7話 ルミナの事情
日が落ちるとできることは少ない。蝋燭や油の作り手はまだ少ないらしく、
節約するにこしたことはないんだという。月明かりがわずかに入る部屋でベッドに座っているルミナに話しかけた。
「ルミナはいつからここで働いてるんだ?」
毛布にあぐらをかいてルミナを見る。服も髪も黒くて分かりにくいが、目が浮かび上がるように輝いているのでなんとも神秘的だ。
「まだ、ほんの一月ほどだよ。といっても、ニンゲンの暦なんて使ってないから大体だけどね。」
「魔族になってからは長いのかい?」
「僕が魔族になったのは3年前。ちょうどこの国が滅んだころだよ。僕の前の飼い主は黒猫亭っていう料理屋をやっていてね。転がり込んだ僕を看板娘だと言い張る変な人だったよ。でも、魔王軍の侵攻で街も人もボロボロになった。ご主人様も目の前で魔王軍に殺されたよ。僕自身も死にたくはないから逃げ回っていたんだけど、偶然。ほんとに偶然魔王様に出くわしてさ。魔王様が手をかざしたかと思ったら、自分が突然この姿になったんだよ。」
「なるほど、料理屋の店主の調理法を見て知っていたからこそ、体を手に入れてから自分で料理ができるようになったのか。」
「まぁ、調味料とか廃墟から掘り出したり、食材を確保するために他の魔族に交渉したり、形にするのは大変だったけどね。」
「屋台をやっててスカウトされたんだよな。魔王軍には入らなかったのか。」
なんとなくルミナの髪が少し逆立ったような気がする。
「君は、家族を殺した軍に喜んで入るのかい?僕は魔王様はともかく、家族を奪った魔王軍は今でも恨んでいるんだよ。」
「そうか、いや、失礼なことを聞いてしまってすまない。」
そういうと、ルミナの髪もしゅんと降りて声も落ち着きを取り戻していた。
「でも、僕は今エリアル一家だからね。ある意味魔王軍の幹部の取り巻きに
なっちゃったわけだ。」
「それこそどうしてなんだ。魔王軍には入らなさそうなのに。」
「エリアル様だけが僕の料理に価値を見出してくれたからね。ほら、魔族って 生肉をそのまま食べてもおなか壊さない人ばっかりだからさ。なんでそんな面倒なことをする必要があるんだって言われたよ。」
そうなのか。食事はうまい方がいいと思うんだけどそういう考えにまだ至ってないんだな。
「私もそういう意味で考えると人としてはありえない地位を授かってるのか。」
「そうだねー。衣食住がそろってるニンゲンなんてこの世界中でも数少ないんじゃないか な。」
「エリアル様に買ってもらったことを感謝しないとな。」
「え!?ツバサって奴隷市で売られてたの!?」
「ああ、そうだけど、そんな驚くことなのかい?」
「だって、商品として売られたモノだよ。大抵は使えるだけ使って、役に立たなくなったら捨てる。それが普通の奴隷のあつかいなんだよ。そりゃグリフさんも驚くよ。」
そうか、エリアル様に買われたのは本当に幸運だったとしかいいようがないな。人として学んで教えてきたこともこれから役に立てるわけだし。
「さぁ、そろそろ寝ようよ。明日も頑張ろうね。」
「ああ、これからよろしく。」
そういってルミナを見ているがじっとして動かない。ねるんじゃないのか?
「・・・あのさぁ。寝るから。服脱ぎたいの。恥ずかしいから向こう向いてて。」
あわてて壁の方を向いて毛布をかぶる
「すまない。もう大丈夫。着替えてくれ。何なら耳もふさごう。」
「まぁ、そこまでしなくても構わないけどね。不思議だよね。猫だったころは全裸が当たり前だったのに。今は着るものがないと恥ずかしくて外にも出れない。」
衣擦れの音で服を脱いでいるのが分かるが想像しないようにと思うと、逆に意識してしまう。しなやかな体つきなんだろうな。猫だけに。
「それも、魔族化の影響なのか。」
「みたいだねー。すくなくともみんな下着程度は身に着けてるし。」
毛布に入るようなゴソゴソという音もしたが、もうこのまま毛布にくるまって寝ることにしよう。
「しっぽの穴が欲しい魔族は多そうだな。」
「そうだね。僕は自分で開けてるからみんな適当に開けてるんじゃない?」
「そうか、商品価値としても限定的すぎるのは売れないだろうしな。」
「お、魔族文化のための商品開発とは、仕事熱心だね。」
「私はもうツバサだからな。ツバサとして魔族のために生きるさ。」
「ふーん。まぁ、そのうち君の昔の話も聞かせてよ。僕のことも聞いたんだからさ。」
「ああ、わかった。約束する。」
多くのことがあって疲れていたのか、その日はあっという間に眠りに落ちてしまったのだった。
次回「第一の学徒」です。