⑬
よろしくお願いします!
『交流会に参加している生徒は体育館へお集まり下さい』
(お、終わったぁぁぁぁッ!? 鳳千歳を待ってたら終わったよコレ!?)
なかなか話し出さない鳳千歳を待ち、モジモジしてるなぁ~なんて、そんな事を考えていたら交流会の終了時刻になってしまった。
今更になって鳳千歳と視線を交わす。その表情からは「どうしよう……」と焦っているのが読み取れた。
自分自身の時間感覚と、実際の流れている時間とで差異が大きかったのかもしれない。まぁ、何はともあれ今日はここまでという事だな。
「戻りましょうか」
「うぅ……はい」
鳳千歳と一緒に体育館に戻れば、憶測で何を言われるか分かったものじゃない。だから鳳千歳には前を歩いてもらい、俺は少し離れた後方を歩いた。
もう少し経てば、各学校ごとに整列して最後の挨拶がある。それで、俺達は学校へと戻る事になるだろう。初めての交流会……個人的にはかなり楽しめた気がする。
集合時間となり。会話もだいぶ減った静かな体育館に入る。鳳千歳も俺も、それぞれが最初に座っていた椅子の置いてある場所へと真っ直ぐに向かった。
「アンタ……いったいどういうつもり?」
「いきなりだな?」
戻ってすぐ、隣の千夏から声を掛けられる。落ち着いたトーンではあるが、少し怒っている声色だ。
「それはこっちの台詞。あの楼王院麗華とかいう子……全然こっちの話を聞かないし、アンタに言われて来たとか言い出すし!」
「あはは……すまんすまん」
「済まない! どういう事か後でちゃんと説明して貰うから……良いわね?」
説明する事など特に無いとは思うのだが、これ以上怒られたくもないし頷いておく。
それから少しして……香華瑠の教頭先生からの話があり、恙無く交流会を終える事が出来た。
最初はお嬢様達を体育館で待った側の俺達だが、帰りは見送られる形で体育館を後にした。
そのまま校門まで進み、敷地の外に出たところでまた、クラスごとに整列をさせられる。
「お前達、学校に戻ったらHRして放課後になるぞ。今日はもう掃除は無し、あと……今日の交流会についての感想文を課題に出すから月曜日に提出するように!」
山岡先生から全体への連絡事項があり、その後は一組から順に学校へと戻って行った。
最後に振り返って香華瑠女学園を見る。次、ここに訪れるのは一ヶ月後になる。今度は別の場所に行ってみようと心に決め、俺も前の人から遅れない様に学校に向け歩いて行った。
◇◇◇
HRも終わり、放課後。
今日は珍しく三人で帰っていた。俺と千夏とケンゾーの三人だ。
「ケンゾー、アンタはどうだった訳?」
「くっ、俺の辞書に不可能という文字は無いが……くっ!!」
話題はもちろん、今日の交流会についてである。
千夏は後半こそ楼王院麗華に捕まっていたが、その前まではいろんな人と会話をしていたみたいだ。
ケンゾーもそれなりにアタックは仕掛けていたみたいだが……どうやら上手くはいかなかったらしい。
「そんなんじゃ、椋一に負けるわよ? なんせ、お嬢様に名前を覚えて貰っているらしいしぃ?」
「なにっ!? さては椋一、貴様……裏切りかッッ!!」
「何の約束もしてないだろ……というか見てただろ? 俺が真っ先に体育館から出たのを。それを珍しがって、一人が様子見に来ただけの話だ」
そう、それだけの話だ。それを千夏が意味あり気に話すからややこしくなる。こういう時の男の嫉妬ほど、対処が面倒な事はない。しかもケンゾーは無駄に暑苦しいからな。
「そういえば浮いていたな。だが! 俺は椋一の勇気に心の中で喝采を送っていたぞ。一番手を取られた事に、ちょっとばかし嫉妬もしたしな」
「おいおい、よせやい。そんなに褒められると照れるだろ?」
「なに、貴様はそういう男だと俺は昔から見抜いていたさ。そう! 俺の辞書に不可能の文字は無いからな!」
昔からと言っているが、俺達の付き合いは高校に入ってからだ。
暑苦しいものの、真っ直ぐな性格で裏表が少ない。まだ一年程の付き合いだが、お互いに気心が知れており、男子の中ではケンゾーが一番接しやすいと断言できる。
「でも、そのお嬢様はやたら椋一について知りたがっていたけど?」
「何だと!? 椋一、やはり裏切ってたな貴様ッ!!」
さっきまでの会話を忘れたかの様な手のひら返しに、だんだんと腹が立ってくる。
「さっきからその裏切りって何だよ!! というか、俺だって頑張ったんだ! 俺は何も悪くない!!」
「うるさい! イケメンやチャラ男ならまだ許せるがお前がモテるのは許せん! 俺の辞書に『椋一がモテる』という言葉は載ってない!」
「なら、それは記入漏れか印刷ミスだ! 追記しとけ!!」
醜い言い争いは、俺達とケンゾーの別れ道に差し掛かるまで続いた。
「どうせ美人はイケメンかチャラ男に取られるのが世の定め、期待しない方が良いぞ。椋一……」
「人の事をとやかく言えないけどさ、お前の価値観も大概よな……」
何故か最後にはそんな決着に辿り着いたが……たぶん、期待しすぎるなと言いたいのだろう。
ケンゾーが何に影響を受けてそうなったのかは知らないが、たしかに、美人の隣にはイケメンが似合う。恋愛にはバランスも大事だし、それには納得できてしまう。
「くっ、俺にも毎朝起こしてくれる幼馴染さえ居たら!!」
「あぁ、俺もそう思うよ……」
「貴様、嫌みにも程があるぞ!? もう既に居るというのに……まだ欲しがるのかっ!」
隣に居る千夏の拳が怖くて真実は話せない。だが、俺が一番願っている事だ。
毎朝起こしてくれる幼馴染……俺が一番欲しがってると思う。
「そうよ椋一、私が起こしてあげてるのに……今度からお金取ろうかしら?」
「ぬぅぅ……。フンッ、バカップルにこれ以上は付き合ってられん! 悪いがここらで失礼するぞ……俺の辞書には『バカップルを見付けたら離れるべし』とあるからな」
「前から思っていたけど、お前の辞書変じゃない?」
「うるさい!」
最後はシンプルに叫んで、ケンゾーは俺達に背を向けて歩いて行った。
その背中に向けて軽くてを振り、俺と千夏も家に向けて歩き出した。
「今度からお金取って良いの?」
「良いわけ無いでしょ! 殴るわよ?」
「えぇ……理不尽じゃない?」
「そんな事より、早く帰るわよ。聞きたい事は……ヤマホドアルンダカラネ」
ただならぬ『凄み』を感じる。その正体は――威圧感。
なんだか帰りたく無い。だが、手伝いもあるから帰らないといけない。
(なんかもう、後ろ姿すら怖いなぁ……)
先に歩き始めた千夏の背中を見て、そんな風に思った。
たしかに今日を振り返れば、千夏がずっと怖かった気がしてくる。何か気にくわない事があったのか……だとしても俺に当たるのは遠慮して欲しい。
何を問い詰められるのかは見当が付くけど、下手な事を言わないように気を付けないといけないだろう。後が怖いから……な。
あれこれと考えていると、本当にあっという間に家の目の前まで来ていた。隣だから帰れば良いものを、千夏はそのまま喫茶店のドアを開けて入って行った。
「はぁ……。あれ、楓ちゃんが来てるな」
外からいつもの席に座っている楓ちゃんを見掛け、帰りたく無い気持ちより楓ちゃんに会いたい気持ちの方が圧勝した。
何も躊躇わずにドアを開け、店に入っていく。
「ただいま」
「お帰り、椋一。いきなりで悪いんだけど、ちょっと忙しくなりそうだから手伝って」
「はいよ」
楓ちゃんへの挨拶を優先したかったが、店の事がそれよりも優先である。
俺はカウンター裏に鞄と制服の上着を置き、調理場へと移動して手洗い、うがいをしっかりと行う。最後に両手をアルコール消毒をした後、エプロンを身に付け……これで準備はオーケーだ。
「何する?」
「スポンジケーキ無くなりそうだから、作ってきてちょうだい」
「了解」
あまり繁盛はしていなくとも、流石に金曜日ともなれば持ち帰りでケーキを買っていくお客様は増える。
これからがピークと考えると、手が離せない状況になるかもしれない。楓ちゃんが帰る前までにどうにか……そう一瞬だけ考えて、またすぐに調理場へと戻った。
帰宅したばかりなのに、休む暇もなく作業を始めないといけない。だが、食品を扱っている以上細心の注意が必要になる。
頭を切り替え、集中力を高めてからケーキ作りを始めていく。
――カラスの鳴き声も徐々に聞こえなくなってくる夕方の終わり、空も薄暗くなる六時を過ぎた頃。
ようやく、テイクアウトを目的として店に来る人が少なくなってきた。
「ありがとうございました! ……ふぅ、もうそろそろ夜メニューの準備しないとな」
思った以上の忙しさで、『鳳千歳を連れ出す際の閃き』の件についてのお礼を、楓ちゃんに言えずじまいとなってしまった。
先程――話せる状況じゃなかった事を理解しつつも、どこか不満気な顔をして――帰って行った千夏から、楓ちゃんは明日も来てくれるらしいとの情報を貰った。
おそらく、勉強道具か小説でも持ってくるだろう楓ちゃん。お礼は明日に持ち越しになる分、サービスでドリンクを一杯くらいは奢っても良いかもしれない。
「椋一、少し休憩してて良いわよ~。週末だけど飲み屋ほど客は来ないからね」
「分かった。忙しくなりそうだったら、部屋に居るから読んでくれ」
カウンター裏に置きっぱなしにしていた鞄と制服の上着を持って、自分の部屋に戻っていく。どうせ、またすぐに呼ばれるだろうからエプロンは着けたままにして。
制服を雑に持ったからか、ポケットから紙が落ちてしまった。ヒラヒラと落ちた紙を拾い上げ、俺は忘れかけていた事を思い出した。
「――そうだった! ノアちゃんに電話しないと!!」
落ちた紙に書いてある電話番号。ノアちゃんに掛ける約束をしていたのに、少し遅くなってしまった。
ノアちゃんの都合が分からないが、とりあえず書いてある番号に電話を掛けてみた。
『……はい、白角です』
『ノアちゃん? 俺だけど』
『俺……あ、まさか悟!? 悟なのね!?』
『そうそう悟だよ。ごめん、実は車の事故を起こしてしまって……急にお金が必要なんだ』
『幾ら必要なんだい!?』
『えー……二百万くらい?』
『アバウトっすね、パイセン!』
『急な余興に付き合っただけ、感謝して欲しいなぁ』
何故か詐欺電話みたいなノリに付き合わされる。乗っかった俺が言うのもなんだが、必要なやり取りでは無かったな。
急に始まれば、急に終わる。ノアちゃんはとても自由だな。
『もちろん、感謝してるっすよ! それにしても……もすこし早く電話が来るかと思ってましたっすよ?』
『あー、ゴメンね? 珍しく店が忙しくって、手伝ってたらこんな時間になった』
『お店……っすか? パイセンのお家はなんのお店を営んでいるんすか?』
『平々凡々な喫茶店だよ。特に名物もない、母さんの趣味みたいなお店』
『行ってみたいっす! 何処っすか? 何処にあるんすか!?』
『いや、面白い物は何も無いよ? 寮から出る手続きをする程じゃないというか、ね?』
『おーしーえーてーくーだーさーいー……っす! お金なら落とすっすよ?』
『――ノアちゃん、メモの準備は良いかい?』
お金を使ってくれるお客様を無下には出来ない。ノアちゃんが来てくれるならそれはそれで嬉しいし、俺はこの喫茶店の住所と近くにある目立つ建物からのルートを伝えた。
『明日、絶対に行くっす!』
『うん、楽しみに待ってるよ』
会話のラリーを少しだけ楽しみ、それを最後に通話は終わった。
スマホの電話帳に『ノアちゃん』という名前で番号を登録しておいた。きっと、今頃ノアちゃんも『パイセン』とでも登録している事だろう。
部屋に戻り、制服からラフな部屋着に着替える。
母さんから呼ばれるまでのこの空いた時間、少しでも学校の課題をしておくのが平日の流れだ。しかし、今日は金曜日。明日からは土日の連休だから、例外だ。
俺はゲーム機の本体に電源を入れて、ドーンと背中からベッドに寝転んだ。
「ルートの続き! ルートの続きぃ~」
やりかけのギャルゲーを起動させて、攻略を再開する。
この幸せな時間があと一週間くらい続け、ついついそんな事を思ってしまう。
『ちょっと、勘違いしないでよねっ!!』
「はぁ~、ツンデレっぽい子がツンデレだった時の安心感よ」
『アンタ、誰の許可を得て他の子と仲良くしている訳!?』
「うんうん。そうだよね、そこ嫉妬しちゃうよね」
ちなみに俺は、ヒロインの反応にちゃんと口を挟むタイプのプレイヤーだ。
大まかに言えば、三タイプに別れる。
『主人公の言っている事を追随するだけのタイプ』
『主人公の言っている事とは別に、自分の考えを心に思い浮かべるタイプ』
『テキストは読みつつ、自分の思った事を言っちゃうタイプ』
許可を得て動画サイトで配信している人は、俺と同じく最後のタイプだろう。
楽しみ方は人それぞれだと提唱するが、実際に口に出している場面を見られたりしたら『恥ずか死』をしてしまうかもしれない。
『だって……他の子に取られちゃうかもって、怖いんだもん』
「分かる分かる。意識して貰おうとつい強く当たっちゃうんだよね。本当に勉強になるな、ギャルゲーは」
いろんなタイプ、いろんな過去を持つ女の子が定価六千円~八千円の間ぐらいの値段で買えるのだ。
つまり、五人くらい攻略する女の子が居れば、一人あたりに掛かる費用は約千二百円~千六百円。リアルではあり得ない安さだ。
一回のデート代で幾ら掛かるのかは分からないけど、とにかくギャルゲーはお得なのだ。
「椋一、そろそろおねが~い」
没頭し掛けたタイミングでの呼び出し。後ろ髪を引かれる思いだが、仕方ない。ゲームをセーブして自分の部屋を出て行った。
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