第一章 3話 それによって耐えきれなくなった結果は、言わずしても分かるだろう
何が起こるか分からない、それを痛感する。
さっきまでのほんの少しの平和はもう既に崩れた。
「んふ、とりあえず皆様?お互いの自己紹介は終わりましたか?よぉーく覚えていないと、後から痛い目に会うかも知れませんよぉ?」
この状況で、ふざけたような不気味な声。
全員の顔が引き攣り、黙ってしまう。
「この部屋の音声は全部こちらに届いておりますよ?んふふ、だから今のうちにご質問をどうぞ。今が最後かも知れませんからねぇ?」
全員が黙ったまま口を開こうとしない。と言うより開けなかった。
このプロジェクトに負けそうになる。だが、始めの野望が全員から消えた訳では無い。むしろ消えてしまったなら、ここではある意味で死を表すようなものだ。
そもそも出れるか分からない状況。そして万が一、ここから出られたとしても、全員に用意されているのは今まで通りの絶望。いや、むしろ大切なものを失って、その上取り返すチャンスを無駄にしたという虚無感で今より辛い状況になる。
それによって耐えきれなくなった結果は、言わずしても分かるだろう。
「質問は無しでよろしそうですね?ここからは皆様の落とし合いですから、ぜひ頑張ってくださぁい?んふふふ!!」
また部屋が暗くなり、音声が切れ、次に明るくなる時には既にモニターも消えていた。
誰も口を開かなかったが、その表情は最初の野望を思い出したことで暗くなり、それと同時に複雑なものを感じさせた。
落とし合い。それは正しいのだろう。
僕は妹を取り返す。その為に逃げない。そして、誰にも負けない。
全員それは同じで、真っ黒な雰囲気が漂ってしまっているこの状況を見ればよく分かる。
パクパクと口を動かし、誰かが席を立った。部屋の奥に新しいドアが現れていた。
そして気づいた。
お互いの名前、詳しく言うと、自己紹介の部分の記憶がない。思わず身震いをする。
「そんな…夢の中なら記憶まで失くさせることができるのか。」
だがほんの少し違和感を感じる。なぜわざわざ名前を忘れさせようとしたのか?
ただ、記憶に干渉できることを知らせたいなら、他の事でもできる。例えば今ここにいる理由…それは、甘えになってしまうだろうか。
「角川さん…」
言い難い不安感に思わず呼びかける。
彼女は最後別れるときにいつか、と言った。この人のことは、忘れなかった。まだ覚えている。
聞こえるはずの声、夢の中だから声だけは返事があると思った。
そして少しの沈黙のあと、彼女の「いつか」を理解する。
角川さんからの返事は無かった。
代わりは
「んふ、どうされました?ケイ様…んふふふ。」
さっきの、彼だった。
身震いをする、周りを見ても、もう誰もいない。
先のドアが半開きになっている。
恐怖を覚える。それと同時に少しの怒り。
「妹を取り返す」
その野望は真っ暗な背後から、いつも、いや。ずっと前から、歩みを止めさせぬように押してくる。
それが今は少し救いになった。