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イセカイスリープ  作者: かなかな
第一章 裕翔
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第二話「この世界の『じゃない』俺」

「ケンジ、この世界の俺はなんで犯罪者なんだよ。一体この世界の俺は何をしたっていうんだよ……」

 俺は、自分が誰なのかわからない。自分のことをもっと知りたい。


「裕翔は、酒に酔って暴れたんだ」

 ケンジは思い切ってそう告げた。


「(俺が? そんなことを?)」

 俺は焦った。何かとんでもない(恥ずかしい)ことをしたような気がした。

「俺は何をしたんだよ……」


「街中の洗濯物を盗んで川に流してたんだよ……」


 …………。


「(馬鹿か俺は!)」


「その後、被害者がお前のところに押しかけて来て、お前を川に突き落とした」


「(結構すごいな)」


「川は浅かったから溺れなくて済んだが、お前は川の水を飲み始めて……」


「(こいつ、嘘ついてるんじゃね?)」


「口に含んだ水を歩行者に吹きかけて、暴行罪で逮捕」


 …………。


 ……。


「それ本当だったら街を歩けないじゃん!!」


 ケンジは笑わなかった。

「本当だぞ。認めろよ」


「(うわ、俺もう街を歩けない。あの娘が気付いてないことを祈ろう)」


 *


 昼。

 クロアの飼い主の少女は手料理を振る舞ってくれた。

 昨日の夜と今日の朝はパンなどの簡単なものだったが、お昼の献立はオムライスとたまごスープとほうれん草のたまご炒めと……。

 たまごが多すぎるのではないかと思った。ケンジは気にせず食べているようだが。俺は彼女に言った。

「料理を振る舞ってくださったのは本当にありがたいのですが……ちょっとたまごが多すぎるのでは……?」

 彼女は応じた。

「私、卵を買いすぎてしまって、しかもその後ずっと猫の姿だったので料理ができなくて、卵の消費ができなかったんです」


「一度猫になったら自力で戻れないのか?」

「はい、もう一度雷が鳴らないと元に戻れないんです……」


「ふーん。で、これはいつ買った卵なんですか?」

「……。半年前くらいでしょうか」

 ブフォぉぉ、と隣で巨体から黄色い物が飛び散るのが見えた。多分スープだ。


「そしたら、君は半年前から最近までずっと猫だったってわけだね?」

「そうなんです! 大変でしたよ。慣れてますけどね」


 ケンジが机をせっせと拭いている。


 少女は語った。

「そういえば、私が猫でいるときにどうやら街中が大騒ぎになっていたようで……」

 どうしたのだろうと思った。彼女は続けた。

「なんだろうって思って見に行ったら、川の水を飲んでいる人がいて……。その人、どうなったのかなと思って」


「(俺じゃんッ!)」

 それが俺だということは彼女は知らないであろう。

 ブフォぉぉ、と隣でまた聞こえた。


「あ、あははそれは大変でしたねー……。その人やばいね……」

 緊張して喉が渇いたがそのスープを飲む気にはなれない。

 部屋には腐卵臭が漂っていた。


 *


 俺とケンジは少女におつかいを頼まれた。

 俺とケンジはそれを拒否した。


「ちょっと俺らまだ道わからないから無理だわー」

「道ならすぐわかりますよ。家の前の川の橋を渡って左にまっすぐ行けば到着です」

 俺とケンジは見つめ合った。ひどい顔をしている。

 俺が牢獄から逃げてきたから外を歩けない、なんて言えないし、ケンジも仲間を裏切ってここまできたわけだから、外を歩いて仲間に見つかったら今度はこいつが牢獄に入ることになるだろう。

 なんとしてでも俺らはおつかいを拒まねばならない!

 …………。


「とにかく私、急いでるからお願いします。タダで泊まらせるわけにはいきませんよ!」

 と彼女にお金を渡されて、気づけば俺らは玄関先にいた。

 眼前には川が呑気に流れ、「渡れ」と言わんばかりに石橋が架かっていた。

 言われるがままに渡ってみたが、人は少ないようだ。だが、油断はできないので、なるべく人と目を合わせないようにした。

 そのまま左へまっすぐ歩いた。左手には川が、太陽に照らされ煌めき、右手には家が建ち並び、静かな昼下がりだった。

 少し行くと、男三人組が道を塞いでいた。三人組は俺が後ろから来ると振り向いた。

「あ! お前、久しぶりじゃん! 随分と早く出て来たな。デカい兄ちゃん連れてどこ行くのさ」

 男のうちの一人が馴れ馴れしく話しかけて来た。

 ケンジは何かを察したらしく、その男に向かってこう言った。

「人違いじゃないか? そこをどけてくれ」

 ケンジは俺を引っ張って強引に進もうとする。


「ケンジ、どうしたんだよ急に」

「お前、気づかなかったのかよ。あいつらお前の友達なんだよ。お前がこの世界に来る前の、この世界に元からいたお前の友達」

 そうか、と思った。いや、いまいちよくわからなかったが危ないところだった。他人とは関わらない方がいい。なんか奴らからは危険な匂いがする。


 すると後ろからケンジ目掛けてガラス瓶が飛んで来た。

 ガシャンと高い音を立ててケンジに直撃した。流血していた。


 男の中の一人が言った。

「俺の友達盗んで連れ回してんじゃねえよ。何、お前もアンタ誰ですかぁみたいな顔して、とぼけんじゃねぇよ! どれだけみんなに迷惑かけてるのかわかってんのかよ!」

 ケンジは黙っていた。しかし、頭から血を流すケンジの姿を見て、耐え切れなかった俺は思わず言ってしまった。

「そんなことする奴、俺の友達じゃねえから」

 街を歩きづらくなる要因をまた一つ作ってしまった。


 *


「大丈夫か?」

「平気だ。このくらい」


 傷は浅かったのでそのまま目的地のパン屋まで来た。

 買い物が終わって帰ろうと思ったが、来た道を戻るとまたあの男たちと出会うことになると思ったので、遠回りをして別の道を行こうと思う。


 …………。


 ——どこだここ。

 迷子になった。

 ケンジも来た道を覚えていないようだ。

 太陽は沈み、空は次第に暗くなる。空には見慣れた月と、青白く光る大きな星が浮いていた。あれは見慣れない。

 暗いから下手に動かない方が良い。俺とケンジはその場に座り込んだ。


 すっかり暗くなった。ここには街灯の一つもないのだろうか。明るいのは空の星々だけだった。星は凍えるように瞬いていた。

 遠くから足音が聞こえて来た。あの少女だ。助かった。

 ケンジは寝ていたが、俺は思い切り手を振った。

「おーいっ。ごめんごめん!」


 少女は俺らの前で止まって、すぅっと息を吸った。次の瞬間彼女は豹変した。

「アンタどんだけふぅちゃんのことを困らせれば気がすむの? アンタがうちに来た時から信用ならん奴だとは思っていたけれど、やっぱりそうみたいね。なんでまっすぐな道を迷う必要があるの? バカなの? 今すぐうちから出て行って!」

 これはあの子ではない。うん、何かの間違いだ。顔はそっくりだが……。


「ふぅちゃんって誰?」

 俺は尋ねた。

「フローラよ! アンタ本当にバカ。バカじゃなかったらカバだわ!」

 フローラって誰……。いや、聞くのは止しておこう。多分あの少女だ。それにしてもカバに失礼な女だ。


 そこにクロアさんを連れた少女が来た。

「あ、ふぅちゃん! ゴメンねぇ!」

「お姉ちゃん、動けるんだ。わざわざありがと」


 恐い少女といつもの少女。本当に似ている。


 いつもの少女は恐い少女を紹介した。

「こちらは、私の姉のスピカです。いつも二階でひきこもってます」

「ひきこもってるって……。私は小説家だからね。今日はたまたまネタ探しに街をぶらつこうかと思ってたら、ふぅちゃんがいきなり、お金持って逃げられたっていうから来たのよ」


 俺とケンジは謝った。そして俺はこの家を出ていくことを改めて心に誓った。


 *


 朝。

 テーブルの上に新聞が置いてある。日付を見て仰天した。

「(4897年……!?)」

 未来の世界? ああ、でもここは異世界だから暦が違うのか。などといろいろ考えたが、それはどうでもいい。それより今、衝撃的なものが目に飛び込んできた。

 二人の男の写真である——ケンジと俺にそっくりではないか。指名手配だ。いよいよまずいことになった。取り敢えずあの二人の娘にバレないように新聞をどこかに捨てて来ようと思う。


 俺は新聞を持って外に出ると、真っ先に川へと向かった。川に捨てようと考えたのだ。

 川に来た。俺は新聞を投げ捨てようとした。すると耳元で女の声が聞こえた。

「裕翔、何してんの?」

 スピカだった。

 俺は新聞を背中に隠した。

「ああ……スピカさんおはようございます……。早起きなんですね、あははは」

「アンタ、何か私に隠してることない?」

「そんなものあるわけないですよぉ。じゃ、今日はこれで……」

 俺はその場から立ち去ろうとしたが、うっかり背中を彼女に向けてしまった。

「アンタ、背中に何か入れてる! ちょっと見せなさい!」

 彼女は俺の背中から新聞を剥ぎ取った。

「(あ……)」

「これ、うちの新聞紙じゃないの? アンタこれ投げようとしてたでしょ」

「(バレた……終わった)」

「一応これ私がお金出して買ってるものなのよ。新聞に何の恨みがあるのか知らないけど……」

 彼女は一面の二人の男の写真を見て叫んだ。

「……犯罪者っ!」

 同時に彼女は俺を川へ突き落とした。

 ドボンと音を立て、瞬く間に流されていった。


「(こんな展開、望んでねぇよ……。俺は異世界の川の水を飲みに来たのではない。……じゃあ、何しに来たんだ?)」


 俺は川の水の冷たさを忘れ、ただただ蒼い空を眺めながらそう考えた。

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