⑲
よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و
ランチタイムとなり、千夏の食べていた料理を見た他の三人からの注文と、他のお客様からの注文でしばらく調理場から離れられなくなってしまった。
配膳は母さんがしてくれるから料理にだけ集中すれば良いのだが、それでも複数人分のいろんなメニューを作るのは大変な事だ。
――ピークが過ぎたのは、二時頃になってから。
しかし、ここからはカフェタイムとして数人くらいはお客様が入って来るだろうし、油断出来たのはお昼までだ。ここからもまだまだ少しだけ忙しい。
「洗い物と補充と……あとスイーツか。やること多くなってきたなぁ」
調理場で一人、ブツブツと呟きながら作業をしている。楽しんでやっていると言っても、大変な時くらいは愚痴を言いたくなる事もある。
「パイセーン?」
呼ばれた声の方を向くと、調理場と客席との境目にノアちゃんが立っていた。
半身を隠す様にしてチラッとこちらを見てくる姿にキュンと来ない訳ではないが、境目からこちら側は衛星管理の厳しい場所だ。立ち入れさせる訳にはいかない。
「勝手に入ってきちゃ駄目でしょ、ノアちゃん!」
「お母様に許可は取りましたよ、手もアルコール消毒してます!」
姿を全部あらわして両の掌を見せてくる。いちいち仕草の可愛い後輩だこと。
「母さんも何を持ってして許可したんだよ……って話だけど。で、どうしたの?」
「私は怒っているんすよパイセン! 幼馴染が居るなんて聞いて無いっすッ! 幼馴染とか反則も反則です!!」
何を言うのかと思えば……とりあえず、ノアちゃんは怒っているらしい。それだけは分かった。後はよく分からない。
決して調理場まで来てする話では無いだろうし、どう反応をしたら正解なのかもよく分からない。だが、ノアちゃんは怒っている。そこを無視してはいけないのだろう……先輩として。
「えぇ~っと? 幼馴染が反則? 何の話だいノアちゃん?」
「あの千夏さんという人っす! 自分の勘が警鐘を鳴らしてるっすよ」
「……別に危険な奴じゃないぞ? 男には手厳しい時もあるが、基本的に女子には優しいはずだし。特に下級生からの人気は高いはずだ」
「そういうとこっすよ!! ……パイセン、千夏さんをどう思ってるんすか?」
明るいノアちゃんと千夏の相性は良いだろうと予想していただけに、今のノアちゃんに少し戸惑ってしまう。
何か千夏が粗相でもしたか……ノアちゃんが怒るなんて性格的には多くなさそうだし、中々の事があったに違いない。
「千夏をどう思……う? う~ん、そうだなぁ。もう少しくらいしっかりして欲しいとか思うかな? 誕生日は千夏の方が一日早いし……癪だが、手の掛かる姉的な感じかな」
「――ふむふむっす。それとパイセン。今お付き合いされている方はいらっしゃらないと千夏さんから聞いたっすが……その理由はどうしてなんすかっ!」
みんなで恋バナでもしていて、それで俺と千夏の話題にでもなったのだろうか。
中学の頃も、幼馴染というだけでいろんな噂が立った事がある。そういう事に興味津々な時期だし、今思えばもう少し優しい対応の仕方もあったのだろうが……当時は恥ずかしくて、『うるさい』の一点張りで逃げようとしていたのを思い出す。
千夏の方は『無い無い! 私のタイプは自分より強くて紳士的な人だもん』と現役で空手をやっていたのに、そう言っていた記憶だ。
今思えば、嘘を吐いて上手いこと話を逸らしていたのだろうが……クラスの男子の誰かがそれを信じて筋トレし始めたという話とかあったはずだ。何だかたった数年前なのに懐かしい。
「……あぁ、はいはい。えっと、付き合ってない理由ね? そうだねぇ……身も蓋もない事を言ってしまえば」
「言ってしまえばなんすか?」
「学生の恋愛っていうか、子供の頃の九割が『恋愛ごっこ』でしょ? 見た目に引かれて付き合うものの、飽きたら簡単に別れるみたいな。それで寂しくなったらまた次に行く……モテる人は良いと思うよ? でもモテない奴は、全てを『本気』の一割に賭けるしかないんだよ」
アイツとアイツが付き合っている――そんな話をを聞いて、しばらく経てば別の人と付き合っている。……という話はモテる奴にはよくある話だ。
別にその人の生き方にイチャモンがある訳じゃない。だけど、勝手に反面教師にさせて貰ってるのも事実。
大学生くらいになれば別としても、中学や高校の頃から付き合って、そのまま結婚までいくカップルは少数だろう。だから恋愛ごっこ――当人は本気だとしても、どうしても本気とは思えないのだ。
チャンスはみんなに平等じゃないし、頑張った人の方が多いのは当然。だが、そんな頑張ってる人でも相性のアタリハズレが存在して、付き合ったり別れたりを繰り返している。
それが経験となり、次に繋がると言う人も居るかもしれないけど、別れる代償だってちゃんと心には刻まれていく事だろう。
「だからまぁ、告白も簡単にはしないかな。付き合えたなら、最後まで精一杯付き合う覚悟で。……もちろん、これは俺の価値観だし、好きになった人と価値観が違って重いと言われても否定はしない。諦めてまた合う人をまた探す……みたいなね?」
「…………お、思った以上にぶっちゃけてくれたっすね。きっと、恋する女子に言ったら陰で叩かれまくるっすよ? 『恋愛ごっこ』とか!」
「そ、それは嫌だなぁ……気を付けなきゃ。恋バナはぶっちゃけた方が面白いと思うんだが、人を選んで話す事にするよ。それで、俺が行き着いた結論だけど……」
ノアちゃんは、面食らった様な表情をしたかと思えば、急に心配そうな顔もしてくれる。
夢も希望も無い事を少し言い過ぎてしまったかもしれない……。恋に憧れる年頃の女の子に、恋愛ごっこなんて言葉は普通に考えればタブーである。
ノアちゃんが直接言ってくれる女子だから、今回は命拾いしたが……気を付けなければ。女子と恋バナという機会がそう多くあるとは思えないけど、次も助かるとは思わない方がいいだろう。
しかし……それはそうとして、俺の行き着いた答えはちゃんと示しておかないといけない。偉そうに意見を述べたなら、それに見合う結論が必要とされる。
それが有るのと無いのとでは、言葉の重みが変わってくるからだ。
別に恋愛に対して卑屈な訳じゃないし、運命の人と出会う為に、いろんな人と付き合ってみるのも否定している訳じゃない。
だけど、ただ単に、他人には他人の俺には俺の恋愛の仕方があると思っているだけだ。そして、その俺の恋愛の仕方は……もちろんアレだ。
「ふっふっふ。ノアちゃんにはまだ早いかもしれないけどね、やっぱりギャ……」
「ギャルゲーならリスク無くいろんな恋を楽しめる……とかでしょ? どーせ」
横から掠め取る様に台詞を奪われる。俺の結論を知り、台詞を奪えるのなんて、一人しか居ない。
「……千夏、ここ調理場だぞ」
「ママさんが良いって言ったのよ」
「なんですぐ許可をだしちゃうんだ!?」
「アルコール消毒ならしたわよ?」
「理由はそれなのか!? それがあるから許可が出るのか!?」
消毒液……絶対に必要な物だけど一瞬だけ捨てるか迷った。
すぐに捨てられない物だと判断は出来たものの、別の場所に移さないと駄目みたいだ。
ここは神聖な調理場、そう簡単に入ってもらっても困るからな。
「パイセン! ギャルゲー……って、たしか女の子を攻略するゲームですよね?」
「そうだぞ。いろんな女の子とデートも出来るし、とてもオススメだ。主人公もイケメンだし、それに、主人公の親友もイケメンだ」
ノアちゃんも聞いたことくらいはあったのか、話しはスムーズに進んでいく。
ノアちゃんになら乙女ゲーの方が良いかもしれないが、ギャルゲーをプレイする女の子が居たって変じゃない。いつかの時の為に、厳選しておく必要があるかもしれないな。
「ほぇ~っす。それで例えられれば、自分の勘が警鐘を鳴らしてる理由をパイセンに説明できるかもしれないっすね」
「ノアちゃんが怒ってる理由をギャルゲーで? まぁ、俺に分かりやすく説明してくれるのなら助かるけど」
「えー、それほど大層な話じゃないっすけど『幼馴染は最初に攻略される』っすよね? 勘ですが!」
思ってたよりも、とても分かりやすい説明だった。一番多いかどうかを断定する事は難しいけど、攻略順が早いのはおそらく確かだろう。
幼馴染――その単語を聞くと、どうしても寝ボケている千夏を思い出してしまうが、本来は違う。
幼馴染とは本来、王道である。至高であり、最初に攻略すべきキャラクターなのだ。
最初に登場したヒロインから攻略する人も居るだろうし、変人キャラを真っ先に攻略する人も居るだろう。だが、幼馴染が居る場合……俺は先にその子から攻略して、他のキャラへと移っていく。
幼馴染を先に攻略するだけであり、幼馴染が一番という訳ではないのがポイントだ。
『絶対に幼馴染、むしろ幼馴染だけでいい』という過激派もたしかに存在するが、俺は一通りプレイをして、ストーリーも加味した上でそのゲームごとのお気に入りキャラを決めている。
「つまりっすよ、幼馴染キャラは強くて、後輩キャラはちょっと弱いんすよ!!」
だからノアちゃんのそんな意見も理解は出来るが、すんなり頷く事が俺には出来なかった。
「それは違うよノアちゃん。キャラクターそれぞれに魅力がある。刺さる人、刺さらない人、それは好みだから仕方ないけど、そこに強い弱いは無いと思うよ」
最近はどのキャラクターも魅力的すぎて困るくらいだ。
「ほ、本当っすか? パイセンは魅力的なら登場した順番とか気にしないんすか?」
「(ゲームだと公式サイトとかで個性が分かるし)――当然だろ!」
「――パイセン!! じ、自分……パイセンの漢気に感動したっす!!」
胸の前で握りこぶしを両手で作り、キラキラした尊敬の眼差しを送ってくれる。先輩の威厳として高笑いをするか、優しい先輩として頭を撫でてあげるか迷う。
だが、ノアちゃんの後ろに居る――やや不機嫌そうな千夏と目が合い、俺は浮かんで来た先輩としての選択肢を泣く泣く二つとも捨てるしかなかった。
「愛理ちゃん。あまり椋一の邪魔をしちゃ駄目でしょう? 後輩でも甘える時と場所は選ばないと……鳳さん達も待ってるし、戻りましょうか?」
「う、うっす……ごめんなさいパイセン。お仕事中に」
ややぶっきらぼうな千夏の声に、ノアちゃんが少し下を向く。
「千夏」
「……なによ?」
「お前の分のプリンもちゃんと用意してあるから」
だから仲良くしてくれ、という願いを込めて千夏にそう伝える。……仲良くして欲しいは少し違うかもしれない。後輩から憧れられる千夏でずっと居て欲しいと、ただ俺は思ってるだけだ。
何を思ってかは知らないが、歳下の子にそんな態度を取る千夏を見たくはない。
「……なんなのよ、まったく。分かってる、分かってるわよ! 言われなくてもねっ!! 愛理ちゃんその、えーっと……またあとで一緒に、ここにプリンを取りに来ましょう」
流石に、付き合いが長いだけある。千夏にはちゃんと意図が伝わったみたいだ。
気付かない内に、年下の女の子であるノアちゃんへの当たりが強くなっている事――普段の千夏なら起こりにくい現象である。
千夏自身も、どこか自分らしく無い事に気付いてくれたみたいだし……ならば、これ以上は俺から言わなくても大丈夫だろう。
「じゃあパイセン、また後で来るっすよ!」
「はいよ、千夏と楓ちゃんと仲良くな」
調理場から出て行く二人を見送る。
ふぅ……と息を吐く。それから、洗い物を先に片付けようと袖を捲った。
(プリンはまだしも……夕食前に重たいガトーショコラは厳しいか。持ち帰り様の入れ物も準備しないとな)
千夏は別として、他の三人は帰らないといけない時間がある。家に帰れば夕食の時間だろうし、お腹一杯だと作ってくれる人に迷惑を掛けてしまう。
誰かに食べて貰う事の嬉しさを知る者として、空腹というスパイスを取り上げてしまうのは躊躇われた。既にやや満たしてしまっているし……この後もプリンを提供するのだが、そこは軽めのお菓子という事でみんなの別腹を信じるしかない。
「千夏にこの辺を案内させれば……少しくらい腹を空かせてくれるかね?」
そう独り言を呟いたが、当然、返ってくる言葉は無い。――だが今は文明の利器『スマートフォン』がある。
ピポパポピ……と画面をタップはしないけど、着信履歴から番号をリダイアルして今出ていったばかりの千夏に掛けてみる。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)




