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よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و
――間違えて一年生の教室に行こうとする事ってあると思う。
学校に着いて、自転車を指定場所に置いて自分の教室に向かう時、うっかりと階層を間違えてしまう事。
廊下に居る知らない顔ぶれに、思わずクラスを確認して気付くみたいな事。
そして、それを知りつつ笑っている奴が居たりする事。
「おい千夏」
「あははっ、アンタうっかりも程々にしなさいよね! ほら、行くわよ」
恥ずかしい気持ちを表に出さない様にして、階段をさらに上がって二年生のフロアへと移動した。
今日は新入生の為の日ではあるけれど、新しい教室、新しいクラスメイトというのは俺達も同じで、少しウキウキとしてくる。
(二年一組……今年度も端っこの教室だな)
一年の時は五組で、その時も端のクラスだった。
二年生からは文系と理系に別れ、一組から三組が文系で四組五組が理系だ。
だから一組で千夏と同じクラスになったのはたまたま……と信じたい。小学校中学校と高校一年まで同じクラスではあったのだが、今回もたまたまの延長だと信じている。
俺は何となくで文系を選び、一組に配属された。千夏はシンプルに理系教科が苦手だから文系を選んだだけ、と言っていたし。
「えーっと……アンタの席は廊下側の一番後ろみたいね!」
「自分の席くらい自分で確認できるんだが」
「勘違いしないでよね、えー……勘違いするなっ!」
「なにがっ!?」
結局は何が言いたかったのかは分からないが、怒って先に教室へ入って行った。
千夏の席は真ん中くらいに名前が書いてあった。席替えしていないデフォルト状態では、男子と女子が二つに真ん中で分かれている。
とりあえず最低、一ヶ月は壁際という特等席を満喫できそうだ。
「あ、千夏! おはよー、ギリギリじゃん?」
「おはよ。アンタら今日も元気ねぇ?」
千夏の後に教室に入ると、人気者の千夏は取り囲む様にして女友達に声を掛けられていた。俺に声を掛けてくる人は……どうやら、このクラスには居ないみたいだ。
千夏とは幼馴染だとしても、それぞれの友達については詳しく知っている訳じゃない。ただボンヤリと、千夏の交遊関係は広いと知っているくらいで、おそらく逆も然りって感じだろう。まぁ……俺の方は把握しやすいだろうけど。
俺に仲良しの友達が居ない訳ではない。偶々、他のクラスになってしまっているだけであり、友達は居る。たしかに、ケンゾーしか自信を持って友達と言える奴は居ないが……男友達なんて一人居れば十分過ぎるくらいだ。
「千夏はいつもギリギリに来るわね~、あれでしょ? 北上君が全然起きないんだっけ?」
「そ、そうなのよ! いやぁ~、困っちゃうわよ毎日毎日。幼馴染だから仕方ないケド!」
自分の席に向かう前にチラッと聞こえて来た会話。我が幼馴染ながら、友達からのイメージを維持しないといけないとはご苦労な事だ。
俺の印象がサゲられてるのはよくあることで……それに関しては、目を瞑っている。別に困る事にはならないし。
「おいおい見ろよ。やっぱり、新名さん良いよなぁ~」
「あぁ。でも……女子の壁がなぁ~」
「いや、お前は無くても話し掛けられないだろ?」
「オマエモナ?」
(新名……まさか、あの新名鈴乃か!?)
近くで会話していた男子クラスメイトの話をチラッと聞いて、俺もテンションがやや上がった。盗み聞きスキルもレベルが上がってた様に思える。
新名鈴乃、去年一年を通してよく聞いた名前だ。
ゆるふわウェーブのロングヘアー、モデル並みのスタイルと表情の豊かさを兼ね備え、内面的な事については近隣の男子生徒から聞いた覚えは無いが、容姿に関しては良い話しか聞かない人物だ。
他の男子と同様に、俺も話した事は一度も無いが……学園のマドンナとしては理想的な人物だ。その点だけでとても高く評価が出来る。
だが、クラスや学年を通してモテる人物は遠巻きに見ている事しか出来ない。それが、ゲーム主人公と俺の違いなのかもしれない。
(まぁ、美人はイケメンと付き合ってるもんだしな? ドロドロの三角関係とかやってるんだろうな、きっと)
自分を変えるには、一歩を踏み出さなきゃいけないのかもしれない。
だが……可愛い人は見ているだけで満足してしまう俺がいるのも事実だ。それに情けない話、可愛い子と話すとか緊張するし。
(ま、同じクラスだし? 何かしらのキッカケで話すこともある……かもしれないしな!)
チャンスが降ってくるのを待っているあたり、俺はまだまだな男なのかもしれないな。
それから、担任となる先生が教室に入ってきて、軽い挨拶の後に体育館へと移動する事になった。
新入生を迎える準備は生徒会と運動部がやってくれたから、俺はただ椅子に座って拍手でもするだけになるのだが……。
「椋一、アンタと仲良い子って入学するんだっけ?」
「いや、俺は知らないが……千夏が知らないなら、居ないんじゃないか?」
移動中、千夏がそんな事を聞いてきた。
中学でも帰宅部で、部活の後輩なんて存在も居ない。千夏経由で女の子に存在を知られている、という事はたまにあるが別に仲が良い訳じゃない。
(あれ……もしかして、自分が思ってる以上に友達が少ないのでは?)
移動してる途中で、友人と歩いているケンゾーを見付ける。
二年生になっても聡明な顔をしながら眼鏡を光らせている姿を見て、友達が居ない訳じゃないとちょっとホッとした。
◇◇
華々しい入学式も終わり、初々しい一年生の姿に去年の自分を重ねていた。
『――ふっ、この俺の辞書に不可能の文字は無い』
『じゃあ、ちょっと教室に戻ったら一発芸やってみて』
『そんな無謀な事はできん!!』
『えー……あ、俺は北上椋一』
『俺は宮田健蔵だ』
そんな、某フランスの皇帝兼革命家っぽい事を言っていたケンゾーとの出会い。インテリぶっているだけなのを看破してしまったが、そこから仲良くなれた。キッカケが何なのかは誰にも分からないという話だ。
新入生達にも、是非頑張って欲しいと思う先輩心……責任は取れないけれどな。
新入生の退場を待って、二年生三年生も教室へと戻る事になり速やかに教室へと戻った。
一年生が今から最初のHRを楽しみにしている様に、俺達二年生(特に男子)もHRを楽しみにしていた。
「じゃあ、今からホームルームを始めるが……はい、静かに。話すぞー? 良いかー?」
担任の山岡先生がちょっと気合いが入っている男子を注意して、話し始めた。
「えー、この学校の近くに私立の学園があるのは知っているとは思う。ここからは校長から毎年言えと言われている事だが……『香華瑠女学園の校長とは犬猿の仲であり、奴は自分の学園を自慢したいだけの女狐ババアだ。男子諸君、逆玉の輿を積極的に狙っていきなさい』――との事だが、絶対に迷惑行為はしないように! それだけは先に伝えておくぞ」
一瞬盛り上がり掛けた男子も、山岡先生の鋭い眼光で落ち着かざるを得なかった。
二年生になって行う特別カリキュラム――それは、お嬢様学園に『出向き』交流するというイベントだ。
女子生徒の中にも、憧れから楽しみに思う者は居るみたいだが、圧倒的に男子の熱量の方が多い。
私立香華瑠女学園とは――この何の変哲も無い普通の高校から近い場所にあり、お嬢様が通う学校だ。校長先生では無いけれど、内心で逆玉を狙う生徒は多く居るだろう。
(成功したという話しは聞いたこと無いな。卒業生の中には居たかもしれないけど……)
校長同士が旧知の仲という事があり、お嬢様達が一般的な事も知って教養を積む為に『交流させよう』という主旨が建前らしく、犬猿の仲というのが本音みたいだ。
もしもの話だが、お嬢様にかすり傷一つ付ければ……後がとんでもなく怖い。黒服達に連れ去られる事もあるかもしれない。
そんなリスクがあったとしても、やはりお嬢様という響きには勝てないのが男子高校生のサガなのだろう。
(お嬢様となれば……純真、大和撫子、高飛車、ワガママ、その他……理想が幅広くあるし、見た目とのギャップが少ないだろう)
かく言う俺もその一人であり、お嬢様学園に行くのは非常に楽しみにしていた。
単純に私立学園の校内を見てみたかったのと、現実のお嬢様に気軽に会える機会などそうそう無いからだ。
「で、続きだが。毎月第四金曜日の昼休みに向こうさんの学園に行くのだが、これは強制ではなく任意だ。行かないなら行かないでも良いが、その場合は教室で自習してもらう事になる。行く生徒は校門に集合して点呼の後に出発だ。えー、次は――――」
山岡先生の話を聞いて、交流会の内容を把握していく。
要約するに、迷惑を掛けず、不適切な事は教えず、学校で庇えない事はするなという話だ。マナーとモラルと常識を忘れるなという事だろう。
おそらくだが、毎年一部の男子生徒が何かしらやってしまったりするのだろう。口説いてみたり、お嬢様に似合わない流行りを教えてみたり。
お嬢様にはお嬢様として、優雅に居て欲しい俺の価値観と学校の方針は合致する。だから、変な言葉遣いなんかを吹き込む事はしないでおこう……むしろ止めていこうと心に決めた。
「まぁ……より細かい事は今月の交流会の日にでも話すだろうから、今日のところはこの辺りだな。もうすぐチャイムが鳴るだろうから、そしたら今日は終わりだ。明日から普通に授業があるし、二年生としての自覚を持って行動する様に。以上」
そしてチャイムが鳴るのを待って、入学式――俺達からすると一学期の始業式の日は終わった。
部活のある生徒は昼休みに入るみたいだが、帰宅する生徒は教室を出て行くだけであり、俺もそれに含まれる。
「椋一、私は友達と遊んで帰るから」
「いや、それは別に勝手にすれば良いと思うんだが?」
「アンタが一人で寂しく帰る事に理由を付けてあげたのよっ。感謝してよね!」
「……う~ん、〇点だな!」
「何がッ!?」
そんな事で感謝をしないといけないなら、俺は後何万回と千夏に感謝しなければならないのだろうか。
というか、帰るだけなのに寂しさが含まれる事とか意味もよく分からないし……むしろ学校から帰る瞬間とか、楽しさしかない。
あと〇点なのはツンデレ採点である。
「はい、どーもどーも」
「感情が込められて無い!」
ビシッ……とチョップが脳天に落とされる。
痛くない程度の軽い威力でだが、暴力的な手癖の悪さは、是非とも早めに直して欲しいところだ。
「ほら、友達待ってるぞ」
「分かってる!」
最初に入る時は千夏が先だったが、帰る時は俺が先に教室を出た。
体調が回復しているか怪しい母さんの待つ喫茶店に向け、千夏のママさんに貰ったクッキーを食べながら移動していった。
「…………っ」
ただその間――背後にずっと何者かの気配を感じていた。
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