窓の外へ……
不思議と重たくない瞼を半分ほど持ち上げる。
目に入った白い天井が眩しくて顔を背けると、カーテンの開いた窓と、枝付燭台にぼんやりと照らされたサイドテーブルがあった。
そこには琥珀色の球体でいっぱいの瓶と、護身用と書かれたタグのついた携帯用防犯ブザーが置かれ、意味のわからなさに寝起きの頭がその存在について考えることを放棄した。
きっと……いや、ほぼ間違いなく、球体の正体は飴玉だろう。ホルマリン漬けみたい……なんて思うのは、情緒の侵害だろうか……。
蝋燭の灯りに照らされたそれは酷くキラキラしていたし、端で纏められたカーテンのレェスもドレープも、まるで絵本の中のように美しく整えられている。
それに反し、白一色で病院そのものといったベッドと壁の色調に、床は古いリノリウムで、斑の変色が窺えた。
「…………う」
ゆっくり体を起こすと、胃袋の馴染みのない重たさに呻き声が漏れた。
この重みは、久々の満腹感というやつか。
眠ってしまう前のことを思い出す……。
目の前に並んだ無数の料理に、片っ端からフォークを突き立てて、口の中へと放り込んだのは、夢の話ではない。
間違いなく食べすぎだと胃袋は言っているが、悪いのはアタシじゃない。
「だって……」
メレンゲパイに始まって、タルトタタン、オペラにミルフィーユ、クグロフにエクレア、クロカンブッシュとかいう小さなシュークリームのタワーには驚いた。
他にも長ったらしい名前の……ドイツ語で黒い森がどうとかいうさくらんぼのケーキやら、フィナンシェ、マドレーヌ、マカロン、トライフルにスコーン、シナモンロール……etc、覚えきれない数と種類のお菓子に、手を出せなかった食事は目の端に捉えただけでも、目にも鮮やかなオードブルやローストチキン、ズラっと並んだせいろには、とりどりの点心が……。
どれもこれも、写真でしか見たことがないものばかりで、いちど堰を切って溢れた食欲には抗えずに目に付いたものに片っ端から手を付けた。
そんなアタシを落ち着かせるためか、先生はいちいち料理の名前や由来なんかを聞かせながら、小さい子供にするみたいに、口の端についた食べこぼしを拭ったり、飲み物を注ぎ足したりと、世話を焼いてきた。
中でも、良く出来たという『プリンセストータ』とかいうドーム状の淡い黄緑色をしたケーキには、手作りの小花の装飾がしてあって、壊すのに少しだけ躊躇したのを思い出す。
そうして食べるだけ食べたアタシ達は、気がつけばうつらうつらと船を漕いでいて……。
「……恥ずっ」
喚いて、あやされて、お菓子でご機嫌になって、お腹がいっぱいになったらおやすみ。
まるで幼児じゃないか。
昔、ぐずる弟に手を焼いたときの常套手段と同じ手で、アタシはやり込められたのだ。
「バカみたい……子供扱いで、おまけにノケモノのんて」
目覚めたときから気が付いていた、気配の無い隣のベッドに目を落とす。
弟はいま、どこにいるのだろう。
だれと一緒にいて、なんの話をして、どんな顔をしているのだろう。
「……どうしようか」
長いため息が漏れて、ふと窓の外を見遣る。
景色は相変わらずの森の中で、ただ少し違うのは、少し先に光る水面が見えた。
「池?……あそこに居るのって」
立ち上がり、窓から乗り出して目を凝らすと、水辺に佇む車椅子が見える。
他に人影はなく、何やら俯いて手元に目を凝らしているようだった。
「…………」
アタシは少しの逡巡のあと、裸足の足を見下ろして、外へと履いて出る靴を探した。