その男、ネコ型につき
日本で一番知られているマンガはなんであろう?
あんなマンガ、こんなマンガ。
いっぱいあるけどいったいなんなんだろう?
候補こそたくさんあれど、タヌキみたいなロボが未来の道具で困った君を助けるマンガは必ずと言っていいほど上がるのではないだろうか?
俺、野比伸太は生まれてこのかたそのマンガをまともに読んだことはなかった。
それもそのはずであり、テレビで放映されていた半世紀前ならばいざ知らず、原作が二世紀にも届きそうなほど前のマンガを読むというのはなかなかのマニアでなければキツいものがある。
では、中々のマニアでない俺が何故このマンガを知っているかと言うと俺の担任が中々のマンガマニアだったからである。
特に部活があるわけでもなく、学業の成績もすこぶる振るわないダメな学生の典型である俺に対し、説教がまったくもって糠に釘打つようなことだと気付き始め指導に行き詰まっていた担任が、一か八か進めてきたのが、このマンガだった。
ちょうど正月で学校も休み。
それなりの時間があり、特に予定もないのでマンガを読みふけっていた。
マンガの中では将来を良い方向にするためにタヌキロボが主人公をひみつ道具なるチートアイテムで助けるというものだが、要所要所で挟んでくるいい話は胸を打つものがあった。
思えばこの主人公、俺と似ているところが多々あり、とても他人事とは思えない。
昔から勉強も運動もダメダメだったが、小学校の時から好きな女の子と同じ高校に進学したいという一心で身の丈に合わない進学校に合格するため、がむしゃらに机に貼り付いていた。
その女の子には彼氏ができてしまってからは話しかけることすらなくなってすっかり疎遠になり、その子が
モチベーションで勉強するようになった俺のやる気の火はフっと消えてしまったのだった。
久しぶりにそんなことを考えていると、涙がはらりと一粒落ちてきた。どうやらこのマンガには心に直接訴えかけるような、そんな不思議な力があり、気づけば2巻、3巻と読み、昼から読み始めていたが知らぬ間に夕方になってしまった。
だいぶ読み進めた後で、俺はある結論に達した。
今の俺は、この主人公と違い、仲のいい相棒も憧れのヒロインも大長編の時だけやたらといい奴になるガキ大将も金持ちのうぬぼれやもいやしない。
だか、未来を良い方に変えるってのは大きい一つの選択で済むものではなく、細かい選択肢の連続の中でも最適な解を出し続けることだと気づいた。
俺には何もない。
だからせめて誇れる何かをつくるために、かつて不純な理由とはいえ一心不乱に机に向き合っていた『あの頃』のように勉強だけは惜しまず熱を入れること決意した。
「決意は立派だがそのままじゃダメだ、ボウズ。お前は15年後に研究者になるものの、20年後に世界を危機に陥れる研究に足を踏み入れ、その2年後すべての濡れ衣をかけさせられ、公開死刑になる。」
いったいどこから声がしたのか?
まったくわからないが、窓際にある机の引き出しがガタガタと音をたてて揺れだした。
そして、一瞬の静寂の後に中からスキンヘッドで筋骨隆々とした男が一人でて来た。
「はじめまして。俺の名前は福寿園伊右衛門。よろしくな。」
たった今読んでいたマンガのひどいパロディが目の前で起きていることに驚きを隠せない俺を横目に、目の前の男は説明を続ける。
「俺の仕事はオメェみたいにやたらと知識だけはある童貞野郎がケツの拭き方を覚えるように教育することだ。今はまだただのボンクラのお前だが、将来、お前は手のつけられないボンクラになる。だから、お前みたいなアダルトベイヴを俺のようにハードボイルドな男になるようにするって寸法よ。」
その後も説明が続く。
どうやら俺は今日この日にした決意で一念発起し、こと学業においてはトップクラスの実力をつけるとのこと。その後も大学、大学院、国立研究所へと進むが、人付き合いを極端に避けるというスタンスは相変わらずのようで世渡りの上手い人たちにいいように踊らされ、知識のみをいいように利用されるらしい。
しばらくした後に、世界を牛耳れるようなこの世のとある真理について研究が進んだ。しかし、その真理を公表すると世界的な権力者の都合が悪くなってしまうということになり、俺を利用してきた組織は俺のみに罪をかぶせ、保身を図った。
その後、史上最大の最悪な大罪人という名目で全世界で公開処刑されることとなるらしい。
そんな俺みたいな特定の分野のみに特化している一方、普通の成人に備わってる能力が欠如している厄介な大人、通称アダルトベイヴの再教育というのがコイツの仕事らしい。
「…って信じられるかっ‼︎」
久々に出した大声は二階建てのこの家を軽く揺らすほどだった。
「まぁ、聞けや。この話を信じないにしてもだ。お前は生き様をカッコよくできる、俺は俺の任務を全うできる。互いに損はねぇと思うぞ。」
「信じるかどうかってのは一番大事なことだ。だいたい未来から来たとか何とか言ってたが、じゃあ何か?タイムマシンか何かなのかよ俺の引き出しは?」
伊右衛門は深くため息をつくとポケットから今売り出し中の子役の写真を取り出し、それを割り箸でつかんで引き出しに突っ込んで再び取り上げた。
そしてその後、俺に30代前半のグラマラスな美女の写真を割り箸に挟んだまま見せた。
「なっ。」
「なっ…じゃねえよっ‼︎だからなんだよ‼︎未来から来たってゆー証拠にしたは地味すぎんだよ、そもそも…」
男は再び深くため息をつくと、「身体で体感してもらうか」とボソッと漏らすとやすやすと俺を抱えて窓から放り投げた。
二階とはいえ刹那のことで受け身を取る暇もない。最悪の事態に備えてアタマだけは腕でしっかりと覆うようにするが恐怖で腕に力が入らない。
「終わった…」
「終わった、だ?下見てみろ。」
窓から投げられた後、びったりと閉じていた目を開ける。
「なんだこりゃ⁇」
俺は伊右衛門にズボンのベルトを掴まれ、自分の部屋よりも30メートルほど上の空にホバリングしていた。
伊右衛門の腰にはプロペラのようなものがついていたが、科学技術、ことドローン関連において飽和状態であった現代からは考えられないほど小型の竹とんぼのようなものがついていた。
「すげぇ…」
「空を自由に飛ぶっつーのは人の夢だ。ちなみにこれ、未来のお前が作ったんだぜ。」
「え?」
俺と伊右衛門は高度を上げながら街の方まで空中散歩をつづける。
「今からずっと先の未来には色んなモンが発明されたそれこそ原子サイズの極小マシンから秘密裏にではあるが大陸レベルを吹き飛ばせる兵器まで。でもな、俺はこーゆーガキみてぇなこと考えてる奴が何となくつくったコイツみてぇの方が何倍も好きだ。」
伊右衛門は今までの雰囲気とは打って変わって真面目な表情になりながら話をつづける。
「そんな俺の好きな発明をする野郎が汚ねぇ奴らに利用されんのは許せねぇ。お前は何もかも諦めちまった今に、この世の理不尽を押し付けられた将来に不満はねぇのかっ?」
普段から我慢する事が多かった俺で、もしこんな事を聞いてくるような馬鹿な連れがいたとしても何となくの反応しかしないと思う。が、気づけば涙袋には限界まで溜められている水の粒が今にも決壊しそうになっていた。
「ぐやじぐないばげだい。(悔しくないわけない。)」
「なーんだ。その気持ちさえありゃ、十分未来はかえれんぞ。」
コイツについてわかったことは自称未来から来たとかへんてこなハゲで、せっかちで手荒で、出会ってから少しの時間で心を開いてしまうような不思議な魅力がある。まるでさっきまで部屋で読んでいたあのマンガの相棒みたいな。
気づけば俺は寝落ちしていて布団まで敷いて寝ていた。正月の買い出しに行っていた両親はすでに帰って来ているようだ。
「夢、だったのか?」
「夢で片付けてからんなよ、相棒。」
押入れから声が聞こえる。先程まで聞いていた声なので特に驚きはない。ガラっと開けるとちょっとした部屋のように改造された襖にはツルツルアタマの男らしいが1人。
「にしても何だこのエロメディア。ヤンチャなギャルものばっかじゃねえかよ。わかってんな、おい。」
これは俺の持論だが、こういうエロ系の趣味が合うか否かというのは得てして深く友好関係を築けるかどうかに相関している気がする。
こうして俺と同じ「癖」を持つスキンヘッドの相棒との生活が始まった。