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や、やばい……どんどん書き溜めが減っていく恐怖((( ;゜Д゜)))
よ、よろしくお願いします
俺が最初に体育館を出てから、どういう動きがあったかは分からない。でも、こうして戻ってきてみると……疎らではあるが幾つものグループが形成されており、交流会は順調に進んでいるというのが分かる。
最小人数で三人程のグループ。最大では……お嬢様一人に対して女子生徒一人、男子が十人以上は居るグループもあった。
ほとんどの生徒は、体育館へと戻って来た俺を見てもすぐに興味を無くしてお喋りに興じている。それはそれで、好都合であった。
目を凝らして探さずとも、お目当ての人物はすぐに見付かる。
鳳千歳の最大グループ。男子だけでは囲めないが為に、女子も居る……が、居るだけだろう。会話は聞こえないけど、男子が質問している姿は見てとれる。
『千歳様、実は――――』
ノアちゃんが教えてくれた情報を確認する為に、わざわざ戻ってきた。確認したとて、俺に何が出来るのかは分からないけど……。
『実は――――男性が、苦手なんすよ!』
ノアちゃんから聞いた鳳千歳の秘密。男が苦手という事に関しては、そこまでの驚きは無かった。だが、その経緯については可哀想というか、哀れむべき理由があった。
・鳳千歳は四人兄妹の末っ子であり、上三人は全員男で家族に溺愛されて育った。
・英才教育はもちろん、美人に育っていく妹を想ってかは知らないが、変な虫が寄り付かない様に『男』に関して歪んだ情報を兄達は教えたらしい。
・その結果として、自業自得だがその兄達も含め男が苦手になってしまった事。
・苦手という表現にまで回復したらしいが、一時期は本当に嫌いだったという事。
鳳千歳は、クールビューティであるが完璧超人ではない。鉄仮面そうだが、親しい人には笑顔も見せる。
ノアちゃんから聞いた話からすると、そんなイメージに変わっていく。
男子に囲まれているのはなんとなく予想していた事だ。それでも困っていないか確認をしに来たのは……ノアちゃんの頼みだからである。
(予想通りに囲まれてるが……特に異変は無い、かな? んー、そう見えるだけかもしれないけど)
俺がノアちゃんから情報を貰っていなければ『やはり人気だな』とだけ思って、特に気にせずに過ぎ去っただろう。
もしくは、ここぞとばかりに男子達の輪に混ざるパターンもあったかもしれない。「俺が鳳さんの緊張を解いてみせる!」とか考えて、自分の為だけに質問をぶつけていた可能性もある。
「だがノアちゃんよ……あの状況、俺に何が出来ると言うんだい?」
ここには居ない依頼者に向け、そんな事を呟く。
期待してくれるのは嬉しいけれど、ノアちゃんは俺に少し期待し過ぎな気がする。
男子に囲まれている状況の鳳千歳を、可能な限り穏便かつ男子達から嫌われない様に連れ出す方法なんてすんなりとは思い付かない。
最終手段として、千夏を頼れれば良いのだが……。
『…………?』
『…………! …………!!』
千夏は、離れた場所で楼王院麗華に捕まっていた。
俺がで仕向けた事でもあるし……何の話をしているのか分からないが、楽しそうには見える。止めるに止められないな。
……視線にもおそらく気付いてはくれないだろう。
目の前に楼王院麗華が居て、逃げる場合を除いてはその存在感からは目を離せるものではない。その気持ちがよく分かるからこそ、千夏を責めるのはお門違いとなる。
「う~ん。やはり……囲いメンバーに紛れてみるか?」
ノアちゃんからの依頼は鳳千歳を助ける事で、でもそれは困っているのが前提だ。だから、それを確かめる方法を先に考えなければならない。
囲いのメンバーに紛れて顔色を窺う? ――おそらくそんな些細な部分を俺は見抜けない。
体調悪いかどうかを直接質問する? ――鳳千歳からは否定され、男子達からも怪訝そうにジロジロ見られるだろう。
(何か……何か無かったか? 記憶ゥ、俺の記憶ゥゥゥ……ハッ!?)
何か良い方法が無いかと頭の中の少ない引き出しを一つずつ開けていく。
すると――ピンッ! と引っ掛かり、とある会話を思い出した。
『あのね、りょーいち君! 私のどーしても目立ちたい時の必殺技を教えてあげるね!』
『何も聞いてないですけど聞きましょう。でも……楓ちゃんはいつも目立ってますよ! で……使うのは紙ですか?』
『うん! こう紙に大きく、濃く、文字を書けば、これから成長期を迎えるはずの私だって今は小さくとも気付いて貰えるのよね!!』
『流石は楓ちゃん。偉い偉い!』
――本当に助かりました、楓ちゃん。
何気ない会話。過去のその場ではなんとも思っていなかった会話だが、こうして助けてくれる事もあるのだと……少し感心している。成長期が今更来るのかは疑問だが、今はそれを置いておく。
楓ちゃんは小さいからこそ、本当にいろんな事に気付く。
そして、それを遺憾無く教えてくれる楓ちゃんは立派なお姉さんであり先輩だと改めて感じた。帰ったらスイーツ割引券でもプレゼントしてあげたい。
俺は生徒手帳の後ろにある空白ページに、短く、大きく、濃くを意識しながら文字を書いた。
(あら? 『せき』……ってどう書くんだったっけか? いや、ここは速さ重視で良いか)
『困ってたら、1回だけコホンとして』
漢字が思い浮かばず、代わりに類語ではなく擬音語を使ってしまうあたり、俺も頭は回っていないのかもしれない。
改めて自分で読むと馬鹿丸出しで、これを見せられても相手は訳が分からずに戸惑うだけかもしれない……自分で読んで思った。
それでも、やるだけはやったとノアちゃんに言い訳する為に、何かは行動を起こさなければいけないのだ。
どうせなら困っていません様に……と心の中で祈りながら、鳳千歳を囲うメンバーの元へと近付いて行った。
「鳳さんって、普段は自炊とかするの?」
「ばっかお前、シェフとかに作って貰ってるに決まってるだろ?」
「ねぇねぇ! 家に執事とかメイドとかって雇ってるの?」
質問が嵐の様に飛び交っている。
本人に届く前に誰かに答えられる質問や、遠慮の無いプライベートな質問。その他にもいろんな角度から質問が投げつけられている。
これは男嫌いとかそんなの関係なく、面倒臭い状況だった。
それでも鳳千歳は気丈に振る舞っている……様にみえる。椅子に座り、答えられる質問に答え、答えられないものはやんわりと断る。
何も問題はない。本人が問題としていないから、問題になっていない。我慢強さまで一流の鳳千歳。本人が問題としないなら、それでも俺は構わないと思っている。
だが……嫌でも嫌と言えないのがお嬢様だ。ノアちゃんは、そこのところをよく分かっているから俺に頼ったのだろう。
俺は男子達からは見えない様に位置取りをして、鳳千歳と目が合う瞬間を狙い、彼女にだけ見える様に生徒手帳に書いた文字を見せた。
「ぷっ……失礼。コホン」
分かり易い返事。俺はそれを確認して、囲いメンバーから少しはなれた。
(……気のせいじゃないよな? 笑ったよな? アイツ絶対に笑ったよな? 鳳千歳めぇ……)
自分で馬鹿だとは思っていたけど、実際に笑われると気分はあまりよく無い。助けるか助けまいかを悩むほどに。
しかし、俺に助けないという選択肢は無かった。ノアちゃんと鳳千歳との関係性を考えたり、ノアちゃんの為を思うと……今回くらいは仕方ない。
「はぁぁ……」
溜め息と共に、やるせない気持ちを全て吐き出す。そして気持ちをリセットして、再び――次は、直接鳳千歳を目指して歩き出した。
作戦という作戦は特にない。
鳳千歳サイドの気持ちを確かめられたら、後は彼女が上手く合わせてくるだろう……という行き当たりばったりの行動になる。
お嬢様は、突発的な出来事に対処する能力が低いという勝手なイメージがあるけど、鳳千歳ならきっと大丈夫――なんか、そう思えた。
「みんなゴメン、ちょっと邪魔する。鳳さん、山吹先生が呼んでますよ? この後の話があるとかで」
「――分かりました。皆様、申し訳ありません。そういう事ですので、この場を失礼させて頂きます」
先生が居ない事を確認してからの、嘘。だが、この嘘が誰も何もいえない『なら、仕方ない』という理由付けに丁度良かった。
鳳千歳は今まで居たメンバーに深々とお辞儀をしていた。そこは律儀だと、お嬢様の育ちの良さを感じる。
「では、案内してくださいますか?」
「――え?」
「(演技を続けてください)……私は先生の場所を知りませんので」
「あ、あぁ……分かりました」
小声で言われ、まだ油断するのは早いと暗に伝えられる。
伝えに来た俺と彼女がここで別々に行動するより、体育館を出るまでは一緒に動いた方が真実味が出るという事だろう。
事情を知らない人からすれば、俺が鳳千歳を連れ出したみたいに見えるのだろうか? 視線が多く寄せられている気がする。
(やったよノアちゃん! 後で嘘がバレた時は知らないけど、とりあえず今だけはやり遂げたよ!)
流石っすパイセン――そんな声が聞こえてくる。そんな訳もなく、脳内で勝手に再生しているだけだ。それなのに心が元気になっていくし……やはりノアちゃんボイスは最高だ。
視線に晒されながらも、鳳千歳をどうにか体育館から連れ出せた。外靴を履いて、体育館から少し離れた場所までは一緒に移動した。
「どうして、ですか?」
ふいに、後ろを歩く鳳千歳からそんな質問が飛んできた。
どうして――とは。いったい、何について聞いているのかは分からない。
「ノアちゃん……白角愛理からの頼みだからね」
だが、俺の答えはこれで十分だろう。自分が困っていた件、わざわざ助けに入った件。どちらに関しても、ノアちゃんと答えておけば説明は事足りるだろう。
「あの子の知り合いだったのですか?」
「いやいや、今日知り合ったばっかりだよ。ここに着いた時にお腹空かせているノアちゃんを見付けて……ね」
「なるほど……だいぶ懐かれているみたいですね。あの子が自分を『ノアちゃん』と呼ばせるのは珍しいのですよ?」
一定の距離を保ちつつ、会話のラリーを続ける。
そして、切りのいいタイミングで俺は「では……」と言ってお辞儀をして立ち去ろうとした。
目的は果たしたし、二人っきりで居るのは鳳千歳にとって厳しいだろうと配慮しての事だ。
「お待ち下さい」
「えぇ……」
だから呼び止められ、思わず声が漏れ出てしまった。
「どうして嫌そうなのでしょうか?」
「いや、そんな事は無いけど。……早く噴水の所に戻って心を癒そうかな、と言いますか?」
「では、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「えぇ……」
「やはり嫌そうですね。なるほど――癒そう……嫌そう……ふふっ、面白いですね」
全然面白くない。全然面白くはないけれど、とりあえず愛想笑いだけはしておいた。
別に嫌では無いのだが、理由も無く男が苦手な人の近くに居ようとは思わな。
俺が嫌がっている……と鳳千歳が感じたのは、もしかするとそれが表情に出てしまっていたからかもしれない。
それに、さっきの『コホン』で笑う所も含め、笑いのツボがよく分からない。
男が苦手な件も含め、なんだか会話も続かない気がしてくる。こちら側が頑張れるだけ頑張らないといけない事を考えると、美人な所を除き……一緒に居て疲れるのでは? とすら今は思ってしまう。
(早くベンチで横になりたい気分だ……)
目の前の鳳千歳から目を背けたくなり、逃げる為の口実を考える。ふんわりやんわり断る方便を探し始めた。
「えぇっと……」
「駄目……でしょうか?」
気丈に振る舞う彼女が、何だか痛々しく感じる。
やはり、早めに休んで貰った方が良いだろう。心も体も今日は疲れているだろうし。
それをやんわりと伝えてみるつもりだが、お嬢様のワガママが止まる可能性についてはあまり期待はしていない。だって、それがお嬢様だしな。
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