)
俺が抜ければ女子会? の完成。より入りづらい空気感へと勝手になっていく。
店の様子を見ながらゲームをしていた方が断然ラクだし、心の中でガッツポーズ。
高らかに腕を伸ばし、二回連続でグッグッと引いてやった。
そういう理由で、千夏には特別にいつものシュワシュワにバニラアイスでも乗っけてやりますかね。
◇◇
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