第一章 4話 もうひとりの秘密。
…まさかこんな事になっちゃうなんて。
あたしは何がしたかったんだろう。
何を、するべきなんだろう。
※
こんなの、最初は信じていなかった。
小さい子まで巻き込んだこのプロジェクト。部屋に入ってきた9歳ぐらいの女の子を見た時は憤りを感じた。
家に帰る途中、スマホが鳴ったのが事の顛末だった。何の気なしに国から送られてきた音声を聞き、後悔をする。子供がそばをうるさく通ったのにイライラした。
繰り返し流れる音声。その中に気になるフレーズがあった。
「失った…大切なものを取り返す…」
あたしの頭に真っ先に浮かんだのは彼だった。
あたしの初めてのパートナーだった人だ。
※
元々あたしは暗かった。好きなものは特になくて、苦手なものは期待とか、子供とかの小さいもの。
勉強は親の影響でまあまあできるだけの地味女なあたしでどっちかと言うとぼっちなあたしに彼は告白してくれた。びっくりしたけど、嬉しかった。
彼は小さいものが大好きな人だった。弱いものをほっとかない、優しい人だった。
泣いている子供を見たら知らない子でも助けに行く。笑っている子供を見たら私が一番好きなあの笑顔を見せる。捨てられた子猫を見つければ拾ってくるし、どんな日でも外に出て、野良犬と散歩する。子犬子猫には目がなくて、捨てられた子達には、餌を与えて、近所の人に見つかっては怒られた。
どうしてそんなことするの?と、あたしは彼に聞いたことがある。
「昔の自分見てるみたいでほっとけなくて…ダメなんだよなぁ。ちっちゃいのに弱くって…。」
彼は照れて笑った。
そんな彼は半年前、事故で亡くなった。すごく彼らしい亡くなり方だった。
瓦礫の下から見つかった彼は、小さな猫を抱えていた。ふわふわの白い子猫。彼の腕の中でミーミーと母親を求めて鳴いていたそうだ。
これは後から聞いた話で、その時あたしは家にいた。ちょっと口喧嘩をしてしまって、彼は散歩だと言って出ていった。
すぐ帰ってくるだろう、とか。帰ってきたら許してやろう、とか。今日は一緒に買い物行こう、とか。そんなあたしをあたしは恨んだ。
そして無慈悲にあの地震は起こった。国を揺るがしたあの大災害は彼を殺した。
崩れた家は近所の年季の入った古い空き家だった。そこに彼は下敷きになった。そこは結構前から野良猫が出入りしていて、そのお腹が膨れたのも、引っ込んだのもあたしと彼は見ていた。本当はダメだけど、あっためたミルクを毎日あげていた。辛そうに横たわる猫に、彼は近くのスーパーで買った毛布を引いてあげていた。出産したあとはお祝いにキャットフードと小さいベットをあげた。白と茶色い斑の入った女の子と、茶色い男の子。真っ白な子がふたり。女の子と男の子だった。彼はその愛ゆえか、そういうことに詳しかった。この子は女の子、男の子だ!と、嬉しそうにみんなを愛でる。
結局野良猫たちは私には懐かず、彼には懐いた。猫たちを撫でて頬を緩ませる彼を見るのが本当に好きだった。
しかし、ある日母猫と子猫がひとりを残して居なくなっていた。いつも通りキャットフードを持って行ったら、残されたひとりの子猫がミーミー鳴いた。
何度もそこには通ったが、母猫と3匹はその後現れることは無かった。
そう、今思えばあれはあの忌々しい大災害の3日前だったのだ。残されたひとりは鳴き続けた。鳴き疲れたら眠った。彼はとっても悲しそうだった。でも「よくあるんだ、こういう事は。」と、立ち上がると空き家に背を向けて歩き出す。あとに続いた私にはその時の彼の表情を見ることはできなかった。
その時、何か声をかけてあげられたなら彼は死なずにすんだだろうか。
もしあの時、止めていればきっと彼は死んではいなかったんだろう。
結局引き取った、真っ白な子猫。腕の中でミーと鳴く。暖かくってふわふわ。私には暖か過ぎるこの体温。苦手だ、苦手なはずなのに。
何かに取り憑かれたようにその子を愛でた。愛して愛して愛してやった。
まるで何かに当たるように。