⑮
そろそろ二章を書き始めねばですね……(^_^;)
ではでは、よろしくお願いします!
「片付けはお願いしとくからね? あと、生地は冷ましておいたから、クリーム作りは任せたよ」
「はいはい、でも眠たいから早く戻ってきなさいよ~」
そう母さんに伝えると、手をヒラヒラと振って見送ってくれている。
目を覚ます為に珈琲を飲んでいるというのに、その顔はたしかにまだ眠たそうにしていた。
本当にやっておいてくれるか不安だが、一旦店の準備を母さんに任せ、俺は買い物に向かう事にした。時間的な余裕はあるけど心配だし、なるべく早く帰って来た方が良いかもしれない。
とりあえず財布だけを持って、部屋着のまま外に出ていく。どうせ知り合いには会わないだろうし、店のオープン時までに服装は整えておけばオッケーだ。
(まずは……パン屋だな!)
今から向かうパン屋は、家から徒歩で七、八分くらいの所にある。
店自体はあまり大きくないが、知る人ぞ知る美味しいパン屋だ。オススメはあんパン。中身の餡がギッシリ詰まってて食べごたえがある。
朝の人通りの少ない道を、目的地へと目指してやや早歩きで進んでいく。
平日とは違う静かさを心地よく感じていると、あっという間に目的地へと到着してしまった。
「いらっしゃい」
「ども……」
たまにしか訪れないから顔を覚えられている程の常連でもなく、その上、世間話をするコミュニケーション能力がある訳でも無い。
ただの、美味しいパンを作る人と、美味しいパンを求める人の関係だ。
「バゲット……バゲット……っと、あった。意外と安いな」
バゲット――紙袋からはみ出るくらいの長さがある硬めのパン。
『丸』ではなく『長』フランスパンと言ったら大多数の人もイメージしやすいだろう。
この形状のパンを見ると……薄茶色の紙袋から先をはみ出させ、フランスの街をオシャレに散歩する……というイメージを浮かべてしまう。
きっとみんなもそんな事を考えるはずで、決して俺だけじゃ無いはずだ。
(短いタイプのを二本くらい買っておくか)
トレーにバゲットを二本置き、店の端の方に置いてあった食パンの耳もついでにと買ってしまった。これでもう……ワンコインのボーナスが終了となった。
「ありがとうございました」
「あいよ、また買いに来てくださいね」
半透明のビニール袋からバゲットを二本はみ出させ、来た道を戻って行く。
途中でコンビニに立ち寄り、薄力粉と板チョコを買っていく。もう既に、俺の頭の中には完成系のイメージが浮かんでいる。
家にある材料も少しばかり頂戴すれば、それなりの物をおやつ時に提供する事が出来るだろう。細かい手順や難しい所は、作る前にネットで調べればいつも通りの『可もなく不可もない』点数で調理を仕上げる事ができるはずである。
普通というのは、もう褒め言葉だ。『不味い』でさえなければ、それはもう褒め言葉と受け取ってしまって良い。
俺基準の俺的な価値観で……の話だが。
喫茶店に帰ってくると、もう八時近くになっていた。
店内の清掃、買い出し担当の母さんの為の在庫の確認、作ったケーキの陳列、ドリンクの確認……開店までにやることがまだまだある。
「ただいま。着替えたらトイレ掃除してくるよ」
「おかえり。じゃあ、お母さんは休んでるわね」
「……仕事して?」
「スポンジケーキにちゃんとクリーム塗ったもの~、ちょっと休憩するだけだし良いじゃないの」
掃除自体は毎日開店前と閉店後にやっているからそれなりに綺麗だが、飲食店としてかなり細かい所までやらないといけない。
だから……本当は休憩とかしている場合では無い。だが、母さんを動かそうと口を動かすくらいなら、いっその事自分でちゃちゃっと掃除してしまった方が早いのだ。
俺は軽く溜め息を吐き、もう一度時計を確認してからトイレ掃除へと向かった。
そして――開店三〇分前。
やるべき準備を終わらせて、自分の部屋に戻って着替えていた。
カッターシャツと長ズボン。それと、調理場でも使える肩掛けの黒エプロン。調理場では三角巾もする為、それはエプロンのポケットに入れている。
これで一通りの準備は終わりとなる。後は、たまに来るお客様の接客をしつつ一日を終わらせていくだけ。
今日は特別なお客様としてノアちゃんも来るが、やる事はさして変わらない。昨日と同じように、今日もやっていくだけだ。そして、それは明日も同じ……大変だが充実している毎日だ。
刺激は少ないかもしれないが、ゆったりとしるし楽しさもちゃんとある。
「さて、やりますかね」
気持ちを切り替えて、自分の部屋から喫茶店へと移動する。
そのまま――窓際の席で冷めた珈琲を飲みながら、スマホを触って休憩し続けている――母さんの元へと、一声掛けに向かう。
このゆったり感は家族経営のメリットとも言えるかもしれない。
その雰囲気が好きで通ってくれるお客様も居るし、サボりの全てが悪いとは言わない……が、母さんにはもう少しだけちゃんと働いて欲しいのが本音だ。
「じゃあ、今のうちにお菓子の試作してくるから……お客様とかノアちゃんらしき子とか、楓ちゃんが来たら教えて」
「はいよ。でも、優先順位は友達もよりも他のお客様だからね」
「分かってる」
友達とてお金を払ってくれればお客様だ。けれど、店員と友達の切り替えをしなければ他のお客様からの印象が良く無い。
店に来る人の全員が理解してくれる訳では無いし、自分達で注意できる部分はしっかりやっていかないといけない。一応は、商売している訳だしな。
俺は厨房へと行き、買ってきた材料を使ってお菓子作りを始めた。
そして……三〇分後。開店の時間がやって来た。
開店の瞬間、そのタイミングで入口のベルがチリンチリンと鳴ったのが聞こえてくる。
さっそく本日最初のお客様が来た……というよりは、定刻になるで待ち構えていたらしい。
「椋一~、楓ちゃんよ~」
流石は常連の中の常連である楓ちゃん。常連ともなると開店前に並ぶレベル。
完成した試作品は皿に盛り付けてとりあえず置いておき、出迎えに向かう。まずは、楓ちゃんのウェルカムドリンクを急いで用意しないといけないが、その前に挨拶だ。
「いらっしゃい楓ちゃん、昨日は忙しくてゴメンね」
「いいよいいよ。昨日も頑張ってたもんね! あと、お姉さんにちゃん付けは禁止だよ、りょーいち君!」
今日も今日とて背が低い楓ちゃん。だが、服装は休日スタイルで大人っぽい格好だ。
紺色の、腰にリボン紐のあるワンピース。その上にニットカーディガンを羽織って、小さいベージュのリュックを背負っている。でも、どうしても背伸びした子供にしか見えないのは楓ちゃんだからだろう……二つ結びも子供っぽく見える要因かもしれない。
「はははっ。じゃあ、席に案内……って、いつもの席だから必要ないですね」
「うん! じゃあ……いつものお願いね!」
「了解……と言ってもいいんだけど、昨日のお詫びにお菓子を作っててさ。どうです? 無料ですけど」
「おぉーっ! 是非お願いするんだよ。何かな、何かな?」
「じゃあ、少々お待ち下さいね」
調理場へと急いで戻り、お湯を沸かして、アッサムの茶葉とミルクも用意する。小さめの器に茶葉を数グラム入れ、お湯でヒタヒタにしてしばらく放置しておく。
その間に作ったばかりの試作お菓子――パン耳のシュガーラスクの味見をしてみる。
「ん~、良いサクサク具合だな。でももう少し冷ましとかないと楓ちゃんには熱いかな」
一〇分程浸しておいた茶葉を、ミルクと水を沸騰前まで沸かせた片手鍋の中に入れる。ミルクに馴染ませる様にかき混ぜ、火を止めて蓋をして少し放置。
「楓ちゃんお気に入りのカップと、シュガーポット……ラスクも皿に移し変えるか」
道具を用意してはトレーに乗せていく。
最短を心掛けているものの、どうしても作り置きをしていない飲み物に関しては時間が掛かってしまう。
楓ちゃんは「常連だから待てるんだよ!」と言ってくれるから良いけれど、遅さがこの喫茶店のどうしてもネックになる部分だ。
どうするか――どうもしない。というかできない。
残念ながら、あれもこれもを選べはしないのだ。今後、人が増えるかもしれないが、結局時間の掛かるものは掛かってしまう。
だからその分を他で返していくやり方を取っている。そういう意味での、『どうもしない』を敢えて選んでいる。
諦めの裏返しなのは間違いでも無いけども……。
数分放置した片手鍋の蓋を外し、ミルクティーの香りを確かめる。
(うん……いつもと同じだな)
茶濾しよりも大きい濾し網を使って、茶葉を取り除きながら透明の耐熱ガラスポットにミルクティーを注いでいく。
それを最後にトレーに乗せ、準備はオーケーだ。他のお客様は一人として来ていないし、少しくらい楓ちゃんと話していても大丈夫だろう。
「楓ちゃん、お待たせです~」
「くんくん……香ばしいんだよ?」
勉強道具をテーブルの角に整え、スペースを作ってくれた所にソッと置く。
「こちら、『ろいやる~なミルクティーと低価格カリカリラスク』に御座います」
「おぉ…………お? あのね? りょーいち君はもう少しネーミングに気を付けるべきなんだよ? 普通にロイヤルミルクティーとカリカリラスクで良いんだよ?」
なるほど、参考になるな。店のメニューの名前は母さんが全部付けているから、自分で考える事はあまり無い。
だから、毎回自分で付けるとテキトーになりがちだ。こうして楓ちゃんが訂正してくれて、本当に助かっている。センスが磨かれている気がするし。
「気を付けます。楓ちゃんは今日ずっとここに居ます?」
「うん! ここは静かで勉強には良いんだよ。りょーいち君も居るしねっ!」
「ご贔屓にしていただいて、ありがとう御座います。えっとですね……今日は俺の友達が来るんですよ。後で紹介しますけど、香華瑠女学園に行った時に知り合った子で……」
「うん……って、えぇ!? りょーいち君、もう女の子と知り合ったの!? まだ一回しか行ってないでしょっ!?」
やはり、楓ちゃんの驚きを見る限り、かなり快挙的な事をやってのけていたのかもしれない。ちょっと鼻高だ。
「ふっふっふ……しかも楓ちゃんのお陰で二人! いや……トータルで三人? くらい友達が出来ましたよ!」
「私の……お陰? えへへ、よく分からないけど照れちゃうなぁ」
「はい。その説はありがとうございました。今日はそのお礼として、ラスクを作ってみました。後で別のちゃんとしたのも用意させて貰いますね」
「ほんと!? やったぁ! ……コホンコホン。何はともあれお友達が出来て良かった良かった! りょーいち君のお友達なら、実質私の後輩でもあるよね? つまりこれで、私もまたお姉さんとしての格を上げてしまう事になるなぁ~困っちゃうなぁ~へへへ」
困ると言いつつも一人嬉しそうにハニカム楓ちゃん。お姉さんの格とは何なのか疑問であるが、それについては知らなくても大丈夫だろう。
楓ちゃんが嬉しそうならば……とりあえず万事が良しとされるのだから。
楓ちゃんのお陰なのは鳳千歳に関してだけなのだが、そんな細かい事はどうでも良いだろう。楓ちゃんが嬉しそうなのだから。
「そうだ! ラスクが甘いですから、ミルクティーに砂糖は入れなくて大丈夫だと思いますよ。今日は俺が注ぎましょうか?」
「りょーいち君もまだまだだなぁ~……知らないの? 実はね、女の子は砂糖を摂取しても太らないんだよ!」
驚愕の事実である。まさか楓ちゃんも……自分を誤魔化したい時があるだなんて。
目に見えて判る身長の事で自分を誤魔化したりしない楓ちゃんだが、見えない物……体重計に乗らないと数値として見えない物は誤魔化したりするらしい。
たしかに角砂糖の一個やスプーンで一匙分の砂糖では対して変わらないだろう。だが、積み重ねである。人は積み重ねで形成されている生き物であり、今日の砂糖は『昨日までの砂糖+1』なのだ。そしてそれは、明日へと繋がり――いずれ、体型に現れてくるのだ。
「楓ちゃん……あまり女の子にこんな言葉を言いたくは無いんだけど……」
「絶っっっっっ対! 言っちゃダメだよ! 私だって本当は分かってるよ!! でも……甘ければ甘い程ミルクティーは美味しいんだよぉ~。だから……お砂糖、入れちゃダメ?」
楓ちゃんに、瞳をうるうるとした状態で懇願されてしまえば、俺はただ頷くしか出来ない。情けない話だが、楓ちゃんの上目遣いにだけは勝てる気がしなかった。
これが仮に千夏とかならば、デコピンでもして糖分摂取の怖さを語り聞かせるまでするのだが、楓ちゃんに対してそんな酷な事を出来るはずがない。
「ダイエットする時は一緒に頑張ろう楓ちゃん! 食べた分だけ動けば、何も問題なし!」
「りょーいち君は良いことを言った! 先輩として誇らしいよ。そうそう、食べた分だけ走れば良いんだもんね……一緒にだよ?」
楓ちゃんと指切りをする。こういうところがお姉さんらしく無いけれど、とても楓ちゃんらしくて微笑ま可愛かった。
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