②①
ちょっといっぱい本が手に入ったので、読む時間をくださいな(・ω・`人)
みんなが散歩に出てから急ピッチで洗い物を終わらせ、休憩を取っていた。
休憩と言っても、お菓子作りをしているのだが……。
今は、抹茶のガトーショコラの焼き上がりをオーブンの前でジッと見ていた。ふっくらとしていく様子が、見ていてちょっと楽しい。
「もう少しだな」
千夏達が戻ってくるまでまだ時間があるだろうし、ガトーショコラも順調に完成に向かっている。
お客様の波も引いて、店内には一人の常連さんが競馬新聞を読んでいるだけだ。今ならゲームする時間もあるな。
部屋までゲーム機を取りに戻り、調理場でギャルゲーを起動させた。
「どうしてこうも胸の偏差値が高いんだろうな? ギャルゲーって。まぁ、とても良いことだけど」
スタイルの良さは現実離れしているが、それが良いところだ。
さっそく幼馴染キャラの攻略を進めた。
おっとり系で家庭的で面倒見が良く、それでいて距離感が男子と変わらないくらい近い。それでいて頭も良くて器量も良いし……最高である。
『裕太、今日からおばさん達が旅行に出掛けたでしょ? 代わりに晩御飯作りに行くから』
『それは助かるよ、陽子の飯は美味いからなぁ』
『褒めたって、帰りに買い物の荷物持ちはしてもらうからね!』
そんなやり取り。……憧れるなぁ。
休み時間の教室で、幼馴染同士でどうどうとそんな話をしている。絶対に美味い飯を作ってくれるから陽子ちゃんは最高だ。
『おいおい、やっぱりお前ら付き合ってんだろ!? そうなんだろ!?』
『おい、だからそんなんじゃないって言ってんだろ?』
「そうなんだよなぁ~! もうこれ付き合ってるというか、付き合えって話よな!」
ケンゾーみたいな事を言い出す親友キャラ。盛り上げ役だし面白くて良い奴だ。そいつの意見に同意する事も多い。
『今日は何にしようかなぁ~』
放課後になり、主人公とセンターヒロインの陽子ちゃんがスーパーで買い物をしている。仲睦まじく。
『ハンバーグとかが良いけど』
『う~ん、そうね! お鍋とかにしない? もうそんな季節だし』
「うんうん。良いよなぁ~鍋。あと、主人公の意見が聞き入れて貰えなすぎて……」
その後も幼馴染ルートをプレイして行くが、分かった事がある。それは……千夏と全然タイプが違う!! という事だ。
大和撫子みたいなキャラと、ガサツな千夏。何にも参考にはならず、普通に楽しくプレイしただけになっていた。
強いて言うなら、主人公は黙って全てを受け入れるしかないと言うことだ。
プルルルルルル――。
ゲームを楽しんでいると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。
画面を確認すると千夏だった。
『どうした?』
『いや、もう店に帰ろうと思って……もう店の前まで来てるんだけど……』
『そっか。おかえり……で? どうしたの?』
『居るのよ?』
『居る? 誰が?』
『誰かがよ! 店の入り口の前にジッと立ってるの。近くには高級車もあるし……今は曲がり角の陰に居るんだけどさ!』
誰かが居る。店の前に。……それは怖い状況だ。
誰かが店に入ってきた音は聞こえないし、今もなお入口の所に居るのだろう。
(なにそれ怖ッッ……行くしかないのか?)
千夏達が怖がって店に帰ってこれないという事で、どうにか対処しなければいけない。高級車とかヤバい臭いしかしないけれど、行くしかない。
今頃きっとビクビク震えている楓ちゃんの為にも、ここは頑張り時だろう。
『千夏、誰かは分からないのか?』
『丁度車で隠れててこの距離だと帽子しか……』
『分かった。俺が外に出るから少し待っててくれ』
電話を切って、調理場から入口の方へと向かう。チラッと見た母さんは、優雅に珈琲を飲みながら動画観賞に集中していた。
入口のドアにシルエットが映っている。そのシルエットは千夏の言う通り、ただジッ……とそこに立っていた。
ドアにゆっくりと近付いて行くと、何か声が聞こえてきた。
「……で、…………わ?」
――知ってる声だった。最近、聞いた気がする。
「このドアは自動ではないですの? この私が来ていますのに、出迎えが無いとはどういうことです!? 北上椋一はいったい何を……ま、まさか別の場所? しかし運転手はここだと……こ、困りましたわね。ノックをするのが正しいのでしょうか?」
その声、そのシルエット、その喋り方――楼王院麗華、その人だった。
何だか困っている様子で、何分くらい立ち往生しているのかは知らないけど……もう少し様子を見たくなってくる。
「…………困りましたわね。どうして電話番号を書いていないのでしょうか? 北上椋一の杜撰さには呆れ呆れしますことよ。えぇと……えぇと……」
(たしかに住所しか書かなかったなぁ。そろそろ出ますかね……)
楼王院麗華のシルエットがキョロキョロと右や左に動いていて、困りに困っている。
俺は入口のドアをゆっくりと開けて、楼王院麗華の前に姿を晒した。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
「あ……えぇ! 訪れて差し上げましたことよ、北上椋一!」
パァァと花開く様な笑顔を見せてくれる。
それでも優雅さや上品な佇まいは変わらず、堂々とした雰囲気だ。
「もう、ダメですわよ。私が来たことを察したらすぐに出てくる事を店のマニュアルに書いておいていただきませんと! おーっほっほっほ!」
「へいへい。……して、車はどうするの? ウチに駐車スペースとか無いけど……」
「大丈夫ですわ! 高岸、いい時間になったら迎えに来て下さいまし」
その声が車の中の人に伝わったのか、高級車は走り出した。
雑なオーダーだとは思ったが、それでも応えないといけないのだろう。中々大変な仕事だな。
「すげぇ、大人をアゴで……これがお嬢様なんだな」
「そうでもないですわぁ~、おーっほっほっほ」
「なるほど……あの、楼王院麗華さん。ちょっと待っててくださいね」
俺は千夏に電話を掛けて、無事な事を伝える。
それからすぐに、曲がり角から姿を現す四人に楼王院麗華は驚いた表情を見せた。だがそれは、千夏達も同じみたいだ。
「あら、あら、あらぁ? 貴女は柏千夏様ではありませんか。ご機嫌麗しゅうございますわ。そして……貴女は鳳千歳! 私のライバルであります貴女が、どうして千夏様といらっしゃるのでしょうか?」
「あははー……なんというか、それはこっちも聞きたいんだけど」
「ご機嫌麗しゅう、麗華さん。答えましょうお友達のお友達だからですよ」
「パイセン! パイセン! 楼王院麗華様がいらっしゃいますよ!? やはりパネェっすよパイセンは!」
俺はノアちゃんの頭を撫でて落ち着かせ、ややカオスチックになりつつある目の前の現状を俯瞰してみる。
……輪に混ざれなかった楓ちゃんがポカンとしているな、うん。
ノアちゃんを撫でる事で、落ち着きたかったのは俺なのかもしれない。ノアちゃんの髪がぐしゃぐしゃになりつつあったが、手は止まらない。
鳳千歳と楼王院麗華の関係性はまだ把握できていないが、ライバルという声が聞こえた。
おそらくは楼王院麗華が勝手にライバル視しているのだろう。その方が謎のしっくり感がある。
「とりあえず店にどうぞ……」
「北上椋一、私をエスコートする事を許可しますわ」
「はぁ……こういう感じですか?」
普通に「どうぞ」と案内しても良いのだろうけど、左手を上向きに差し出してみた。
腕を軽く曲げるパターンと迷ったが、距離感を保てる手を繋ぐやり方を選んだ。流石に密着するのはお互いに抵抗があるだろうからな。
「えぇ、よろしくてよ」
ソッと楼王院麗華の右手が上から覆い被さる様に優しく置かれた。その手を優しく握り返し、元々みんなが座っていた席の隣へと案内していく。
「……あれ? みんなは?」
「北上椋一……貴方、まさか女性一人ひとりをエスコートしないおつもりですの? それでは紳士の風上にも置けませんことよ?」
「そ、そういうものですかね?」
楼王院麗華に窘められ、俺は店の入口にまで戻った。そこで、待ち受けていたのはエスコート待機列だった。
それが本当に正しいマナーなのかは俺には判断つかないが、おそらく鳳千歳かノアちゃんから説明を受けた楓ちゃんと千夏までもが店の外で待機していた。
「一応言っておくけど、ウチはしがない喫茶店だからね?」
「りょーいち君! さっきの、ちょっとレディーっぽくて憧れちゃうんだよ? 次、私の番だからエスコートして!」
「はぁ……」
言われるがまま、先程と同じように手を差し出す。
楓ちゃんのちっちゃな手が、俺の手をギュッと掴んでくる。どのか満足そうな楓ちゃんを見ていると、まぁいいか。という気持ちになってきた。
楓ちゃん、ノアちゃん、鳳千歳を十数メートル程エスコートして、最後に千夏の番が回ってくる。
「……千夏もなのか?」
お嬢様達と楓ちゃんは仕方ないとしても、千夏までエスコートしなければならない理由は無い。
律儀に順番待ちをしていた千夏に、問わずにはいられなかった。
「別に、空気を読んだだけだし? したくないなら無理にしないでも良いし」
「まぁ、別に今更照れる間柄でもないか。ほら……手」
「――ふふっ。仕方ないからエスコートさせてあげるわよ」
千夏の手を引いて、席まで連れていく。
みんなが帰って来たという事で、俺は調理場へと戻り、まずはオーブンを確かめてから冷蔵庫に入っているプリンを取り出した。
(自分の分だったが……作っておいて良かったな)
楼王院麗華の分のプリンを用意していなかったが、足りないなんて事にならず助かった。
お皿にひとつずつ、カップを逆さまにしてプルンとしたプリンを乗せていく。カラメル部分が美味しそうに出来ているし、味もきっと大丈夫だろう。
五皿を大きめのトレーに乗せ、みんなの元へと運んでいく。
「お待たせしました。濃厚プリンです」
「あら、美味しそうですわね。北上椋一が作りまして?」
「えぇ、まぁ。お口に合うかは分かりませんが、どうぞどうぞ」
楼王院財閥は食品関係を扱っている会社だ。そこのご令嬢である彼女の舌はかなり肥えていることだろう。
庶民的な店で提供している庶民の作った食べ物を口に含んだ瞬間、拒絶反応とかで失神しないか心配になってくる。
「では、いただきますわ。はむ……」
目を閉じ、舌に神経を集中させてテイスティングを行っている。
他のみんなも食べ始めたが、楼王院麗華は一口目から微動だにしていない。
(やはり……舌に合わなかったか?)
楓ちゃんは表情に出るから分かりやすく、とても安心出来る。しかし、ウチの味に慣れた楓ちゃんの意見は当てにならない。
それは千夏も同様で、他に参考になるのはノアちゃんと鳳千歳だが……鳳千歳も俺の作る激安ラスクに高値を出そうとしていた事を考えると、もうノアちゃんしか正確な意見を伝えてくれる人が居なくなる。
「ノアちゃん、どう?」
「濃い~っす! 美味しいっすよ!」
「そ、そっか……それなら良いんだけど」
なら何故、楼王院麗華に動きが無いのか余計に気になってくる。
不思議に思って見ていると、不意に楼王院麗華の目が開いた。
「この大きさ、味……二五〇kcalはありますわね!」
「――なッッ!?」
それは誰が発した声だったか。顔を向けた時には、もう既に全員の動きが固まっていた。
「れ、麗華様……? 今のは本当の事ですか?」
「えぇ! 私は一口分のカロリーからその食べ物のおおよその総カロリーを当てる事が出来ますの」
「凄い特技ですね」
「そうでしょうとも! えぇ、そうでございましょうとも。おーっほっほっほ!」
カロリーの事なんて、今まで気にしたことが無かった。美味しければそれで良いと思っていたからだ。
それに、普段から沢山食べるタイプでも無いし、今のところお腹の脂肪も付きすぎているという事も無い。
――だが、カロリーを無視出来ない方々も居る。特に女の子にとってカロリーとは悩みの種なのだろう。
「えっと、えっと……ラスクとお昼ご飯と……プリンと……あわわわわ」
「楓ちゃん落ち着いて、まだ晩御飯を少なめにすれば帳尻を合わせられるはず」
楓ちゃんと千夏がそんな会話をしている。
「千歳様、私達は寮のご飯を残せませんよ?」
「……由々しき事態ね」
ノアちゃんと鳳千歳も似たような会話をしていた。
そんな中でも、爆弾を投下した張本人である楼王院麗華だけは普通にプリンを食していた。
「舌に合いますか?」
「えぇ、北上椋一がまさかこれ程とは。お幾らですか? 数千円ぐらいはしますのでしょう?」
「あ、いえ……今日はお代はいりませんよ。それにそんなに高く無いですよ」
「サービス……というやつですわね! おーっほっほっほ、今度は私が菓子をお持ち致しますわぁ」
饒舌な楼王院麗華に対し、未だにカロリー問題から立ち直れていない他四人だ。
ハッキリ言ってしまうと、四人とも太っている訳じゃない。シルエットだけを見るならば、そう判断ができる。
(だが……気にするなとか言うのは地雷なんだよな)
男子から見る女子の理想的な体型と、女子の中での理想の体型とではだいぶズレがある。
その為、何を言おうが何も解決はしない事がほとんどだ。むしろ、口出しした途端に『女心の分からない男子』という烙印を押されかねない。
だから今は――沈黙。ただひたすらに会話に巻き込まれない様にしなければならない。そう考えると、特に気にしていなさそうな楼王院麗華と、お喋りしているのが今は一番正しい選択になるだろうな。
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