表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンドサナトリウム  作者: 八百万 円
11/14

左の心音 右の鼓動 02


「君が、お姉さんのこととなると形振り構わなくなることは、嫌というほど理解している」

「だったら尚更答えてよ。姉さんと知り合いってどういうこと?」


 診察のため伸ばした手を避け、床を蹴った少年Kが、椅子のキャスターでバックステップをして私から距離を取る。

 まったく、タチの悪い患者だ。


「全治二ヶ月、絶対安静。ズダボロの癖に家に帰ると言ってきかない君を送って行って、お姉さんに引き渡したのは私だが?」

「あのとき、アンタ覆面かってほどデカいマスクに帽子だったよね」

「……意識が無くなるほど麻酔を打ってから送り届ければよかったか」


 よく見ているものだ。

 『姉さんが心配するから』ただそれだけの理由で、何も考えず重傷の体をおして帰宅したのかと思っていたが……。

 

「へえ? そんな、隠したくなるほど疚しい関係なの?」

「そうやって、私を変質者を見るような目で見るのはお門違いだ。彼女とは、小学校に居たときに知り合った。聞いたことはあるか? カミソリの事件だ」

「あぁ、クラスの奴らが姉さんの買い物……っていうか、母親のパシリをストーキングして担任にチクって持ってたカミソリ1本を取り上げられた挙句、精神状態を疑われたっていう?」

「あぁ、間違いない」


 つらつらと淀み無く言う少年を前に、出る幕なしで苦笑が漏れる。

 彼女に関するというだけで、彼は誰をも凌駕する弁舌を発揮するだろう。


「そのとき、彼女の処遇を丸投げした担任から彼女を預かった」

「そこで、手懐けたってこと?」

「言い方に棘しかないな。懐いてるように見えたのか? だがまあ、餌付けのようになってしまったのは本当だ」

「まず胃袋を掴んだ? 計算高い女みたいだね、アンタは」

「なんとでも言え。そして、そろそろ満足して診察させてくれないか」

「…………満足なんて、してないけど」


 渋々、といったスタンスは崩さなかったが、少年がキャスターを転がして近づいてくる。

 だが、診察するにはまだ遠い。


「アンタが変態じゃないって体で聞くけど、どうして押し付けられた問題児に、ここまでしようと思ったの?」


 ここまで、と……ドアのある壁以外、全ての壁を覆う本棚を見回して彼が言う。

 呆れと感心の入り混じったような溜息を添えて。


「君は、歯に衣着せないな」

「効率悪いからね。なに、駄目なの?」

「いや、好ましい。私は、料理が苦手なんだ。人に食べさせたこともない。彼女はよく食べたが、それ以上に持って帰りたがった。

 だが、買ったものを渡すのは、足がつくだろう。暇な人間のすることは、ときに想像を超えてくる。それこそ後をつけられて、それは食事で釣った淫行だとでも言われては面倒だ。

 だから、なるべく仕上げは家庭科室を借りて、自分の昼食を温めているようなフリをした」

「昼食に、普通はヴィクトリアサンドイッチケーキは焼かないけどね」

「ふ、それは意外と簡単なんだ」


 傍の本棚に手を伸ばし、表紙に英国の焼き菓子と書かれた本を持って少年が肩を竦めた。


「そう書いてある。美味しそうに半分食べると、名残惜しそうにもう半分は持って帰った、とも」

「あぁ、そうだった」


 件のケーキのページに挟んでおいた栞に残した覚書を読み上げられ、面映ゆいような気持ちになる。

 それと同時にその後に起こった不愉快な出来事まで思い出し、口元が歪むのがわかった。


「ある日、初めは友好的だった家庭科の先生に呼び出されたんだが

 貴男のしていることは、特定の生徒に対する贔屓です。だから、このまま家庭科室を使うのであれは部活動として、他の生徒の参加を許可してください。そうでなければ、使用は禁止とさせていただきます。

 あくまで私は、残った昼食という体で、放課後に隠れて彼女に提供していたんだが、どうにも彼女は尾行されていたらしく、覗き見ていた生徒が告げ口をしたらしい」

「面白くなかったんじゃないの? 姉さんは頭がいいし、社交は控えめだけど顔も良い。教師には好かれないけど、気にしない。でも、アンタは違った」

「そうだな。細心の注意は払ったつもりだったが……家庭科の先生にも、お裾分けと称してワンホール焼いたりな。だが、失敗した」

「それで、姉さんとは終わり?」

「いや、仰せつかった彼女の更生という大義名分があったから、それからは弁当を作って持参した。量は減ったが、彼女との交流は続いた。とはいえ、他愛ない会話をして、宿題をしている彼女を文字通り見ているだけだったが」


 楽しかった。

 彼女は本当に頭が良かったので、真剣に読書をしている日などは、こちらのほうが息を潜めることもあったくらいだ。

 それを静かに見守るのが、いつしか私の生き甲斐にも似たものになっていた。


「彼女との交流が途絶えたのは、ある日突然、彼女が無断欠席をした日からだ」

「どうして……」

「わからない。そのまま卒業式までの約3ヶ月間、彼女が私の部屋に姿を現すことはなかった」


 その間に起きたことは、余りにも常規を逸していた。

 私は知っている。

 このときまで、彼女の身に何が降りかかり、どうなったのか。

 私は直接、元凶たる母親の口から聞いていた。


「2月の終わり頃に、何度か登校してきているのを見かけて少し話をしたが、新しい弟ができたといって、嬉しそうにしていた。だからもう、私にできることはないと、遠くから見守ることしかできなかった」

「ストーカーになって見守ったってこと?」

「人聞きが悪いな。卒業してからの彼女のことは知らない。

 君を送って行った日に、君を探して疲れ果てた彼女を見るまで、一度も会っていない。覆面は、用心のためだ。贔屓の生徒と車で二人きりなんて、格好の餌だろう」

「だから俺にも、犯人連行するみたいにブランケット被らせたんだ」

「そういうことだ」


 ふうん、と微妙な相槌を打って、少年は開いていた本を閉じた。

 そして、棚を埋め尽くす本を見上げて言う。


「答えになってないよ。問題児に、ここまでする理由」

「それは、厳密にはまだわからない。いつかわかるのかどうかもわからないが、君たち二人に、私は奇妙な感情を抱いている」

「なにそれ」

「簡単に言えれば、悩まない。感情とは度し難い。いったいどこから生まれてくるのやら」


 自分にできることなどないと、彼女との関わりを断っておきながら、この部屋の本は増え続けた。

 少年と出会い、自ら関わりを持ち、思わぬ再会を経て、いま、私は二人をここに呼び寄せ、馴れ合いを演じようとしている。


 理由と感情は、平行線を保てない。

 衝動と理性が、常にせめぎ合うように。


「感傷的だね。まあ、納得はできないけど、折れてあげる。この、バカみたいに集まった本と、味覚のない料理人に免じて」

「そうか……」


 本を棚に戻し、椅子に座り直して、少年は偉そうに顎を上げて入院着の前を肌蹴た。

 私は聴診器をつけ、心臓があるはずの場所に押し当てる。


「……うん」

「…………まだ、聞こえる?」

「…………」

「…………」

「…………嗚呼、思った通りだ」

「なにが?」

「君の心臓は、右にある」

「……は? まさか、それで俺の死期見誤ったとか言わないよね」

「そういうわけじゃない。ただ、前回左で聴いて夏の間持つかどうかと思ったが、これならば秋は生きた体で迎えられるかもしれない。だが、言うなれば賞味期限と消費期限程度の差だ」

「ひっどい例え。まあ、期待させられるよりはマシだけど」


 そう言う彼自身が一番酷い顔をして、悔しげに唇を噛んだ。


「いいよ、別に。予定は変わらないんだ。俺はアンタとお揃いの、空っぽの体になる。その前に、目一杯、姉さんとの思い出を作るよ」

「それは、姉弟としてか」

「当たり前でしょ。俺は姉さんの、弟そのいちなんだから」


 そう言って、少年が立ち上がる。

 その背中に、どうしょうもなく痛むのは空洞のはずの左胸だった。


「ところで、俺の着てた服は?」

「あぁ、捨てた」

「は?」

「あれじゃ、思い出にも格好がつかないだろう?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ