2話 魔族とは
「エリアル様」
「なんだ?」
「エリアル様はなんで私を買ったのでしょう?」
お前の魂がうまそうだったからとか返されたら悲しいがそれも仕方がない。けれど、これからの自分の処遇がこの人に決められるのだから聞いておきたいことだった。
「その話は少し長くなるだろうな。庭先でする話ではないし、まずは家に入ろう。」
「はい。」
エリアル様に続いて家に入ると鎧を身にまとった鷲の頭の魔族が近づいてきた。
「エリアル様。また窓から出ていかれたのですか?出かけるときは声をかけてくださいといつも言っているではありませんか。」
「よいではないか。グリフ。お前が一緒だと皆にばれてしまうではないか。」
グリフと呼ばれた鳥魔族はため息をついてこちらに目をやった
「で?そこのニンゲンはいったい何なのです?」
「買ってきた。私のモノだから手をだすんじゃないぞ。」
私の安全を保障してくれるようなことを言ってくれる。とてもありがたい。
「約束しかねますな。ニンゲンは笑顔で裏切ると聞きます。エリアル様に危険が及びそうなら、ためらわず切り捨てます。」
なるほど、とても忠誠心の高い男のようだ。私は戦闘能力はほとんどないし、グリフさんのような武装した魔族には到底かなわないだろう。嫌われないよう気を付けよう。
「こいつにはもう名前を授けた。私の従者だ。お前は私に剣を向けるのか?」
「なんと、ニンゲンに名前を?こやつにそれほどの価値があるというのですか?」
「さあね、気まぐれだよ。グリフ。」
どうにも名前というのは魔族の中でも特別のモノらしい。気まぐれで与えるようなものではないことがグリフさんの疑いの目から伝わってくる。
「こっちに来てくれ。ツバサ。」
応接間に続く扉をくぐってエリアル様はローブを脱いで放り投げる。ふわっと浮かんだあとどこかに飛んで行った。魔法か?ローブの下はタンクトップのシャツに短パンという驚くべきラフさだったが、その健康的な肉体にはとても似合っている気もする。エリアル様は部屋の中央にあるソファーに座る。
「そこに座れ。」
近くの椅子を指さして命じる。私は当然彼女の言う通りに従った。
「お前は魔族がどのようにして生まれたかは知っているか?」
「魔王が魔族を生み出しているということは。どうやってかは知りません。」
「魔王様が。だ。私に様をつけるのならば魔王様にもしっかりとつけるのだな。」
「失礼しました。私が知っているのはおよそ30年前に魔王様が現れたこと。魔王様は次々に魔族や魔物を生み出して世界の支配を始めたこと。5年前に勇者との決戦があり、人が敗北したこと。1年前にその支配が大陸全土に及んだことくらいです。」
魔族に関する知識は驚くほど少ない。急に世界に現れたこともそうだが、相手は動物のようなものから植物のようなもの、石の塊まで多種多様なのだ。城の研究者もいったい魔族とは何なのかわからずに対応できずにいた。
「そうか。学問を教えていた者でもその程度なのだな。」
エリアル様は少し考えこんでから、口を開いた。
「魔王様はすべてのモノに人のような知恵と体を与える力を持っておられる。」
「すべてのモノ。ですか」
「グリフは昔はワシだったらしいが、魔王様の力でああなったということだ。」
「今いる魔族一人一人にその力を使ったということですか?膨大な時間がかかりそうですが。」
「侵攻に合わせてその土地のモノを魔族に変えていくんだ。魔王様の通った後には魔族の大部隊ができあがるってわけだ。」
「では、奴隷市場の鎖を持っていた豚魔族の男も元は本当に豚だったのですね。」
「そうだろうな。我々の食糧のこともあって、ある程度数が増えてからは魔王様はあまり出歩かず、拠点の近くで活動されていたようだが。それでも当時の人の数に匹敵する数はいたと思う。」
「すべてのモノ、というのは生物だけではないということですよね?」
「ほう、すぐにそこに気付いたか。確かにそれなりに頭が回るようだな。」
「いえ、石の魔族なども記録には残っていましたから。ですが、魔族がどれだけ倒しても次々生まれてくる理由はわかりました。」
「生み出された命としては次々倒されるというのは次々殺されると同じ意味だ。改めて言うが、言動には気をつけよ。」
「はい。申し訳ありませんでした。」
今すぐにでも書き残して学会で発表すれば賞をもらえる事実を聞いてしまった。学会など残ってはいないが。
「エリアル様は元は何だったのですか?」
「ふふっ。もちろんヒミツだ。」
口に指をあててウインクする姿もとても美しいのだが気になって仕方がない。
「まぁ、それはそのうちわかるだろうが、ここからが本題だ。」
そう言ってエリアル様は身を乗り出した。
次回「魔族と文化」です。