8話 第一の学徒
「すいませーん!」
庭で簡易な炭を作れないかと焚火をしていると、門から大きな声が聞こえてきた。
「エリアル様との約束で来たディーンというものです!入ってよろしいでしょうか!」
そういえばグリフさんは屋敷の中だから対応できないのか。勝手に庭に入っていいかなんて分からないだろうから、門で叫んでるのか。呼び鈴とかあるといいのかなぁ。なんて思いながら、焚火を消して門に近づいて行った。
「はいはい、どうしました?」
声の主、ディーンは濁った緑色のワニの魔族だった。濡れても乾きやすい麻の肩掛けとひざ丈の短パン。水辺の動物はそうなるのかなぁ。
「な、ニンゲン!?どうしてエリアル様の屋敷にニンゲンがいるんだよ。」
「昨日エリアル様に一家に入れていただいたので。もしかして人の文化を学びに来た方ですか?」
「一家に!?確かにベストに紋章があるけどよ。嘘だろ。準備が整ったってそういうことかよ。」
ものすごく期待してきたのに不意打ちで殴られて肩を落としてる様子が見て取れる。しかし、このディーン。体格は私よりいいんじゃないか。7歳くらいの子供に教えるような気持だったので現れた魔族の年に少し面食らってしまった。
「教えるのがニンゲンだって聞かされてなかったんですね。」
多分エリアル様は先方にもわざと教えなかったんだろうな。なんとなくそんな気がする。
「仕方ねぇ、何も学ばずに帰ったんじゃオヤジにぶっ飛ばされちまう。がまんするか。」
「昨日の今日でもう来てくれたんだから、よほど急いできてくれたんですね。」
「ああ、うちもオヤジがエリアル一家だからな。エリアル様の命令なら何をおいても優先っつうくらい心酔してんだよ。昨日の昼から湖の反対側の集落から横断してきた。」
確かに街の東には湖が広がっているが、この町の水源だ、そんな簡単に来れる距離じゃないはずなんだが。まぁ、ワニは水中でも眠れるから平気、なのかな。声を聞きつけたルミナが玄関を開けて出てきた。
「早いですねー。荷物を置かないといけないでしょうし、客間にご案内しますのでついてきてくださいねー。」
「ああ、すまねぇ。あと、これはオヤジから。グリフさんが好きだから持ってけって。」
そういって荷物の中から大きな魚を取り出した。
「ふにゃ!サーモン!あわわ。ムニエル?バターときのこで包み焼き?いや、シンプルに塩焼き?どうしよう?ありがとうございます!晩御飯期待していてください!」
「お、おう。喜んでもらえてうれしいぜ。」
ルミナの尋常じゃないテンションにディーンも圧倒されているが飛び跳ねるように家に入っていくルミナについて私たちも入っていく。
家の玄関ホールには2階につながる階段があるのだが、今日もグリフさんが階下に立っている。そして、エリアル様が階段を登りきったところに立っていた。今日は赤のドレス姿だった。今日はどこの良家のお嬢さんかと思うほどの気品が感じられる。
「よく来てくれた。ゲイルの息子のディーン。これほどまでに急いできてくれること、ゲイルの気持ちをうれしく思うぞ。」
「はい、それだけでオヤジは泣いて喜ぶと思います。」
「お前に人の文化を教えるのはそこのツバサだ。知識を学び、魔族に役立てよ。」
「はっ、しかと承りました。」
そういうと、エリアル様は自分の部屋に引き返していった。
「うおー、あれがエリアル様か、オヤジが心酔するのもわかるぜ、すっげぇ威圧感だったな。」
ディーンがそういったのを聞いてグリフさんが子供だまし引っかかった人を見るような生暖かい目をしていた。あれ、やっぱりそれっぽい感じを演出してみただけなのか。
「あー部屋にご案内しますねー。」
気を取り直してルミナがディーンを部屋に連れて行った。ホールに残った私はグリフさんに疑問を訪ねてみた。
「あの、グリフさん。」
「なんだ。」
「エリアル様って、一家の前以外だといつもあんな感じなんですか?」
「軍を指揮する時はあんな感じだがな。まぁ今のは完全にガキをからかって遊んでたな。」
「やっぱりそうなんですね。」
「お前にとってはやりやすくなるのだから、いいことではないか。」
「ええ、そこまで考えてくれてたならありがたくて涙が出そうですね。」
「・・・多分考えてはいないがな。」
「・・・そうですか。」
次回「初講義」です。