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よ、よ、よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و
「…………えっと、鳳千歳さん?」
「な、何でしょうか?」
洋風庭園に戻って来て、ベンチに座りノアちゃんから頂いたクッキーを食べていた。
この六時間目が終われば学校へと戻り、掃除と帰りのHRで帰宅。待ちに待った週末がやってくる。
帰ってからどうしようか、いや、店の手伝いしかない……なんてぼんやりと考えていた頃、鳳千歳が静かにやって来ては静かにベンチへと腰掛けた。
端に座っていた俺と間隔を開けた反対側の端に。
何でしょうか、それは本来ならこちらが言いたい台詞だ。
さっきの一連の流れで今日は終わり。そんな感じでここに落ち着きに来ていたから、鳳千歳の再登場に目をパチクリとさせてしまった。
「――ッ!?」
気のせいではなければ、気のせいではなければだが……鳳千歳のスカートが二段くらい折り曲げられている気がする。
ノアちゃんにしろ、楼王院麗華にしろ、鳳千歳も先程までは足首あたりまでの長いスカートだったはずだ。
つまり、座った所で黒のストッキングでキュッと細く見える脛がこんなに露出する訳がない。
チラチラと先程から感じる視線、落ち着かない様子でモジモジとしているのも、きっと慣れない事をしているからだろう。
(恥ずかしいのに、どうしてそんな行動を……)
ずっとスカートを押さえるように手を太腿の上に置いているが、お嬢様感覚で短くしただけであり、普通の感覚から言えばまだまだ長いといえる範疇だ。
「どうして来ちゃったんですか?」
一旦、スカートの事は置いておき、一番気になっている事について質問してみる。今日は駄目だと確かに伝えたはずなのだが……。
「私がこのまま変わらなければ、また今日と同じ事が繰り返されるかもしれません。愛理の頼みで私は……また貴方に助けられる。そして、ただジッと交流会が終わるのを待機するだけ」
「それは……」
「それに、貴方はその都度礼は要らないと仰るでしょう?」
「まぁ、そうかもしれませんけど……」
鳳千歳が男を苦手としたままなら、確実にそうなるだろう。
毎月この学園に来ては、ノアちゃんのお願いで鳳千歳を避難させる。毎回理由を考える大変さもあるし、一回目二回目は良くとも、失敗する月が必ず出る。
それに、毎回毎回男子の狙いである鳳千歳を連れ出すと不審に思われるし、平穏な学生ライフを守るのに鳳千歳はリスクでしかない。
本人の言う通り、このまま変わらなければ……礼は要らないけど、迷惑に思うかもしれない。
「私だって、愛理や貴方に迷惑を掛けたいとは思いません。可能ならば治したいと思っているのです。ですが……」
「やっぱり怖い? それとも汚い?」
「どちらもある……んだと思います。十人十色、男性にもいろんな方が居ると頭では分かっているのですが……どうしても、怖く思えてしまうのです」
原因は兄達の過保護だと聞いている。何を言って聞かせたのかは知らないが、結果として妹が困るだけの教育だ。
男にもいろいろ居るのは本当の事だ。几帳面な人も居ればガサツな人も居る。何歳になってもチープな下ネタで爆笑する事だってある。
だがそれを、幼少期の何にでも興味を覚えて、良い悪いを判断していく時期に教え込むのは良くない様に思う。
情操教育は必要かもしれないが、自然と自分で判断していく事だって大切なはずだ。
「なら、今だって怖いんじゃない? いつ爆発するか分からない爆弾が近くにある様なものなんだし」
「それは……良い例えかもしれません。導火線ではなく、時限式か……間違った色の導線を切ってしまうと爆発してしまうタイプでしょうね」
「……うん。そこを広げるとは思わなかったよ?」
「すみません、良い例えに思わず……」
ペコリと頭を下げる鳳千歳。未だにツボがよく分からない。
「ですが、怖いと思うのは事実です。失礼だと思いますが、貴方の事も少しだけ距離を取らなければ怖い……と思ってしまいます」
「まぁ、その危機感を持つのは良いことだと思いますよ。世の中には自分の知らない人の方が圧倒的に多いんだし、一般的に女性の方が力が弱いですからね」
危機感はあった方が良い。鳳千歳は少しばかり行き過ぎているのかもしれないが、無いよりはマシだと思う。
初対面の人と出会った時、最初に警戒心を持って始まり、それをどんどん緩めて仲良くなるのが普通だろう。
しかし、この鳳千歳は最初に危機感から始まっている。
おそらく女性は別として、男性の時は間違いなく危機感を内に秘めたまま対応している。それ故に、自分からも仲良くなることが困難になっているのだと思う。怖くて、一歩を踏み出せないのだろう。
「ですから、やはり無理しなくて良いと思いますよ? いつかは大丈夫になるかもしれませんし」
「いつか……ですか」
「明日になったら、いきなり男子も平気だったりするかもしれませんよ?」
自分でもいい加減な事を言っていると分かっている。
明日に突然何かがいきなり変わる事は無い。明日を変えるためには、まず今日の何かを変えなければ変わらない。
俺だって、店の手伝いをしようと思った日にいきなり手伝い始めた訳じゃない。何をどう手伝えば良いのか、何時に起きるのかを母さんに相談して、変わったのは翌日からだ。
だから、いい加減な事を言っていると自覚しつつ、されど鳳千歳に対してはそう言っていた。慰めという程ではないが、気休めになれば良いと思って。
「この、香華瑠女学園に居て……でも変わるでしょうか?」
「あー……ゴメン。それは流石に難しいかも」
「うふふ。すみません、今のは意地悪を言いました。私も分かっているのですよ、このままでは私は今のままで何も変わらないと」
またペコリと頭を下げてくる。先にいい加減な事を言っていたのは俺の方で……微妙に申し訳ない気持ちが積もっていく。
「変えたいんですか? 今の自分を」
「――はい。私は『変わりたい』と、そう思ってます」
鳳千歳より欠点の多い俺だが、弱点の克服は諦める事の方が多い。虫、苦手な食べ物、苦手な科目……それを克服するよりも、得意な事を伸ばした方が良いと思っている。
でも鳳千歳は、自分の弱点に向き合い変わりたいと言っている。そこは、素直に凄いと思える。苦手と向き合うのはツラさしか無い。その上、必ず克服できると確約もされていない。時にはより嫌いになるかもしれない。
「ま、頑張る人は応援はするタイプの俺だけど……どうやって自分を変えていくつもりなんですか?」
「応援していただけるのですね? 録音などはしていませんが……言質は取らせて頂きます」
「うん。お嬢様が言うとめちゃくちゃ怖い台詞を言ってる自覚はありますか?」
「うふふ。ではでは、やはりまずは挨拶が基本になりますよね――鳳千歳と申します。以後、お見知りおきを」
「……? どうも……北上、椋一です」
現在進行形で、何かとても面倒な事に巻き込まれている気がする。
話すときも歩くときも基本的にクールな印象の鳳千歳だが、笑うと可愛く見えてくる。だからつい、不思議に思いながらも流れに乗って俺も自分の名前を名乗り返してしまっていた。
たったそれだけの事ではあるのだが、物理的距離は少しも変わらないのに精神的な距離は少しだけ縮まった様な気がした。
「なんですか、この茶番は?」
「茶番などではありません。椋一様が仰られた通り、知らないから怖いのだと私も思いました。そして今、名前を知ったことで私の中で椋一様は知る前より怖くないと感じるかどうか……それを実験致しました」
「そ、そうなんだ……。何でも良いけどさ、くすぐったいから『様』を付けるのは、ね? 敬称は略してで良いから」
お嬢様からの『様付け』に関しては、アリだと思っている。けど、それがいざ自分の身に降り注ぐと恥ずかしさや何やらで、とても困る。悪い気がしないだけに、尚更のこと自分でもよく分からない困惑状態になってしまう。
「いえ、これは私なりの親しみを込めての『椋一様』ですから譲れません。こんな事を言うと、はしたなく思われるかもしれませんが……」
「急に強情な……。それで、何でしょうか?」
目と目がバッチリ合う。
今まではお互いの方を向いたり、お互いに正面を見て話したりしていたのたが、こうしてちゃんと目が合ったのは……目を合わせたのは初めてかもしれない。
すぐに慌てる様に視線を外したが、緊張が走った。
これから大事な事を言う前の変な静けさが、ベンチの端と端に座る俺達の間に漂っている。あまり好きな空気感では無いが、茶化してはいけないと、ただ鳳千歳の言葉を待った。
少し視線を彷徨わせ、頬を朱くしながら口を開いた彼女から飛び出した言葉に、俺は思わず頷く事しか出来なかった。
「椋一様と……その、お、お友達に……なりたいです」
「――――え」
急なお話に、それ以上の言葉は出なかった。
鳳千歳の顔を見ていると、徐々に茹で上がったタコみたいに耳まで真っ赤に染まっていった。
どれぐらい恥ずかしくて、勇気を振り絞ったのかが一目瞭然で……視線を彷徨わせたり、耳に髪を掛けたり、落ち着きの無い彼女に、思わず『普通だ』なんて感想を抱いていた。
相手はお嬢様だけど、反応は俺達と同じ年相応だった。
異性とちゃんと友達になろうとする時の恥ずかしさは、思春期なら立場とか関係なく誰しも同じなんだと親近感すら覚えた。
「えっと……はい」
そんな鳳千歳を見ていたら、俺は……ゆっくり首を縦に振っていた。振らない選択肢など消滅していた。
こんな風に、申請してからなる友達のなり方は俺も経験が無い。だから、この微妙な気恥ずかしさと気まずさの対処法も俺は知らない。
ただ……意外と悪くないのかも、とちょっとだけ思った。
鳳千歳が美人だからというのは、確かにひとつの要素としてあるかもしれない。けれど、明確に友達とお互いが認識する事になるこの方法は、曖昧な友達関係ではなくて、ちゃんと友達だと言い切れるのが最大のメリットだろうと思えた。
(鳳千歳だから友達になるのをオッケーした……とか、ウチの学校の奴とか他の香華瑠の生徒からは、どう思われたりするのかねぇ……)
事実だけを見れば、鳳千歳は美人であり、他に香華瑠の生徒で友達と明確に紹介できる人物はたしかに居ない。
――しかし俺だって男。楓ちゃんやノアちゃんみたいな可愛い系にも弱いが、美人に弱いのは仕方がない。今は……今までもだが、彼女が居ないフリー状態なのだから、女の子耐性がめちゃくちゃ低いのも仕方がないのだ。
(悪いのは……ま、モテる為の努力をしてこなかった俺なのだろうけど、他の人や世の中のせいにしたくなる時もあるよな)
千夏や楼王院麗華みたいな強気な人にも弱いし、ダメダメな子も正直に言えば過保護になるだろうから、弱い。
言うなれば――見た目の美醜に関わらず、女性に頼られたりお願いされると基本的に弱いという自覚がある。たった今、芽生えた。
頼られて嬉しく思う気持ちがあるのと、母さんの手伝いをしていたせいか――無理な事や無理な時は無理だが――女性の頼み事は何故だか断れない自分は、昔から居た。
(これは……ヤバいな。自分がチョロインばりのチョロさだとは……気を付けないと。あー……もしかしてアレも、そうだからか?)
アレもそうかも……と、ふと思い出した事がある。千夏の件だ。
千夏を毎朝起こしに行く苦行を何故やめないのか……その長年の疑問について、予想外のタイミングで変な納得を得る事ができた。
これは僥倖……では無いと思う。たぶんだが。
その理由に気付いたとて、きっと千夏を起こしに行く事はこれまでと同じ。何も変わらないのだろう。
納得を得たと同時に、俺の心には諦めの気持ちも生まれていた。
俺のチョロさもあるけれど、幼馴染という関係性が原因の一つだ。『お兄ちゃんなんだから』と弟が産まれたお兄ちゃんが窘められるのと同じレベルで『幼馴染なんだから』が北上家と柏家で使われているからだ。主に北上椋一……俺に対してのみ。
俺も千夏も両親も……言うなれば慣れてしまったのだ。俺のイエスマンの部分と千夏の朝の弱さに。
いつかは千夏も自分で起きないといけない日がやって来る。その日までは、きっと俺は起こしに行き続けるのだろう。明日こそは自力で起きてくれと言いつつも諦めながら。
(――ヤバいヤバい……ちょっと現実逃避してたな。切り替えないと)
今は、千夏の将来よりもこの微妙な空気感をどうするかを考えないといけない。
素直に嬉しい気持ちとちょっとした恥ずかしさが、場の空気をおかしくしてしまっている。
「…………ぅぅ」
「ははは……」
(うん……でも、どうすれば良いんですかね? 俺だって、自分でも驚くくらい頬熱いからね? カラカラに乾いた笑いしか出ませんよ?)
鳳千歳も下を向いて固まってしまっている。こちらから声を掛けていいのかも迷う。掛けるにしても適切で気の利いた言葉は見付からない。
どうしようか数十秒迷ったあげく、俺が選んだのは――静観。
何もしないという逃げの一手だ。ここは、鳳千歳の出方を待っているのだと、あえて良い風に言い換えてみても……現状は何も変わらない。
(変わらない事は嫌いじゃないが……気まずさなんかはさすがに変えたいよなぁ)
変化していくのが人間だ。順応していくのが人間だ。だから、鳳千歳が今の自分から変わりたいという気持ちは至って普通の事だ。
そこに俺が口を挟むべきではないのだろう。
しかし、鳳千歳が変わらなくていい部分まで変わろうとしていたら? ――俺は全力で阻止する事になるだろう。
男嫌いを変えたい、他の人を萎縮させてしまう雰囲気を変えたい――それは良いと思う。自分の為にも他の人の為にもなっているからだ。
ただしそれが『明日からみんなに受け入れて貰い易い様に、可愛いを目指します』なんて鳳千歳が言うのなれば、それはもう悪である。
クールビューティで才色兼備、それが鳳千歳だと……俺はもう思ってしまった。
たまに見せる可愛い部分、それはとても良いと思う。恥ずかしがり屋なのに我慢しつつちょっと大胆になるとか、その程度のギャップなら許容範囲だし、むしろちょっとしたアクセントとしては最高点だ。
しかし、それだって基礎にクールビューティかあるからこそ活きてくるものというのを忘れてはならない。
それ故に、クールビューティを崩すような言動……例えば、スイーツを目の前にして「きゃー、かわいいー」なんて言ってしまう可愛さを見せてくるのは、もう許容範囲外となる。それはもうクールビューティに非ず。
クールビューティならば、スイーツを目の前にしても「とても美味しそうですね」と淡々とした口調でいつも通りに言って貰いたい。
おそらく鳳千歳ならば、そう言うだろう。元気にはしゃいだりはしないだろう。それで良いし、それが良いと俺は思っている。
だからこそ、鳳千歳の変わりたいという発言に肯定はしているものの、少なからず危険性を感じている。
今までの自分を否定するように、めちゃくちゃ可愛い系になってしまったらどうしようという危惧と不安。
ただでさえクールビューティは、その性質から他人に誤解されがちであり、たまにツンデレと一緒くたになってしまう人も居るくらいにクールの出し方が難しい存在だ。
可愛い姿をほとんど見れないが、優雅で気品のあるクールビューティ。
見れないからこそ価値が出るし、それがクールと可愛いとが半々のツンデレとの差にもなる。
鳳千歳をクールビューティと思ってしまったというか、思わされてしまった。だから彼女が今後、他者と馴染もうとして可愛いキャラになろうとする時が、いずれ来てしまうのが俺は怖い。
それが鳳千歳にとってのプラスになるならば友達として応援しないといけないが、感情面は複雑極まりない。
そうなると……もう、彼女の変わりたい発言までが、俺にとっては少し怖い発言に思えてくる。
鳳千歳。十六歳――ギャップ『自分を変えたい』
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