第一章 1話 少しはにかんで笑う、あの日の妹が。
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俺の妹は、あの忌々しい大災害で死んだ。
今でも忘れないあの日は、快晴だった。外で友達と遊んでくる、そう言って彼女は家を出て、そのまま帰ってくることは無かった。無垢なあの笑顔はもう見れなくなった。
彼女の友達と一緒に歩いている時に大災害の一歩手前の小さな地震が来たらしい。
通っていた場所はちょうどマンションが建設中のところだったそうだ。小さな地震とは言ったが震度4。不安定な状態で鉄骨が置かれていたらしく、それが落下。妹は自分を犠牲に友達を救ったそうだ。下敷きになった妹は見るに堪えない状態で、俺はどうする事もできなかった。両親は随分前に離婚していて、母親の方に引き取られたが、娘を失くしたショックから母親も自殺。父親はもう既に海に身を投げた後だった。
幸せだった時間は一瞬で、それからは地獄だった。その後の大災害も手伝い、俺はもう本当に自分が自分なのか分からなくなっていた。あの災害で自分も死ねたらどんなに楽だろう。死ねなかった自分を恨み、泣いた。独りで1ヶ月間泣き続けて泣くのにも疲れてしまい、すべてを考えるのをやめたところだった。
しかしどうだろう。
このプロジェクトに参加し、成功できれば妹が自分の元に帰ってくる。想像するだけで救われて枯れたはずの涙が出る。ずっとあの日あの時から独りだった。妹が唯一の救いだったのに奪われた。どれだけ憎み、恨み、悲しみ、寂しくて、懺悔して、自分を殺そうとしたか。
でもそれも終わりだ。
絶対に救う。僕は…
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「皆様お決まりでしょうか。」
無感情に角川さんが聞く。
「ここに来てもらうのに拒否権はありませんでしたが、このプロジェクトは常に死と隣り合わせ。強要はしません。」
ここに来て笑ってしまう。やめさせる気など無いのだろうに。
全員が俯き、真っ黒な表情をする。そして決心したように口元を歪ませる。
「では参加される方はこちらへ。参加されない方はあちらのドアからお帰りください。」
さっきまで意識していた帰るためのドアはもう、僕には地獄の入口に見えた。
それは全員同じようで操られるように角川さんの後に続いた。
「ではここで皆様には1度1人ずつになってもらいます。」
そしてご丁寧に10部屋あり、それぞれの部屋に繋がるドアがあるこれもまた大きな部屋に通される。
「皆様の名前のプレートがドアに貼ってあります。確認してドアの前に立ってください。」
全員がドアの前に立つ。
「入ったらそのまま進んでください。担当の者が座っているので、お話をされたり自由になさってもらって大丈夫です。国の成果をまずは体感してもらいたいので。」
どういうことだ?と、思ったが怪しむ素振りを見せないように自分の名前が書かれたドアに入る。
するといきなり頭上から勢いよくミストのようなものをかけられる。他の部屋からも驚いたのか悲鳴が少し聞こえたが、それもすぐに止む。前に進もうとするも、何故か何かにあたり、進めない。戻ろうとしてももうドアは開かなくなっていた。
しばらく我慢しているとミストはやみ、進めるようになった。廊下を進み、2つ目のドアに手をかける。
「何だ…でも服は濡れてないな。今のはまさか…睡眠薬…?気をつけなくては…」
不思議に思って、思考を散らすが、入った瞬間にそんな思考はすぐに吹っ飛んだ。
僕の前には
「お兄ちゃん、久しぶり。」
少しはにかんで笑う、あの日の妹がいた。
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色んな感情が渦巻き、一気に押し寄せた。
「な、彩帆…!!?何で…!?」
「何言ってるの!お兄ちゃん、私はずっとお兄ちゃんと一緒なのに!大丈夫?もしかしてお兄ちゃん…頭打ったの?」
「そんな、そんなはず…!!何でお前、生きてるんだ…、…あ、あ…」
妹の身体がだんだん赤く染まっていく。
身体の至る所に穴が開く。
「うん、そうだね、私…」
「ぁ…やめろ」
それなのに笑い続ける妹。
「死んじゃったもんね…」
「やめろ、やめてくれ…!」
そして首をもたげ、倒れる。
床を這いずり、それでも話し続ける。
「ううん、大丈夫だよ、私は…」
「やめろおおおおおおおッ!!!!」
「があッ…!は、は…は…」
目が醒めた。
息切れはしてるし、嫌な汗をかいてベタベタする。
そうか、そういう事か。体感っていうのは…
「いかがでしたか?今のは悪夢制御を入れずに強制的に皆様にとって1番大切なものの夢を見ていただきました。」
放送が流れ、息を整える。
妹はいなくなっていた。
「国にしてやられたってことか…完敗だな。」
1人で小さく呟く。
そしてあることに何故か気がついた。
「マイクが近くにあるので、何かあればONにして、お話ください。もちろん、他の方には聞こえないようになっております。」
「角川さん…」
「はい、何でしょうか。」
「今は誰にも繋がってないですよね…?」
「ええ。誰にも。」
「丁度いい、あなたは何者なのですか…?」
「…何者か、と申しますと、さっき紹介させていただきましたが。」
「違います。あなたは夢、ですよね。」
「……何を根拠に?」
「最初からおかしかったんです。まず、呼び出された時の音声の声の主はあなたですね。そして集まって、紹介をした。そして今は各部屋に放送ができる部屋にいる。電話の音声メッセージが来るところはまだ夢の外だ。しかし、国会議事堂の本堂に入った時に夢を見始めた。今は悪夢から醒めたから、自動的に見ていない。全て、夢を確実に見ていない時には音声だけなんです。」
「そうですが。それがどうかされましたか?」
「このミストはデマだ。睡眠薬を混ぜ込んだ水かと思いましたが…違いました。ここは、あなたを知る他の誰かの頭の中の夢、じゃないですか?さっきのは担当の者との面会ではなく、本当は部屋に入れる必要があっただけ。フェイクの悪夢を見せて、僕を夢から醒ますために。でもそうすると自分の姿は創られたものだから消えてしまう。だから僕を部屋に入れミストと妹の幻影で時間を稼ぎ、変音機がある場所へ移った。さっきの紹介のときの声と少しトーンが違う気がします…確信はもてませんが。」
続けていくうちに自分の中でも話が繋がった。一息に言うには辛くて、苦しい。それはきっと息だけの問題じゃないのだろう。
「そして試験者。全員があまりにも喋らなすぎ動じなさすぎます。確かに辛い過去があったとしても、少しぐらい喋ってもいいんじゃないでしょうか?」
ここは少し願望を混ぜた。あまりにも無感情なヒトに残酷さと恐怖を覚えたから。もしかしたら喋るなと言われてたかもしれないし、あっち側の意識で相手は喋っていたかもしれない。夢の中だったらもちろん可能だ。
「夢の中だから濡れない。そしてマイクの向こうには角川さん。あなたはいない。誰か他の人がいるのではないんですか…?」
何も言わない角川さんに核心をついた質問をする。
「僕が角川さんの不穏な空気に気づいたのは残念ながら始めの方でした。あなた、1度死んでいますよね。」
「……」
「1番最初座った時に見ましたよ。あなたの首。悪夢制御というのは今の夢の夢操者に働いていますか?うっすら首に縄の跡がありましたね。だから死んだ人間を動かせる技術でいわゆる『希望を満たす』のかと思っていましたよ。見当違いでした。」
「夢操者の前から抜けてもその意識の中で創られた人は動ける。悪夢制御をしてないなら悪夢に出てきた姿で動き回る。まるで人形だ。そして角川さんが死ぬという悲劇、もしくは角川さん自身と深い関係があるにも関わらずこのような悪夢に動じない人を造った。もしくは違う場所に発生させることができるようにした…これがユメミプロジェクトに示す国の成果ですね。そして、この実験では、その悪夢に対する試験者の反応について軽い実験を行った。違いますか?」
「…合格です。次の部屋に進んでください。ですが、間違っているところもあります。試験者は全員本物です。夢操者の意識、夢ではまだ不完全ですが、1人者と2人者しか言葉が伝わらないようになっているのです。私だけがあなたの言った通り、自殺で死んでいます。そして私を創ったのはこの国のトップです。これ以上はお教えすることはできません。世界で創られた人間や、建物、もちろん動植物。今日本にある全てのものは夢操者の脳内で創られた瞬間に物を操る力がかかります。このような短い時間でそれが分かるとは…あなたは…」
「もう大丈夫です。ありがとうございました。」
何となく続く言葉が聞きたくなくて、一方的にマイクを切ってしまった。
でも本当だった…これから苦しいことになりそうだ。
でも、もう戻れない。次の部屋に進もうーーーー
その後。放送室にて。
「あなたは気づいていません…あなたの中にもう1人別の人格があることに。そして国はそれを使いたがっている。あなたの鋭い洞察力と観察眼…どうか自分を見失わないで…ケイ。」
???「やっと本性を見せたか。特別夢操者…早く手に入れなければ。壊してーーーのようにして…くくくっ、夢などただのプログラミングだ…簡単に操れる。時間の問題だな…×××、お前の悪夢は少々喋りすぎだな………頃合、か…」