第二十話「裕翔の転職」
「小説を書くって……」
「そこまで私のことを貶せるのなら、貶せるだけのものを持ってるってことよね?」
「悪かったよ、何も考えずに……つい……」
「じゃあ、小説を書いてよく考えなさいね」
「(ハァ……)」
裕翔は子供の頃から作文だけは本当にダメだった。夏休みの宿題の読書感想文は引用だらけだったっけ。それで先生にもよく叱られ、つきっきりで指導してくださったのをよく覚えている。今思うと、いい先生だった。面倒見のいい姉御肌な先生だったのだろう。当時は早く帰りたいなどと思っていただろうが。
そのつきっきりの先生が、今度はこの遅筆先生か。確かに「姉」だが、姉御肌と言うより……ただの鬼だ。牢屋に戻ろうかな……。
「ペンはこれを使って、一週間後に見せなさいね」
「あ、ああ……」
……。
「(一週間……!?)」
裕翔は思わず立ち上がった。
「一週間なんて、無理に決まってる! 俺は素人なんだぞ!」
「精々頑張ることね。別に期待してないから。適当にやっつけちゃえばいいのよ。私の大変さをわかってくれればそれでいいの」
「わかったよ。大変さなんて……! 俺は小説は読むのでお腹いっぱいだよ」
「我慢しないで、どんどんお食べなさい? 男の子なんだからさぁ」
「(こいつ……!)」
*
何もやることがない裕翔にとっては良かったかもしれない。何もせずに気不味い空気を貪り持て余すより断然マシだ。裕翔は原稿用紙と睨めっこした。だんだん机と睨めっこするようになり、数時間後には天井と睨めっこしていた。
「ったく、何を書けばいいんだよ」
いつの間にか寝てしまった。
今までの出来事が中途半端に切れたり繋がったりして蘇って来た。それらを適当に組み合わせて……。そう考えているうちに目覚めてしまった。
「(よし、いい夢を見たぞ! 書き始めよう)」
裕翔はペンを持つと同時に夢の中の内容全てが消えて無くなった。
「(あれ、どんな夢を見ていたんだっけ……)」
思い出せない。しまった。
これだから、夢は……。む、もう朝か。相変わらずこの部屋は時間の流れが知れない。だから締切の催促をされるのだ。
書かなければ始まらない。最初に、「これは上手くいかない」と思っても、暫く書き続けていたら、なんとなくいいものになりそうな気がしないでもない。
裕翔はペン先を原稿用紙に当て、タイトルから書き始めた。
『どこにいますか ケンジくん』
「(こりゃダメだ。……いや、でもこれでいこう。これでいいんだよ。これは運命だ。俺は最初にこの言葉を選び、この言葉は俺を選んでくれたんだから)」
さあ、見ていろ、スピカ。期待しなかったことを後悔させてやるぜ。




