6話 一家の晩餐
さて、将来的に欲しいものもたくさんあるが、とりあえず場所の確保だな。庭の使われていない一角に切り株を置き椅子代わりにした。机はないが、初めはいらないだろう。字を書くための木の棒で試しに地面に文字の一覧表を書いてみた。母音が5に子音が10詰まった音に濁音と半濁音を合わせるとかなりの数になった。これに外来語用文字と古代語も含めると膨大な量になってしまう。基本文字での日記などを当面の目標にするべきかもしれないな。
「お、やってるねー。」
ルミナが様子を見に来た。というよりもうすぐ食事の時間らしい。晩御飯はエリアル様が最初に食べて、それからみんなで食べるらしい。逆にそれに間に合わなかったらご飯抜きらしい。意外とシビアだ。と言っても、今この家には私を含めて6人しかいないそうだ。まだ出会っていない二人は基本的に2階の部屋にこもっているか外出しているので家の中で出会うことは少ないらしい。名前だけは教えてもらった。カッターさんとクシナさん。いったいどんな人なんだろう。
「おっと、もうそんな時間か、いったん帰ることにするよ。」
応接間の隣に食堂がある。6人でも十分すぎるほど広い。入るとすでにグリフさんともう一人が座っていた。
「む、随分見た目が変わったな。短い間だというのに。」
「ということは、こいつがグリフの言っていた一家の新入りか」
グリフさんの声に相槌を打ったのは腕から切れ味のよさそうな鎌を生やしたカマキリの魔族だった。ひざ丈のズボンにカラフルなシャツなのは意外に似合っている。
「よろしくお願いします。ツバサといいます。人の文化の伝達を任されました。」
「はっ、一家で一番ニンゲンを殺した俺によろしくしていいのかい?」
「はい。私はもう一家の一員ですから。それに、そのような強い方が味方で安心するべきなのでしょう。殺されないようにお願いもしときますね。」
カマキリの魔族はおびえると思っていたところに真面目に返されたものだからきょとんとしている。その間にルミナに教えてもらって自分の席に座る。序列的に最下位の席らしい。しばらくすると、面白いものを見つけたとにやりと笑って、名乗りをあげた。
「俺はカッターだ。一家の敵を切るのが俺の仕事だ。お前の敵も気が向いたら切ってやるよ。」
「お、クシナも来たぜ。おいクシナ面白い新人が入ってきたぜ。」
どれどれと目をやると元は月の国の服で袴と呼ばれる紺色のアンダーに胸には包帯を巻いて青いジャケットを羽織っている。金色の長い髪を肩のあたりでくくっているが腰くらいまでありそうだ。目も金色で何というかまぶしい人だ。
「言われなくても知ってるわよ。ツバサでしょ。昼頃から家のあちこちでごそごそ動いてたから。何者かエリアル様に聞きに行ったもの。」
「んだよつまんねぇな」
カッターさんはクシナさんの方が先に知っていたのを悔しがるというよりもやっぱりか。といった様子だったので大体いつもこんな感じなのだろう。
「みんな揃っているな。ルミナ、晩餐を運んでくれ。」
最後にエリアル様がやって来て指示を出す。みなは特に話もせずに待っている。食事を並べ終えてルミナが座った後エリアル様が口を開く。
「では、刈り取った命に感謝を。」
「「「「「感謝を。」」」」
「か、感謝を。」
魔族に食事の習慣があることもだけど、命に感謝するなんて魔族感がひっくり返った。
「ふふっ。驚いたか?最初はみんな驚くんだ。だが、すぐに納得するよ。厳しい自然で生きてきたものたちばかりなのだからな。」
「確かにそうですね。食料にありつけること、そのために消えた命に感謝は必要ですね。」
エリアル様が食べ始めると、他の皆も食べ始めた。用意されたのはそれぞれに合わせて少しずつ違うスープとメインの一品だ。作るルミナも大変だな。
「ツバサは肉食系の人と同じメニューだけど大丈夫だよね。」
「ああ、さすがに人は食べれないけど、基本的には大丈夫だよ。」
「はっ、同族は食えねぇってか、お優しいこった。」
「共食いなんてしなくて済むならその方がいいわ。」
「そうだな、我らは強くなったのだからそのようなことは無くしたいものだな。」
「うちにはルミナがいるからな。それぞれの食については全て熟知しているから問題などなかろう。」
エリアル様がそう締めるとルミナは照れながらも任せてくださいとうなづいた。
「でも。ルミナも大変だよね。一人で全員分作ってるんだよね。」
「いいんだよ、これが僕の一番の役割だからね。」
なるほど、エリアル一家では自分の役割に誇りを持って取り組むことが大切なのか。私も励まないといけないな。いつ本当の意味で首が飛ぶともしれないし。晩餐の後はルミナの片づけを手伝って部屋に戻った。
次回「ルミナの事情」です。