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よろしくお願いします!
「じゃあ、改めて紹介でもしようかね。スズちゃん、これが私の息子の椋一ね」
「どうも……」
「僕くん。こっちが私の娘の鈴乃。仲良くしてあげてね」
「あ、はい……」
お互いの両親に紹介されて、俺も彼女もちょっと頭を下げる。
(気まずいな、微妙に)
浮わついた空気はなく、目を合わせるのも気まずい雰囲気。母親達は楽しげに話しているが、再従兄妹達は愛想笑いが精一杯だった。
母親達の会話を聞くに、普段の呑み会で話す内容に子供達の事はあまり含まれないらしい。もっぱら主婦目線からの愚痴らしく、子供達の写真を見せる事はあっても深く話しはしないそうだ。
「こんな風に僕くんとスズが会うのって、小さい頃以来じゃなかったかしら?」
「そうねぇ。学校では会ってるでしょうけど……椋一は覚えてる?」
「いや、まったく――」
覚えていない。そう言おうとした時に、強烈な殺気に似た威圧感を感じる。
武道に通じている訳ではないから、ただ睨まれているだけでもそんな風に思ってしまう。
とにかく怖い顔をしていらっしゃる、新名鈴乃さんが。とうてい直視出来ないのに、顔を逸らす事も出来ないでいた。
ただ、目線を彷徨わせることしか出来ず、言おうとしていた言葉をゴクリと飲み込んだ。
「いや、ちょっと……は、覚えてるかも?」
「私は覚えていないけど」
(なんだとっ!? 過去に何かあるのかと思わせておいて自分はそれかっ!)
ちょっと気遣った自分が恥ずかしい。
親が言っているのだから、小さい頃に会っているのだろう。記憶はとても薄れているが。
小さい頃に遊んでいた女の子と言えば、やはり千夏になる。思い出そうにも、やはり新名鈴乃と出会った記憶は出てこない。
「あらあら……小さい頃は椋くん椋くんって言ってたのにこの子は」
「言ってない! 勝手に捏造するのはヤメテ!」
「う、ウチの子もスズちゃんスズちゃんって……」
「母さん!? 今は張り合う場面じゃなくない!?」
向こう側が捏造かどうかは知らないが、こちら側はきっと捏造だ。母さんの張り合いポイントはよく分からないものの、何かとウチの息子も出来ますが……というのを周囲に見せようとする事がある。
良い様に言えば『息子想い』悪く言えば『親バカ』なのだ、母さんは。
「……ふぅ。あの、話を変えて悪いんですけど今日はどのようなご用件で? いや、普通に遊びに来て頂けたのならそれはそれで良いんですが……」
どこかで流れを切らなければ、このまま母親同士のお喋りで時間が経ってしまう。そう思って、今とりあえず気になる事を聞いてみた。
「……バイトよ」
「……はい?」
友里乃さんに聞いたつもりが、意外にも返事をしたのは新名鈴乃だった。
そして、その返事の内容が聞き取れたのにも理解出来ず、俺は聞き返してしまった。
だが――返って来た言葉は先程と変わらない。新名鈴乃の表情は、先程よりも少しばかり嫌そうになっていたが。
「ほらアンタ、バイト欲しがってたでしょ? 最初は友里乃に頼もうかと思ってたんだけど、そしたら……」
「うちの娘って本当に何にもしないのよぉ。だから僕くんに頼んで手料理の一つでも教えて貰えれば、ってね?」
(バイトだとっ!? 望み薄かと思ってたが……)
母さんに可能ならばという感覚で気軽に頼んでいた新しいバイト。神に祈ったのが良かったのか、こうして実現する日がついにやって来た。
それは嬉しい。とても嬉しいはずなのに、どこか引っ掛かる部分がある。
――新名鈴乃は、学校でも屈指の美少女だ。ゆるふわなウェーブの掛かった長い髪、近寄り難い雰囲気もミステリアスと言われモテ要素の一つだ。
外見は俺がこうして話すのも憚れる程のものだ。外見は。外見はもう、集客力の匂いしかない。
だが人間――いつだって最後は中身ではないだろうか。
母親が娘に『この子何にもしないのよ』という時、他の人に対する謙遜の場合がある。そういう場合の方が多いとすら思う。
でも……俺の勘が「もちろん違うよ」と言っている気がする。絶対に当たって欲しくない勘に限って、どうして人は当たってしまうのだろうか。
個人の見解だが……。嫌な予感がする時というのは、きっと過去にも同じ様な出来事があったからなのだと思う。つまりは経験。経験があるからこそ、嫌な予感は当たりがちだったりするのだ。
逆に良い予感は気のせいという場合がほとんどだ……悲しい事に。
「バイト……いや、とてもありがたい話ですけど」
「何か不満そうに見えますけど?」
「全然! いや、そんな事は本当に無いですけど! あの……新名さん、料理とかは……」
「何が?」
「いや、何がではなくて……」
見るからに不機嫌な顔になっていく。人間、得手不得手はある。それは理解しているつもりだ。
だから、料理が出来ない事を責めるつもりは無いし、なんならこれから友里乃さんの言う通り教えていけば良いのだ。
「あら、面接みたいね。友里乃、少し席を外しましょうか」
「そうねぇ、後は若い人達でって事で」
「えっ!? ちょっと!」
流れのまま席を離れようとする母さんを呼び止める。面接が嫌というよりは、先程からちょいちょい怒らせているっぽくて二人っきりが気まずい。あと、他にも問題がある。
家族経営のこの店にアルバイトが来た事なんて無く、それはつまり、面接のノウハウも無いという事だ。
何を聞けば良いかイマイチ分からない上に、大事なお給料の話もこのままでは出来ない。
「冗談よ。でも、まだスズちゃんは乗る気じゃないみたいだから……バイトするのもしないのも、結局はアンタの説得力に懸かってるからね? じゃ、スズちゃんが働く気になったら呼んで」
「スズを任せるわね、僕くん?」
(いや、結局行くのかよ……)
そう言いたい気持ちをグッと堪えた。
というか、バイトに乗る気じゃない子を連れてきちゃ駄目じゃない? やる気があるのなら、友里乃さんの方で全然良いのに……。
母親達は少し離れた別の席にコーヒー片手に移動して行く。もうすぐ開店時間になりそうだが、今はそんな事を気にしている場合では無くなった。
「で、どうやってあたしを攻略する訳?」
「……攻略?」
「あ、ううん。どう説得するかって聞いたの。これでも私、働く気はこれっぽっちも無いけど?」
駄目だ、駄目だ駄目だ。これ以上、新名鈴乃と話しをしてはいけない気がする。今ならまだ、取り返しのつく場所に立っていて……これ以上話を進めるともう引き返せなくなりそうだ。
(既に片鱗が……いや、見えない見えない見えないぃぃぃぃ)
頭を振る。
(新名鈴乃、女子と仲が良く運動神経も申し分ない。愛想も良くて、内面はミステリアス……)
再度、知ってる限りの新名鈴乃の王道を見詰め直す。それで、どうにか心の平静を保つ。
働くつもりが無い子を説得する技なんて持ってないし、いっそ諦めてしまった方が良い気さえしてくる。
「働く気が無いんですか?」
働く理由があれば、働かない理由もあって然り。学生である以上、勉強や部活に専念したいというのであればやはり強制はしたくない。
友達との時間を大切にしたいという理由であれ、俺はそれを尊重したいと思っている。
「無いわね」
「理由を聞いても良いですか?」
「最低限の友達付き合いはしておかないといけないでしょ? 女子的に。それをすると足りないのよ、時間が」
「なるほど。時間ですか……気持ちは分かるので何とも言えませんが」
ギャルゲーをする時間が無いという理由で、バイトが欲しいと言っている俺だ。時間の大切さなら、他の同年代よりもちょっとだけ理解が深いと自負している。
やりたい事をやりたい時にやれるだけやる。それがどれだけ心を満たすかという話。彼女にとってのそれを奪ってまで、自分が楽しようとは思わない。
ならば、今回は……非情に残念だけど諦めるしかないみたいだ。
「てか、何で敬語なの? そんなキャラだっけ?」
「距離感の掴めて無い人には敬語が無難ですからね」
「ふ~ん」
「興味無いですよね、知ってます。とりあえず説得は出来なかったという事で……そういう理由なら新名さんは怒られませんよね?」
これで良い。これが両者にとってベストの選択のはずだ。
だが少し、母親グループの期待に応えられなかったのが心残りになる。
「あんまり説得してなくない?」
「まぁ……無理なことは無理。そういう諦めもたまには必要じゃないですかね。こっちは大丈夫なので、新名さんも気にせず好きなことをしてください」
仮に説得できたとしても、イヤイヤなら要らないと思っている。
それよりは、頑張りますと言ってくれる子の方が店の雰囲気も明るくなるに違いないし、欲しい人材だ。
そういう子が応募してくれる次の機会を待つという手もある。今すぐ人手が欲しい状況じゃないからな。
「北上、あんたってそんな感じなの?」
「そんな感じ……とは?」
「だから……いや、いい。上手く言えそうにないから」
「そうですか」
何故か、新名鈴乃が不機嫌そうにしている。理由は分からない。
どこにその人の怒りポイントがあるかなんて、長年友達でもしていない限りは分からないものだ。慎重に動こうとすると、逆にそれが相手を逆撫でする選択だったという事もある。
そんな時に取れる選択はあまり多くないだろう。一番マシなのが、おそらくはソッとしておくということ。
波風を立てない事なかれ主義というのは、意外と嫌いじゃない生き方だったりする。
「ちなみにだけど、北上ってどういう生活サイクルで生きてんの?」
「え? あーうん。朝は早起きして、ケーキ作って、学校行って、店の手伝いして、手の空いてる時間に課題とかちょっとゲームの時間があって、夜の十時には寝てるかな?」
「…………楽しいの? それ」
やはり他の人からするとつまらなく見えるのだろうか。
「ゲームしてる時は楽しいですよ。それと同じくらい、喫茶店で働くのも悪くないと思ってます。いろんなお菓子とか作れる様になりますしね」
どうにか楽しさを伝えたいが、きっと難しい。こういうのは、実際に体験してみないと口頭だけでは上手く伝えられないものだ。
「お菓子……」
「少しは興味あります?」
先程まで面接だという気持ちが自分の中に少なからずあってか、今よりも緊張していたらしいのが分かった。
どうでも良いという訳ではないけれど、気負わなくて良くなってから口の動きが軽くなった気がする。
「まぁ、自分で作るのは面倒だけど」
「新名さん……こう言ったら失礼かもしれないですけど、学校とだいぶ雰囲気違いますね?」
ここで――ついにミスをした。口が軽くなった途端、やらかした。
触れない様にしていたはずの部分に、指先を触れてしまった。
そう言ってしまえば返ってくる言葉は二つに一つ。はいかいいえ。イエスかノーか。
今日の新名鈴乃の様子を見ていれば、内面的な事も少しは理解出来てくる。学校とのイメージとのズレも認識できてくる。だからこそ……触れてはいけなかった。
「んー……ま、北上ならいいか。あたし――学校じゃ、キャラ作ってるから」
「いやぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああッッ――!!」
堪らず絶叫をする。お客様が居なくて良かった。遠慮せず絶叫できたから。
母親達も新名鈴乃も唐突な絶叫に驚いている。その理由を知る者は他に居ないのだから、驚くのが普通の反応だろう。
(ちくしょう……ちくしょう……もう、イヤだぁぁぁあああああ!)
新名鈴乃の台詞は――どうしようもなくギャップに繋がっていた。
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