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お待たせしました!
よろしくお願いします!
ようやくお客様が来たことで、俺は一度輪の中から抜けて対応に向かった。
ただ、お持ち帰りのお客様であった為にその応対もすぐに終わる。そして席に戻ると、友里乃さんから熱い視線が送られてきた。
「やっぱり僕くんは偉いわねぇ……スズにあんな接客が出来るかしら?」
「きっと大丈夫ですよ。必要なのは慣れですから、多少なり時間は掛かると思いますけど」
それに、俺はあまり接客が得意ではない。スムーズな接客が出来る様になるまでに結構な時間を必要とした。
というか、失礼があってはいけないと完璧を求めすぎたが故に緊張していたのが原因だ。
今となってはそれも無い。
まったく緊張しない訳ではないけれど、何度も繰り返した事で心が慣れたのだ。俺の接客を良く言えば、慣れ。悪く言えば、手抜きとなる。
だが、店員が緊張でガチガチよりは気楽にやってくれていた方がお客様も変に意識せずに済むと思うし、この手抜きを変えるつもりはない。
「スズちゃんはいつから働きに来れるの?」
母さんの質問に、スズは目線を右上の虚空へと向けて考え始める。
こちらとしてはいつからでも大丈夫なのだが、スズにはスズのタイミングがあるのだろう。
中途半端になってるゲームをクリアしてから、という理由だとしてもそこは認めるつもりだ。そこら辺をスッキリさせたいという気持ちは分からなくない。
悩んでいる娘に痺れを切らしたのか、友里乃さんが先に口を開いた。
「いつからでも大丈夫ですよぉ、この子は暇ですし。今からだって良いくらい」
「お母さんっ!?」
異議あり――そう声と目で訴えているものの、そう悪い意見でもないと俺は思っていた。
明日やろうはバカ野郎という格言があるくらいで、時には急発進する方が良い場合もある。
特に何か新しい事を始める時なんかはそうだ。
誰かにスタートの合図を出して貰った方が、とりあえず、一歩は踏み出せるのだから。
スズや俺みたいな、部屋でゴロゴロさせたら一直線で堕落してしまう様な人間性を持つ奴には効果的手段に違いない。
やり始めたらやる、でも、やるまでに時間が掛かるする。
そういうタイプはきっと少なくないはずで、だから――『思い立ったが吉日』なんて言葉が生まれたのではないかと俺は睨んでいる。
「お店の制服……と言ってもワイシャツとエプロンだけど、とりあえず着てみる?」
「え、えぇ~……」
どんどん外堀が埋まっていくスズを追い詰めるため、ここは俺も乗っていく事にした。
「あと、ツインテール用の髪止めは俺が持ってくるから心配はいらないぞ?」
「ナチュラルに変な願望をさもお店のルールですと言わんばかりに言ってくるのはどうなの?」
冷めた視線と早口。まぁ、いいだろう。
何が良いのかはさておき、思った以上に嫌われてるのかもしれないという疑念もさておき、ツインテールは出来ればお願いしたいのは本心だ。
理由は単純に――今プレイしているゲームのキャラもウェイターとしてアルバイトをしていて――そのキャラがツインテールだからだ。
「おま……スズのツインテールなら、集客力が倍になると俺は思っている」
「いや、1が2になっても仕方ないでしょ」
「今日はね!? たしかにまだお客様は一人しか来てないけど! でも、ウチは夜がメインだから!」
「メイド喫茶さながらの事をしろと? あたしに?」
それはそれで悪くない……が、そういうつもりは一切無い。
「いや、接客は普通で良い。ただ、ツインテールにして欲しいだけだ」
「じゃあやっぱり、ただのリョウの願望じゃない!」
「そうだ」
「そうだ……じゃないでしょ! 何であんたの為に私がわざわざツインテールにしなきゃいけないのよ」
ここでいくら熱弁したとしても意味が無いだろう。頑固なスズに意見を通すには正面突破など愚策でしかない。
だから今は、なぁなぁの誤魔化し方で話を収めておく。
だが、決して諦めたりはしない。
それに、可愛い雰囲気の子がするツインテールはあざとい感じが出てしまうのに対して、スズみたいなミステリアス(笑)がするツインテールは、あざといのボーダーには達しないで可愛さだけが残ると予想している。
俺の見立てが合っているとすれば、ただでさえスズ目当てで来る夜に常連おじさん達の来店頻度のアップに拍車が掛かるはずである。
フロアでは母さんが目を光らせているだろうし、変な真似をする常連客は居ないはずだ。
「そうだ、帰りはどうすんの? 家って遠い?」
「別に遠い訳じゃないけど……中学が別なくらいには近い訳でもないかな」
となると、仮に自転車だとしても夜道を一人で帰らせるには不安が残る。
高校生だしそこまで心配する必要は無いのだろうけど、バイトの帰りに事故や事件に巻き込まれたと後から聞いたんじゃ、きっと後悔してもしきれない。
アフターサービスもしっかりしているホワイト喫茶店を目指している以上、何かしらの安全策を講じておかなければならない。
「大丈夫よ。そこはちゃんと車で送っていくから」
「あ、それなら安心……って! それなら仕事中に麦酒とか発泡酒とかワインとか呑まないでよ!?」
「……ごめんねスズちゃん」
「私の身の安全がお酒に負けた!?」
それは仕方ないと友里乃さんが母さんに賛同している時点で、友里乃さんもかなりの酒豪なのだと察した。
娘の安全よりも酒が呑めないツラさに共感してしまうというのは、母親として駄目な気がしてくる。ハッキリとは口に出せないけれど。
「そうだ! 椋一が一緒に自転車で帰ってあげれば良いじゃない」
「スズ? たとえ夜道だとしても、交通量が多くとも、変態に追い掛けられようと……大丈夫だよな?」
「大丈夫なわけ無いでしょうがッ! 逆に、何でめんどくさがってんの!? 従業員よ、従業員!」
それを言われたら弱いのだが、どうして先程から俺ばかり責められるのだろうか?
むしろ、今の話は母さんに非があると思う。というか、母さんにしか非が無いとまで思う。
「いや、別に送ってもいいんだけどさ、片付けはどうすんの? 母さんがやってくれるなら早めに送れるんだけど」
「何言ってんの? スズちゃんが居るんだから、片付けだって早く終わるでしょ? 時間は浮くじゃない」
(本当に働かない母さんだな! 雇ってプラマイゼロは実質マイなんだけど!)
終わりが早くなる。それはたいへん良い事だ。
だが、その時間をスズを送っていく事で潰れてしまうのはたいへん良くない。
空いた時間をゲームと宿題と勉強に充てたいのに、少しだけ悩み案件だ。
でも、スズに何かあって辞めてしまうというのが確かに最悪の流れになる。それを踏まえると送るくらいはやるのは必要な気がしないでもない。
やりたいかどうかを問われれば、当然やりたくはないけれど。
「そうだっ! なら金曜日と土曜日は泊まれば良いんじゃない? そしたら明るい内に帰れるでしょ?」
「――分かった! 俺が送ってく!」
母さんの思い付きで俺にとって良かった事があっただろうか、いや、無い。
突拍子もない提案に、思わず最近古典の授業で習った技を使ってしまった。
この前千夏を泊めた事で俺は理解したのだ、同級生の女子を泊めるとなんか変な汗が出るということを。
空き部屋はあるから俺の部屋に泊める事は無いにしても、妙に落ち着かないまま夜を過ごすくらいなら送っていく方がまだ精神衛生上マシである。
「この前は千夏ちゃんを泊めたんだし、良いじゃないの。スズちゃんは再従兄妹なのよ?」
「か、母さん?(白目)」
「へぇ……千夏ちゃんって、柏の千夏ちゃんよね? へぇ……泊めてるんだ。へぇ……」
特に、同級生にはあまり知られたくない情報を母さんは喋ってしまう。でも、母さんとはそういうものだと言われたら押し黙るしかない。
とりあえず3へぇを頂きましたので、ムダ知識としては三百円程度にはなるみたいだ――なんて現実逃避をしている場合ではなく、どうにか変な誤解をされては困るしちゃんと説明しといた方が良さそうだ。
「泊めたというか、泊まりに来たんだ。本当に何年振りだろうかってくらい久しぶりにな」
「なんだか嬉しそうな言い方ね?」
そんな意図はない。
千夏に関して言えば、しょっちゅう遊びには来ている訳で、嬉しいとかを特別感じたりはしない。
近い、だから逆に行かない……という現象はよくあることで、隣家に泊まる意味はとても薄いと思う。無限に遊べると思っていた小さい頃ならまだしも、成長するにつれ人は疲れる事を避ける様になっていくのだ。
だからこの前の千夏だって久しぶりだった訳で、眠れはしたもののしっかりと緊張していた。
「……コホン! 隣の家だし、まぁ、そういう事も稀にあるという話だ。面白がる様な含みは無い」
「ふーん。あーあ、千夏ちゃんも人気だからなぁ、面白い面白くないは抜きにしても男子が知ったら袋叩き待ったなしね~」
「……は? 千夏が人気なのは主に女子からなのでは?」
「いやいや……千夏ちゃんの容姿なら男子の目を引くでしょ、普通に」
「いやいや、あの千夏だぞ?」
「どの千夏ちゃんかは知らないけど、可愛いじゃん?」
マジか……マジなのか?
今月に入って一番の驚いたニュースである。まだ一週間程度しか過ぎてないけど。
千夏が男子からモテるのが普通というスズ。女子の言う可愛いは信用しないと決めているが、スズが言うのであれば信憑性はやや高い
だがやはり、俺の記憶の中に千夏がモテるという情報はない。
これは単に俺が知らなかっただけという可能性もあるが……。
(いや、実際のとこどうだ……?)
俺は多少なり千夏の事については知っている自負がある。けれど、ケンゾーと千夏以外の同級生については知らない自信がある。
つまり、千夏に好意を持っている人物とか全く知らない。となると……だ。うん。
俺が知らなかっただけで、千夏がモテているというスズの意見が間違っていないという可能性は割りと高まってしまう。
それは……ヤバい。
何がヤバいのかと言うと……相手の男子にとって、北上椋一という存在は邪魔でしかない。……ということになる。
察し力の高い俺には分かる――好きな子の異性の幼馴染とか! 目の上のたんこぶ感がとてもとても強いよね!
知らない同級生から知らない内に呪われたりしていないだろうか? 何だか急に休み明けが怖くなってくる。
(ちょっと待てよ? となると……だ。スズがここに居るというのは最初から高いリスクだったが、千夏が加わるとよりヤバさが増すのでは?)
モテがこの店に集まりつつある。うっかり同級生にバレて知れ渡ったりでもすれば、大惨事。炎上するに違いない。
男子の放火は間違いなく俺を集中攻撃するに決まっているし、それはかなり面倒臭い案件だ。
(もしかすると……類は友を呼ぶという言葉もあるし? あれ? 意外と知らなかっただけで、俺にもモテの波が来てる可能性あるんじゃない?)
もっと学校で他の子と接しておくべきだったかと、少し思う。
基本的に休み時間はネットで見付けた簡単レシピを眺めたり、お菓子のアイデアを模索してばかりで、クラスメイトの事は考えて来なかった。
そういう意味では、俺もスズと同じミステリアスというカテゴリーに入るのではないだろうか。
密かにモテていた可能性もゼロでは無いはずだ。
俺はスズに聞いてみる事にした、女子の話は女子に聞くのが手っ取り早い。
「ちなみにだけど、俺がモテてる的な話は……」
「誰からも聞いたことないわね」
「あ、あぁ……分かる。分かるよ~。そういうのは秘密にしないとだし、言えないよな」
「いや、フツーに」
「チキショーっ!!」
分かってはいた。分かっていましたとも。
それでも、千夏がモテるのなら俺だって少しくらい……という淡い期待はスズが真顔で打ち消してくれた。
まぁ、いい。俺には嫁が沢山居るし、それで十分だ。
三次元は甘くない。二次元は甘い。一瞬でも迷った俺がすべてを間違っていたんだな。
(早くゲームしたい……スズ達はいつ帰るんだろう)
俺の期待は外れ、友里乃さんとスズは今日一日ここで過ごすと決めて来たらしい。
お客様は居ないからいいけど、ずっと隣に居なきゃいけない雰囲気にされるとゲームがしづらいという問題がある。
俺は素早くスマホを操作して、千夏に連絡を送る。遅かれ早かれ千夏には説明しておかないといけない。
店の事だから千夏にスズの事を話す義務は無い。けれど、今後のスムーズなやり取りや、バイトがバレそうなのを誤魔化す際には間違いなく人手が必要になってくる。
適任は千夏しか居ない。再従兄妹の事までを言うかは別として、とりあえず早めに伝えておいて損は無い。
(……損、無いよな?)
何故か最近、何に対しても疑り深くなっている気がしてならない。
疑心暗鬼は良くないし、もっとシャキッとしないとな。うんうん!
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