②④
よろしくお願いします!(´ω`)
「遅かったじゃん?」
部屋に入ると、ベッドにうつ伏せに乗り、課題を先に始めている千夏の姿があった。
感想文を書く用紙の下に下敷きを置き、足をパタパタとさせている。
「ノアちゃんから電話があってな。……ベッドに消しカスを落とすなよ?」
「まぁまぁ、良いじゃん。後でコロコロすれば」
「いや、普通に嫌だろ。せめてゴミ箱に入れてくれ……」
ベッドの横に小さなゴミ箱を置いてあげる。ベッドの下と机にジュースが置かれてある。千夏が持ってきたのだろうが……もしや、ベッドに溢してはいないだろうな? とちょっと気になった。
ジロジロとベッドを確認してから、俺も自分の机に向かって千夏と同じ課題からやり始めた。
「んー……感想と言われてもなぁ?」
A4用紙一枚文の感想。出だしさえ書ければスラスラと書き綴れるかもしれないのだが、その肝心の出だしで悩んでいた。
個人名を出して、仲良くなりましたと書いて良いのか分からない。
「千夏、どれくらい書いた? もう終わってる?」
「駄目ねー……箇条書きなら簡単なのに。文章でそんなつらつらとは書けんわっ!」
「俺達、一応文系なんだけどな」
二人してそうだった。小学校から今までの読書感想文も夏休みの最後まで残ってしまうタイプ。
紙切れ一枚であろうとも、とても長く感じてしまう。それなのに、終わりまで書くと纏めきれずに足りないという状況に陥りがちだ。
文才が無いとか以前に、長文を書くことが苦手なのだ。
「椋一、提案なんだけど」
「……なんだ?」
こんなタイミングだ。良い提案だとはとても思えなかったが聞き返してみた。
「休憩、しよ?」
「――っ。だ、駄目だ! せめて一つ終わらせてから休憩にしないと、いつまで経っても終わらない!!」
やはりだ、と。とても甘美な誘惑だが、それをしてしまうと俺達はきっとどこまでも堕落してしまう。
だからここはキッパリと断って、まだ白紙の紙と向き合う。ちょっと時間が掛かりそうだな……。
――それからしばらくして。
「よし、楼王院麗華の名前を出さずに学校も生徒もゴージャスだった事をひたすら書いたぜ……」
「優雅さとか佇まいの綺麗さとかをひたすら書いてやったわ……」
俺は机に、千夏はベッドに突っ伏す。
二人してやりきった感を出しているが、まだ土日に出された課題は残っている。だが、少しくらい休憩しても大丈夫だろう。
「ちょっと風呂に入ってくるわ」
「えぇ……普通女子に先を譲るでしょうよ。まぁ、良いけど。じゃあ、その後に入るから……ぬるくし過ぎないでね?」
「うい」
衣類ボックスからテキトーに下着類を取り出して、風呂に向かおうと部屋を出ようとした所で、千夏に呼び止められる。
「んふふ、一緒に入ったげようか?」
「はぁーん、部屋を荒らすんじゃないぞー」
それだけ伝えて、さっさと風呂場へと向かった。
サッパリとして部屋に戻って来たとき、やたら本棚の奥を探している千夏と目があったが……ソコじゃないと笑いそうになるのを堪えつつ、千夏に風呂の順番を譲った。
「次、どうぞ」
「……机の一番下の引き出しの一番下にあるものは捨てさせて頂きます」
「――(白目)。ち、千夏さん? それは預かりものといいますか……ね? 千夏さん? おーい、千夏さん?」
「二次元はカモフラージュですか? ん? 巨乳好きの椋一さん?」
――バタン。
千夏が部屋から出ていき、扉が閉まった。
やけに静かな部屋に、ふと、確認すべき事を思い出して動き出した。
「……無い。親父から譲り受けた、例のブツが」
きっと千夏は信じてくれないかもしれないが、本当に俺の物ではない。小さい頃に旅立った親父の置き土産。高校生になったら開けろと言われ、まだ一回しか見ていない本。
「……くっ。千夏め、荒らすなと言ったのに」
今は愚痴を吐き出しても仕方がない。次に、ノートパソコンを開いてその中身を確認してみる。
「こっちは無事か……。これもいつ見付かるか分からないし、フォルダ名をいろいろ変えておくか。とりあえず『宝物』と」
まったく……。油断も隙もない。これだから遠慮も慎も要らない関係というのは厄介だ。
仕返しという程の事では無いけれど、先に課題を終わらせてやろうと鞄から教科書とノートを取り出した。
女子の風呂は長いと聞く。余裕で終わるな。悔しがる千夏の顔が浮かぶ……本はどこかに隠されたままだけど。
「……飲み物のお代わりでも持ってきといてやるか」
空になっているグラスと緑茶の入ってきた容器を見て、一階に取りに向かった。ついでにお菓子も持ってきておく。
千夏が何時に寝るのかは分からないが、俺は夜更かし出来ないからな。
明日も休日でゆっくりと出来るとはいえ、生活サイクルを崩したくは無い。そこら辺をズボラな千夏に合わせていたら……ダメダメ人間待ったなし。
「千夏の分のガトーショコラが残ってるな。これで良いか」
冷蔵庫に入れていたお菓子を持って、部屋へと戻った。
◇◇
「ふぅー、良いお湯でしたっと」
「おかえり。机使って良いぞ、俺はもう寝る。十一時近いからな」
「えっ!? 早くない!? まだ、十一時じゃん? こっからゲームとか、いろいろする流れじゃないの?」
「たしかにゲームとかはしたいが、明日も朝の内にケーキは作っておきたいしな。日曜日は暇な時間が多いからその時じゃないと無理かな?」
「え~っ!? ゲーム! ゲームゲーム、遊びたい! 遊びたいじゃん!?」
そう喚く千夏を横目に、ベッドにモソモソっと入っていく。
遊びたがりの千夏からすると物足りないだろうが、俺には待ってくれているお客様が少ないが居るのだ。
「私とケーキ! どっちが大切!?」
「収入が無い俺と、収入が有る俺、どっちが良いと思う?」
「屁理屈じゃん!」
「お互い様だろうに……。起きててやるから早く寝る前のアレコレを終わらせて電気を消してくれ」
「いいよ、私も寝るから! 電気消すからね!!」
鬱憤を溜めていますと言わんばかりの喋り方をしてくる。
遊べるのなら、それは俺だって遊びたい。でも、無理だから仕方ない。でも……優先順位は間違っていないつもりだ。
一人用のベッドに千夏が侵入してくる。俺は壁際に追いやられ、使用している割合は三対七ぐらいだろう。
「やっぱり狭いな」
「そりゃ、昔よりも大きくなったんだから仕方ないでしょ?」
分かりきった問い、分かりきった答え。
「変な夢とか見て、明日の朝とか苦労を掛けないでくれよ?」
「自分じゃコントロールなんて出来ないし」
何回も繰り返してきた問い、何回も繰り返してきた答え。
「寝ボケた振りして触ってきたら……関節キメるくらい良いよね?」
「本当に寝ボケてた時くらい許せない!?」
始めて言われる問い、始めて返す答え。
千夏が満足するまで、もしくは俺が寝てしまうまで、ただゆったりと会話のラリーを続けていく。
「椋一、寝た?」
「……寝てないよ」
「最近、可愛い子と出会い過ぎじゃない?」
「そうかもな。きっと、運命神の導きだろうな」
「……なにそれ」
「深い意味は無い。もう寝るぞ」
十回以上は言った寝る発言をまた言っては、静かになる。しばらくすると、千夏がまた声を掛けてくる。
背中と背中が当たっては、ちょっと離してみて、気付くとまたくっついていて。
ベッドに横たわってから、今が何時かも分からないくらい時間感覚がフワフワとしてきた頃。俺の限界が近付いていた。
「おき……て、る……」
何か言われた気がして、言葉を返したのだが何を言われたのかは曖昧だ。とにかく瞼が重い。気を抜けばすぐにでも眠ってしまいそうな、眠気の狭間を揺らいでいた。
千夏が寝返りを打ったのか、ゴソゴソと背中側で動いた気配がした。
――背中に手を当てられる。
千夏が何かを言っている気がするのに、もう耳に入っては来ない。
(すまん。明日また相手をするから、寝させてくれ)
喋るのすら、眠気の前ではもう億劫だ。心の中で千夏に謝って、意識を放棄していく。
「おやすみ、椋一」
最後にハッキリと千夏の声が聞こえた。
その言葉にだけは返そうと思っているのに、手放した意識がどんどん沈んでいく――――。
――ピピピピピピピピピ。
意識が遠くなってすぐ……次に聞こえてきたのは、朝の起きる時間を報せるアラームの音だった。
ただ……不思議とグッスリと眠れた気がした。
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