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お待たせしました!
よろしくお願いします!
「友里乃……さん。あの、ちょっと娘さんの事ですが」
言い淀む俺を見て何かを察してくれたのか、優しい笑みを浮かべながら向き合ってくれた。
今から言おうとしている言葉は、本来ならば言うべき事じゃない。だが、言わなければイケない事だった。
「娘さんですが……どうしてあぁなったんですか?」
「ちょっと、あんたそれどういう意味!?」
「っ!? ……座って待ってるかと思ってた、あんまり驚かせないで?」
いつの間にか背後に迫っていた新名鈴乃の声に心臓が跳ね上がる。ジトォ……と目を半分開いた状態で、とても不満で不快ですと言いたげに見詰めてくる。
だが、もうそれにビビる俺ではない。すぐに視線を友里乃さんへと戻して返事を待った。
「う~ん……私にとっては家に居る時のスズがスズなのよね。僕くんの方が学校でのスズに詳しいでしょ? やっぱり違う?」
「天と地ほど! もう月とスッポン! というか別人なのでは?」
「あんた、どんだけ言うのよ……」
すぐ近くからボソボソっと聞こえるが、今は無視する。
「椋一。スズちゃんを雇うか雇わないかの話だったでしょ? 決まったの?」
「それだけど、彼女にはやる気というものが欠片も無い。やる気さえあればまだ……とは思うけど」
「でも、バイトは欲しいんでしょ?」
「……それは、まぁ。そうだけど」
働き手が増えれば俺も隙間時間を増やせると思っていたから、バイトが欲しがった。
だが、どうだろうか? 彼女を採用とした場合――間違いなく負担は増える。
もちろん、誰であろうともすぐに戦力になるとは最初から思ってはいない。慣れる為の期間は当然の事として用意するつもりだ。……だった。
でも、どのくらいの期間を用意すれば新名鈴乃は一人前になるだろう。それを考えた時、明確な答えなど見付かるはずもなく、むしろ失敗を繰り返す未来しか視えなかった。
「……母さん、時給はどうするつもり? たぶん、それがやる気にもなると思う。というか、それしかやる気を出して貰えない気がする。これは本当に最後のやつ」
楓ちゃんをモチベーションとするのは彼女の勝手だ。
だけど、楓ちゃんがいくら常連とはいえ連日来ることは珍しい。来ない日に仕事をしないポンコツになってしまうと、結局は意味がない。だから最後。これでも働く意欲が無いのなら、本当にゴメンナサイと言わなければならない。
そういう訳で、時給――お給金だ。働くモチベーションはそこにあると言っても過言ではないだろう。
もう、そこに賭けるしかないのだ。新名鈴乃がやる気を出して、俺が採用するかどうかを決める為には。
「そうねぇ。スズちゃんはどれくらい働けるの?」
「この子? この子は毎日でも良いわよ?」
母さんから新名鈴乃へと投げた質問を友里乃さんがカットして、豪速球を投げ放った。
娘に甘いと思わせて、意外と鬼畜な事をサラッと言う人だ。たぶん、怒らせてはいけないタイプだ。
「ちょっ、お母さん!? そんな勝手な! 毎日とか、ろーどー基準法的にアウトでしょ!?」
当人からすると、流石に勝手に決められてしまうのは堪らないのか、それっぽい事を言って反論をしている。
だが、ちょっと勢いが足りなく感じた。
どこかでそういう話でもしていたのか、二人の仲では働く事が前提としてある様に感じる。だから新名鈴乃も強く言い返せないのかもしれない。
「大丈夫。ウチは家族経営の自営業だから」
「それ……バイトじゃなくお手伝いじゃん」
だからあえて、慌てる新名鈴乃の肩にポンっと手を置き、何の心配も無い事を教えてあげる。
バイトかお手伝いかは単なる言い方の問題であり、些細な問題だ。ウチは働いた分だけきっちりとお金を手にする事ができるホワイト自営業だ。
だから、毎日……は流石に冗談であり、普通にアウトだが、なるべく多く働けるというのはむしろ良いことだと捉えて欲しい。
特に、新作ゲームがよく発売されるジャンルをプレイしている高校生にとっては。
「とりあえず、最低賃金スタートってのはどう? それでスズちゃんの出来る事が増えたら、少しずつ時給を上げていけばスズちゃんも楽しく頑張れるでしょ?」
それは――たしかに良い方法な気がする。
本人のモチベーション、友里乃さんからのお願い(※娘が家事炊事できる様になる事)、俺の負担が減る……どれにも繋がるやり方だ。
給料から攻めるやり方は、まったく思い浮かばなかった。それなりの時給なら、流石にやる気を出すだろうと漠然と思っていただけで、ひとつの作戦に昇華する案は出なかった。
こればかりは、経営の方に関わって無い俺じゃ出ない母さんの母さんらしいやり方だ。
「……ん?」
そこでふと、何か頭の中に違和感が生まれた。
今思えば、いや、今更思えばだが……俺は自分の給料のシステムを知らない。ありえない話に思えるかもしれないが、本当に。
自分の時給も、いくら貯金があるのかも、いつ支払って貰っているのかも……何も知らない。
たまに欲しいゲームがある時は、母さんに言えばお金を貰える。毎回ちゃんと貰えるから、一応は貯金がちゃんとある……と思う。
どこに置いてあるのかは知らないが、北上椋一の働いて得たお金というものが確かに存在はしているはずだ。
「母さん。あれ、えっと……俺のお金って……どうなってるの?」
「なぁ~に不安そうな顔してんのよ? ちゃんとアンタの口座を別に作って振り込んであるわよ? 自分で言ったんじゃない、お小遣い制みたいで良いって」
「そ、そうだっけ……」
――ホッと胸を撫で下ろす。どうやらただ、忘れていただけらしい。
お年玉を子供から預かる母親の様に「お母さん口座に預かってます」みたいな事を言われたらどうしようかと、疑ってしまった。
本来は自分で管理しなければいけない物だが、使えるお金を持ってしまった自分を想像すると……まだ母さんに預けておいた方が安心感がある。せめて高校を卒業するまではその方向性でいこうかな。
自分を信用していない訳ではなく、逆に信用しているから――新作が出る度にゲームを買ってしまうだろう自分を。
だから、もう少し自制心が育つまでは自分で持つお金は少量の方が良いかもしれない。
「ま、それなら大丈夫。……で、新名さん。どうする?」
「どうするって……言われても」
「もちろん、働ける時にだけ働いてくれて構わない。遊ぶ時間とか勉強の時間も大切だから。でも、やる気さえ出してくれるなら……いろいろ目を瞑って、歓迎しても良い」
手を差し出す。
正直に言えば、新名鈴乃という同級生は容姿以外になんら魅力を感じない。というか、見付からない。
友達や恋人を募集している訳ではなく、働き手を探している時においては彼女に魅力的な部分は何も無い。
それでも『やる気』さえ見せてくれるのであれば、俺は彼女を尊重する事が出来る。
仕事とは、そういうものだ。生き方にも通じるものがある。
つまりは――『頑張るぞ』とやる気を見せてくれる人を人は余程の事が無い限り嫌いにはなれないのだ。
「ちょっと上からなのがムカつく、けど……。鈴乃、言いにくかったらスズでも良い」
新名鈴乃――スズは俺の手を掴んだ。そして、俺達は握手を交わした。
「よろしく、新名」
「本ッッッッッッッッ当にイイ性格してるわねッ!!」
「俺の事はバイトリーダーとでも呼んでくれ」
「まず人の話を聞きなさいよ! あんたなんか……そうね、リョウ。それで充分よ」
軽い冗談にも乗っかってきてくれるスズが居るのなら、この喫茶店の雰囲気は今よりももっと楽しくなるに違いない。
少しだけ、明るい未来が視えた気がした。
「あ、でも学校じゃ別だから。気軽に話し掛けないでね。周りが面倒な勘繰りしてくるのも鬱陶しいし」
「スズも意外とイイ性格してると思うぞ……」
いつまでも握っている訳にはいかない手を早々に離す。
俺とスズは飲み物を取りに戻って、それから、お互いの母親の隣の席に腰掛けた。
(もう、こんな時間か……)
お店の開店時間はとうに過ぎている。それでもまだ人は来ないゴールデンウィーク。
自然と雑談は続いていった。
◇◇
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