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今日は普通の長さ(´ω`)
よろしくお願いします!
ケチャップライスをフライパンで炒めている最中に、溶き卵を入れていく。十秒程ジッとしてから火を止め、後は余熱で卵と米を混ぜ合わせる様に振るっていく。
千夏の昼飯として作っているのは一応オムライスだ。ただし、みんなが想像する様な綺麗な形はしていない。見た目だけで言うのなら……チャーハンに近いかもしれない。
前は綺麗に米を卵で包んで出していたのだが、千夏がすぐにトロトロになっている卵ですらザクザクと引き裂いて混ぜてしまう為、最初からそう作る様に変えたのだ。
「えーっと、千夏は……」
「こっち」
声をした方を向くと、楓ちゃん達とは逆方向にある一人席に座っていた。
あの位置からでもノアちゃん達は見えるが、鳳千歳は背中を向けているし、千夏とノアちゃんは顔見知りでは無いからセーフだろう。
少しホッとして、千夏の方へと歩み寄る。
「はい、五百円」
「どうも。飲み物は?」
「あー、そうね。シュワシュワな気分」
「あいよ。メロンソーダで良いよな?」
千夏の返事を元から聞く気は無く、今のも『メロンソーダで大丈夫?』ではなく『どうせメロンソーダだよな』という意図で聞いただけだ。
だから伝えてからすぐに踵を返して、厨房へと向かって行く。
飲みたい物があるのならハッキリ言ってくるし、何でもいい気分の時ならジャンルだけ伝えてくる、いつものやり取りだ。
数ある炭酸系ドリンクの中で、何故俺がメロンソーダをチョイスしたかと言えば、単なるオムライスとの見た目の相性が良く、ちゃんと喫茶店っぽいからだ。予算の関係で、千夏にはバニラアイスとチェリーは付けないが……。
「はい、お待たせ」
「そこ置いておいて。……今日も普通の味ねぇ」
「そりゃどうも。千夏、今日の予定は? もちろんあるだろ? 食べたら早く帰るんだぞ?」
「あったらこんなに寝てないっての。どうしてそんな……なんかぁ、怪しいわねぇ~」
今日の千夏は、髪を軽く梳いただけのボサボサが残る感じで、Tシャツとジャージのズボンというその辺に置いていた服をテキトーに着て来たかの様な格好をしている。
本当に遊ぶ予定とかが無いのかもしれない。
予定があれば颯爽と帰って欲しかったのだが、無ければ後は本人の意思次第になってしまう。
満席という、年に何回あるか分からない状況に今からなるとも思えないし、力ずくで帰す訳にもいかない。
しかも、気持ちが先行し過ぎてしまったからか……疑われてしまった。
「怪しいって何だ? 別に……いつも通りだろ?」
「そぉ。はぁ……このアタシに隠し事が通用すると思ってるの? 鈍感なアンタと一緒にしないで欲しいんだけど」
「あ゛ぁッ!? 言っちゃイケない事言いやがったな!? 誰が鈍感系だと!? こちとらどんだけギャルゲーやってると思ってんだ! 敏感系の察する系だっつーのっ」
「相変わらずその論点の時だけキモいわね……キモキモよ?」
人には触れてはならない部分というのがある。表面的な話ではなく、内面的な話でだ。
逆鱗とまでは言わないが、俺にもそれは幾つか存在している。その内の一つが『鈍感』。
動きが鈍いという意味での鈍感なら聞き流せるのだが……心の機微が読み取れないとか、感情の起伏が少ないという意味での鈍感は、ストップを掛けずにはいられなくなる。
「キモキモ言うな。あと、早く撤回しろ! 鈍感という言葉を撤回しろぉ!」
「じゃあ試すわよ? 相手の気持ちに気付いているか試すわよ? 良いのね?」
「試す……? あぁ、存分に試せば良いさ」
何をどう試してくるかは分からないが、俺がいかに鈍感では無いかを知らしめる良い機会だ。
まるでその質問を最初から聞こうとしていたかの様に、千夏からはスムーズに言葉が吐き出された。
「幼馴染の営む喫茶店に来たら、何故か香華瑠女学園の制服を来た生徒が二人居る時のアタシの気持ち……鈍感じゃない椋一なら、分かるでしょ? さ、いつも通りに鈍感じゃない所を見せて貰おうかしら?」
(そっか。制服だったね、そりゃバレるよね。バレない訳ないかー。……何でこんなに焦ってるんだろうか、俺は)
張り付いたかの様な引き攣った笑みが、自分でも直せなくなっていた。笑っておかないと、どんな表情をすれば正解なのかが分からない。
千夏も笑顔だ。オムライスが美味しいからという理由で笑ってくれていれば嬉しいのだけど、今日も普通の味だと先程言われたばかりだ。とても怖い笑顔に見えてくる。
鈍感系では無いと証明したければならないのに、千夏が今どんな気持ちなのかが……くっ、まったく分からない。
(そうだ……逆だ。逆の立場になれば良いんだ! 幼馴染の千夏が店員をしている喫茶店にいつもの様に昼飯を食べに行く俺。店に入ると先日訪れた、普通に考えれば来る事などまず無い超金持ちの男子校の生徒が二人居た。そして、幼馴染の千夏は何か怪しげだ……)
想像していく内に、変なモヤモヤした気持ちが心に溜まっていく。なるほど……そういう事、か。
「分かったよ千夏」
「あらぁ? 自信満々じゃない。じゃあ、聞かせて貰おうかしら?」
「逆の立場になれば全て分かったも同然。そう――モヤモヤだ」
「……へ、へぇー。そう結論付けた訳ね? 中々やるじゃ……」
「――そう! 知らないからモヤモヤするんだよなぁ! ちょっと席移動するど千夏、ちゃんと紹介するから!」
「――――――は?」
逆の立場になって、ちゃんと理解した。千夏がどう思ったのかを。その原因を。
人類のほとんどがそうだと言ってもいいかもしれない。『知らない』という状態は、とてもモヤモヤするのだ。
例えば、目の前に何かがあって、それには名前が在るけれど自分だけが知らない。
例えば、見たことはあるんだけどなぁ~がずっと続いている状態。
例えば、友達がいつもと微妙に反応が違うけど、理由が分からない時。
そういう時、人はモヤモヤするのだ。だからまず、俺のすべき事は教えてあげる事だ。千夏がモヤモヤしているのは、知らないからに他ならない。
「飯とドリンクは俺が運ぶから。楓ちゃんの正面で良いよな?」
皿とコップを持ち、今もガールズトークに勤しんでいる三人の方へ移動し始める。
楓ちゃんと千夏は顔見知りだし、鳳千歳も顔は知っているはずだ。知らないのはノアちゃんだけだが、どちらかと言えば後輩から慕われ易い千夏の事だしすぐに打ち解ける予感はしている。
問題があるとすれば、ガサツな部分がある千夏と鳳千歳の相性だが……それは俺の踏み込む領域ではない、と思う。
「いや、そういう事じゃないんだけど……はぁ。少しでも期待したアタシが馬鹿だったわ……」
「ん? どした、早く行こう?」
「はいはい! 分かった分かった! 気になる事もあるし、後は勝手にやるからアンタは調理場にでも引っ込んでなさい」
「えぇ……。まぁ、俺が鈍感じゃないと証明されたならそれで問題はないが……」
皿とコップを取られ、千夏は単身で進んで行った。心配だが……心配繋がりで言うと、そろそろ冷やしているプリンの方も心配である。
千夏が来た事で千夏の分もまた新しく作らないといけないし、たしかに俺は調理場に行った方がいいかもしれない。
(……大丈夫、だよな? 楓ちゃんも居るし……うん、ちょっと不安だな。千夏が変な騒ぎを起こさなければ良いけど……)
どうしても後ろ髪を引っ張られる気分になるが、昼近くになればお客様も少しは増えるしそこは切り替えていかないといけない。
気合いを入れ直す為に、俺も少しだけシュワシュワでも飲みますかね。
◇◇
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